「俺を拾ったその人は、ロゼッタ協会に所属してるトレジャー・ハンターだったんだ。だから、日本人だけどカイロを拠点にしてて、身元不明な俺を、エジプトまで簡単に連れ帰ることも出来たみたいで」

俯いた九龍の告白は、未だ続いた。

「……だから、お前は宝探し屋になったのか?」

「そんなようなもの……って、言って言えないことはない、かなあ……。……正直言って、トレジャー・ハンターって仕事に憧れ感じた訳じゃないし、俺を拾ってくれた人に、『拾って貰った以上の恩義』がある訳でもないし、第一、俺、その人の名前も判んないし、顔しか知らないし、一緒に生活したって訳でもないしね。唯……一寸思う処があったのと、身分証明が一切出来ないんだから、ロゼッタのハンターになるくらいしか、俺に出来そうな仕事はないって、そりゃーもー、どストレートに、その顔しか知らないハンターに言われて、ああ、それもそうかもー、とか思って……」

「ハンターになるしかないなんて、随分乱暴な理屈だな。すんなり、それもそうか、なんて思った、お前もお前だが」

「だってさー……。……でも、まあ、そういう訳なのですよ。……御免な? 甲ちゃん。俺って言う人間の、何から何まででっち上げで。最初の内は、判んないもんは判んないんだから、仕方無いしー、とか思ってたんだけど、段々、このこと黙ってるのは、皆を騙してるってことになるのかなあ……、なんて思って来ちゃって、けど今更、俺は本当は、ナンノタロベエかも判らない、国籍すらない奴です、なんて言い出せなくってさ…………。甲ちゃんと付き合い出してからは、尚更言えなくなっちゃって……。幽花ちゃんの騒ぎの時から、ちゃんと、甲ちゃんには言わなきゃって思ってたんだけど……」

「…………昔のことが思い出せないのは、お前の所為じゃないだろ」

俯いて、ちょん、と座り直した椅子の上で身を縮めたまま、「そういう事情でー……」とボソボソ言い続ける九龍を、本当に微か首を傾け見下ろして、同じくらいボソっとした声で甲太郎は返した。

「そりゃ、まあ……。多分、だけど、俺の所為って訳じゃないかと」

「大分前に、言った筈だぞ。誰にだって、誰にも言えないことの一つや二つ、あるって。今まで、お前がそれを隠してたからって、騙されたなんて俺は思わない。お前が、自分で『葉佩九龍』って決めたんだから、お前は葉佩九龍だ。それで、いいんじゃないのか?」

「甲ちゃん……」

「ここに転校して来てから今日までの、お前の『毎日』が嘘だった訳じゃないし、少なくとも俺にとって、お前は『九ちゃん』でしかない。初めて逢った日から、ずっと、風邪は引く程度の馬鹿な、葉佩九龍ってのが、俺にとってのお前だ。……だから、俺はそれでいい」

「……う。どうせ、俺はどう転んだって、風邪引かない馬鹿よりは多少マシって程度の馬鹿ですよー……」

「それみろ。今のお前は、俺達が知ってるお前だ。……そうだろ? 九ちゃん」

「………………うん。ありがとな、甲ちゃんっ!」

僅かの空間を挟み、お互いがお互いを見ているような、いないような、な微妙な向き合い方をしていた彼等は、やがてそんな風に言い合って、きちんと視線を合わせた。

「……はい。どうぞ、二人共」

甲太郎は、ふっ、と、九龍は、えへ、っと、見詰め合って笑ったら、すっと、龍麻が、淹れたてのコーヒーを彼等へと差し出して来た。

「有り難うございますー。…………何か、ほんっっと、すいません。いっつもいっつもいっつも、あーだこーだ、龍麻さん達のとこで、お騒がせしちゃって……」

「……ま、それはお互い様ってことで。…………三日前の話は、俺達も、瑞麗女士から聞いてたからね。俺は、少し前に、葉佩君が記憶障害持ってるって話も聞いてたから、心配してたんだ。失くしちゃったものを、何とか取り戻し始めた処で、もう一度失くしちゃったことのある葉佩君には、昨日まで友達だった子のことを忘れさせられちゃったっていうのは、きつかったろうな、って」

よく香る、暖かいコーヒーを貰って、ペコっと頭を下げた九龍に、ちょっぴりだけしみじみと、龍麻は言った。

「あー、きつかったですねー……。目一杯、パニックでしたねー……。俺、まーた、全部忘れちゃうのかなあ、なんて思って……。どうしようかと思いましたけど、甲ちゃんが幽花ちゃんのこと覚えてましたし、パニックだった俺の面倒も見てくれたんで、何とかなりました、お陰様で」

「良かったな、九龍。甲太郎がいてくれて。……でも、甲太郎には効かなかったのか? 何つったっけ、あの、ナイスバディな姉ちゃんの《力》」

自分にも差し出されたコーヒーカップを取り上げながら、京一は、素朴な疑問を口にした。

「ええ、効かなかったみたいですよ、甲ちゃんには。ナイスバディな彼女──双樹咲重ちゃんとか、茂美ちゃんとかに、甲ちゃんは、ラベンダーとカレーの匂いしか判らないから、とか言われてたけど……甲ちゃん、それホント?」

昼食時のマミーズで、九龍が喪部に突っ掛かられたことから始まった今日の騒ぎは、一応の収束を見せて、九龍も落ち着きを取り戻したし、少年達の『話し合い』も付いたようだからと、青年組と九龍の三人は、何事もなかったように、何時もの調子で語り合い出したが。

「そんな訳あるか。俺だって、ラベンダーとカレー以外の匂いも判る。……そんな馬鹿げた理由で、白岐のことを忘れなかったんじゃない」

甲太郎だけは何処となく、それまでよりも表情を強張らせた。

「じゃあ、何で? ……って、訊いてもいい……?」

だから九龍は、そろっ……と甲太郎を横から見上げて。

「…………忘れられないんだ」

「……どういう意味?」

「………………ヤブ医者曰く、俺は、『忘れる力』を忘れて産まれて来たんだそうだ。お前がよく言うみたいに、記憶力がいいんじゃなくて、記憶力が異常なんだよ。忘れたいことも、忘れることが出来ない。覚えたくないことも、勝手に覚えちまう。……だから」

緊張しているような雰囲気で、少しばかり捲し立てる風に、甲太郎は、己が持って産まれてしまったモノが、何なのかを九龍達に教え。

「えっと…………」

何と言ってあげればいいんだろうと、九龍の視線は、甲太郎と床板との間を忙しなく彷徨った。

「……持って産まれちまったもんだ。仕方無いさ。これに関しては…………もう、諦めてる」

「あのさ、甲ちゃん。どうして、今、そのこと……?」

「お前の科白を借りるなら、『フェア』じゃないから」

慰めの言葉を言うべきなのか、励ましの言葉を言うべきなのか、それとも、又別の……、と咄嗟に悩んだらしい九龍の眼差しが、己を上手く捉え損ねているのを見て、甲太郎は、唯、微笑んだ。

何も彼もを、諦めているかのように。

「…………もう、遅いから。飯食って、風呂入ってけ」

と、徐に席を立った京一は、ポン、と、甲太郎と九龍の頭を、それぞれ一度ずつ撫でて、浴室へと消え。

「今から、カレー作るって訳にはいかないけど、目一杯煮込んだおでんがあるから。それで、どう?」

龍麻は、椅子の背凭れに放り投げておいた、生成りのエプロンを取り上げながら、にこっと、少年達へ笑い掛けた。

「あ、そうだ」

夕刻に巻き起こった『小さな台風』が去って、何とか、誰にも当たり障りのない雰囲気にはなった夕飯の最中、ドカンと、鍋のままテーブルに乗った大量のおでんをパク付きながら、あ、と九龍は龍麻を見た。

「何?」

「さっき、おや? って思ったんですけど。喪部は、異形なんですよね?」

「うん。判り易く言えば、鬼」

「で、あいつが異形だったから、それの陰氣喰らって、この間、俺はぶっ倒れたんですよね?」

「そうだよ」

「何で、そうなるんですか?」

「ん? 何で、って?」

「陰氣ったら、あれですよね? 龍脈うんちゃらに関わってる陰氣ですよね? ──あの遺跡には龍脈が絡んでるって、龍麻さん達が言うってことは、あそこにも、陰氣は沢山あるってことになると思うんですけど、何で、俺、遺跡の陰氣は平気で、喪部の陰氣は駄目なんですかね? 陰氣って、種類とかあるんですか? それとも、喪部って、俺にだけ、陰氣ビーム照射、とかしたんですか?」

「…………ああ、そういう意味の『何で』、か。──陰氣に、種類なんかないよ。陰氣は陰氣。陽氣は陽氣。葉佩君だけに『陰氣ビーム照射』ってのは、有り得る話だけど」

はぐはぐと、辛子を塗り付けた大根を頬張りながらの九龍の疑問に、さらっと龍麻は答え。

故に、んー……? と、九龍は怪訝な顔を作った。