しれっと、京一が伝えたことも甲太郎が伝えたことも、嘘ではなかった。

唯、幾つかの『肝心』な事実──例えば、京一と龍麻が境のことを探ったのは、セクハラ校務員であるが故にというだけではないとか、陰の器のこととか、青年組の仲間達は既に、喪部の正体を調べ上げているとか、甲太郎が咲重に喪部に関する探りを入れたのは、一年次の同級生、というよしみではなく、生徒会役員同士、というよしみ、とか言った、事実が覆い隠されているだけで。

だから、説明を省略されたかも、との感想は持ったものの、九龍は比較的すんなり、嘘ではないけれど、全てが本当でもない彼等の説明を信じ。

「そっか………………。……御免な、甲ちゃん。京一さんも、龍麻さんも、御免なさい……。俺、喪部と喧嘩っぽくなっちゃった所為で、凄く機嫌悪くしちゃってさ。その直後に、立て続けに色々、だったから、何か……気持ちがぐちゃぐちゃになっちゃって…………。ホント、御免……。……俺、対人関係の諸々の経験値が本当に低いからさ……。何かあると、直ぐ、どうしたらいいか判んなくなっちゃうんだよ……」

三人へ頭を下げると、御免なさい、と呟きつつ、しゅん…………、と項垂れた。

「九ちゃん……」

「葉佩君……」

「お前が、気にすることじゃねえって……」

────彼のそんな風情は、この期に及んで、九龍を山程誤摩化している、とはっきり自覚している一同の罪悪感を、甚く刺激した。

「葉佩君に、色々隠してた俺達が悪いんだから。ね?」

「そもそも、九ちゃんに突っ掛かった喪部の奴が一番悪いんだ。お前の所為じゃないだろ?」

「そうだぞ! 悪いのは俺等と、あの野郎だって」

その為、三人は一斉に、九龍を宥めに掛かり。

「だけど……俺、自分のこと棚に上げて、人のこと責めちゃったし…………。俺だって、甲ちゃんに言えないでいることあるのに……」

「九ちゃん、もう済んだ話だろう? 何時までもくよくよするな。お前らしくもない」

「そうかもだけどっ! でもさっ! 俺がすっきり出来ないしっ。人の隠し事聞き出しといて、自分のことは言わないって、フェアじゃないしっ! ……うんっ! 何時か、甲ちゃんには話さなきゃいけないことだって思ってたから、俺、今、打ち明けるっ!」

寄って集って慰められたことに、九龍は九龍で引け目を感じてしまったようで。

そんな彼の脳の回路が、何処で何にどう繋がったのかは誰にも判らないが……彼は、覚悟を決めた、と告白の宣言をした。

「あ、あのな、九ちゃん……。お前が、俺に何を隠してるのかは知らないが、今まで隠し通して来たことを、そんな風に打ち明けたら、後悔するんじゃないのか?」

「しないっ。……俺、多分、甲ちゃんに打ち明ける為の切っ掛けが欲しかったんだと思うんだ。その切っ掛けが今日のこれなら、逃す手はないって思うしっ!」

やけっぱちになっているとしか思えない九龍の様に、甲太郎は慌て、告白を押し止めようとしたけれど、九龍は、「後悔なんかするもんか!」と息巻いて、ちょん、と恋人へ向き直った。

「…………判ったよ。そうまで言うなら聞いてやる。龍麻さんや京一さんもいる所で話そうってんだ、どうせ、大したことじゃないんだろ? 勝手に俺の部屋に忍び込んで、レトルトカレーをかっぱらったとか。俺の夕飯のカレーにプリンを入れてやろうって、未だに本気で企んでるとか」

「そんなんじゃないやい! そりゃ、この間又、甲ちゃんのカレーぶんどったけど。何時か、甲ちゃんのカレーにプリンをトッピングってお茶目を達成してやろうと思ってるけど!」

「……そうか。九ちゃん、お前、そんなに俺に蹴られたかったのか。気付かなくて悪かった。……で、何処をどう蹴られたい?」

「ち、違わいっ! そうじゃなくってっっ! あ、レトルトカレーとプリンのことは、御免だけどっっ。俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、その…………」

「その、何だ?」

「一昨々日、さ。幽花ちゃん絡みの騒ぎの時に、さ。甲ちゃんには、何時か必ず話すから、待っててって言った奴……」

「……ああ、あれか…………」

隠し事を打ち明ける! ……と盛大に九龍は言ってみせたけれど。

きっと、それ程は大した話じゃないだろうと高を括っていた甲太郎は、気楽に、思うまま、心当たりを口にし。

その心当たりも間違ってはいないが、そうじゃない、と九龍は首を振り、彼が打ち明けようとしていることが何かを知って、甲太郎も声を潜めた。

「……俺達、席外そうか」

何やら、深刻なことを九龍が言い出そうとしていると気付き、龍麻は京一と共に腰を浮かせた。

「いえ。大丈夫です。龍麻さんはもう知ってることですし、多分、京一さんも龍麻さんから聞いたと思うし……」

だが、九龍は場所を明け渡してくれると言った家主達を制して、話を始めた。

「………………あの、さ。甲ちゃん。今まで黙ってたんだけど……俺、昔の記憶がないんだ」

「記憶がない?」

「うん。記憶障害って奴だって。俗に言う、記憶喪失。詳しくは、全生活史健忘って言うんだって、教えて貰った。……俺、ふって気が付いた時には、誰のか判んない、結構立派なお屋敷にいたんだ。そこが何処なのかも判らなかったし、自分の名前も判らなかった。丁度、一年半くらい前の話。俺をそこに連れてった人も、俺が何処の誰なのかとか全然知らなかったみたい。日本人なのは確かだけど、とは言ってたかな。実際、俺、日本語は話せたし。結構危なっかしかったけど、日本のことなら何とか判った」

「そう……なのか……」

「…………うん。そのお屋敷の持ち主は、その時で三年半前って言ったから、えっと、今から五年と少し前くらいかな? それくらいの時に、仕事で行った先で、俺のこと見付けて拾ったんだって。話し掛けても反応一つしなくて、記憶もすっからかんで、唯、生きてるだけ、みたいな状態だったっぽい。本当のことは判らないけど、その人も日本人だったから、ちょびっとだけ、俺に同情してくれたのかなー、と思ってみたかったりもするんだけど……兎に角、その人は、見付けた俺のことカイロの自分家に連れて帰ったんだって。それから三年半経って、俺も元気になって、普通に喋るようにもなって、少しずつだけど、昔のことも思い出し始めたんだって。でも……一年半前に、俺は又、『ここは何処? 私は誰?』な状態になっちゃって、その人に拾って貰ってから三年半掛けて思い出したこととか、もう一度忘れちゃったんだって。…………記憶喪失なんてさあ、そんな短い間に、二度もやらなくってもいいじゃんね」

「まあ、な……」

────三日前に起こった、幽花が学園の者達の記憶から消えたあの事件の際の九龍の様子から、薄ぼんやりと想像はしたものの。

まさかな、と思っていた、その『まさか』通り、昔の記憶がないのだ、との告白を九龍にされて、甲太郎は、辿々しい言葉だけを返した。

「まあ、今はこんな風にやってけてるけど。結局、昔のことは、なーーー……んにも思い出せないまんまでさ。……御免な、今まで隠してて。葉佩九龍って名前も、今度の一月一日には十八歳になります! っていうのも、皆嘘なんだ……」

「じゃあ……葉佩九龍って名前とか、十七って年齢とかは、誰が……?」

「自分で付けたんだ。日本語の辞書開いて、適当に、好きかなー、って思える字、名前っぽく並べてみた。一寸、変な名字になっちゃったけど。歳は、十代後半から二十代前半に掛けての間くらいって医者が言ったから、見た目で。高校生くらいの年齢ってのが、俺の見た目なら妥当かなあ……って思って。誕生日も、日本で一番おめでたい日って言ったら元旦だろう! って思ったから」

「そうか……」

「……うん…………」

名前も、歳も、何も彼も────『葉佩九龍という自分』の全てが嘘で、全ては己で『適当』に決めたことなのだ、と。

甲太郎に打ち明け、九龍は微かに俯いた。