「それは、俺も知りたい」

有り得ないくらい真剣な顔をして、鍋の中の玉子とハンペンを見比べながら、甲太郎も口を挟んだ。

「この間、あんた達にその話を聞いてから、不思議に思ってたんだ。何で九ちゃんは、あそこでは平気で、異形だと駄目なんだ? 種類は一つしかないのに、片方は平気で片方は駄目だなんて、矛盾じゃないのか?」

結局、玉子とハンペンの両方を取り皿に入れた彼は、じーっと龍麻と京一を見比べ。

「別に、難しい話じゃないよ。俺達も、知り合いのご老人達に教えて貰ったことなんだけど。──単純な話なんだって。あの遺跡に絡んでる龍脈は、とても『濃度』が薄いんだってさ。だから、葉佩君に影響を与える程のものじゃないんだよ。……例えて言うなら、分量間違えて凄く薄くなっちゃったカレーみたいな感じ? あの遺跡がカレーで、遺跡から感じられる龍脈がカレー粉。カレーはカレーだから、龍脈っていうカレー粉が使われてない訳じゃないけど、濃度は薄いし、陰氣も陽氣も両方存在してるカレー粉だから、本来は、滅多なことじゃ人間に影響なんか及ぼさない。でも喪部は、陰氣って成分だけで出来てるカレー粉の塊だから、口にしたら最後、ぶっ倒れる人もいる、と。……うん、そんな感じかなー」

ハシッと昆布を摘まみ上げながら、事も無げに龍麻は言った。

「……相変わらず、お前の例え話ってのは、コメントし辛いノリがあるよな」

カレーとカレー粉の関係に例えて、彼等の問いに答えた龍麻に、京一は呆れ顔を作った。

「え、判り辛かった?」

「そういうことを言ってるんじゃねえよ……」

「じゃあ、いいじゃん。判り易いのが一番」

「あれ? でも、ちょーーーーっと待って下さいね……?」

片や餅入り巾着を、片や昆布を、それぞれ箸で掴んだまま痴話喧嘩を始めそうになった、相変わらずの兄さん達を制し、九龍は再度、怪訝な表情を浮かべた。

「何?」

「どうかしたか?」

「『カレー粉の濃度と成分』の問題で、俺が、喪部は駄目でも遺跡は平気、っていうのは、納得出来ます。何でそんなことしたのか知りませんけど、『陰氣ビーム照射』とかされたからかも、って可能性もありますし。だから、それはいいんですけど……、じゃあ何で、そんなに濃度が薄い龍脈が、あの遺跡に影響及ぼしてるんだろう……? 黒い砂から出現したみたいな化人を倒す度、龍麻さんは具合悪くなっちゃうくらいなのに……。んーーーー……?」

「あ、それに関しては、大体の推測が立ったぜ」

悩み始めた九龍を見遣り、次いで、壁の時計を盗み見て、ひょっとしたら、又今夜も徹夜かも、と苦笑しながら、京一は、摘んだままだった、餅入り巾着を口の中に押し込んだ。

「お? わー、聞かせて下さいー!」

「この間、ちょろっとここ抜け出して、知り合いんトコ行って来たんだ。新井龍山って易者と、楢崎道心って生臭坊主んトコ。あの遺跡に絡んでる龍脈は濃度が薄いって、俺等に教えたものそのジジイ共だ。二十三年前に、ルイちゃん達の里で起こった戦いの時の宿星だった奴等だし、一応専門家だから、何か判ることがあるんじゃねえかって思って、話聞いてみたんだけどよ」

「ふんふんふん。で?」

「俺達も、ジジイ共に言われて、あ、って気付かされたことなんだが。──ひーちゃんは、黄龍の『別宅』だから、『本宅』の龍脈が荒れてたり汚れてたりするトコに行くと、調子狂うだろ? 実際、お前等が巨大化人を倒す度、こいつ、おかしくなってたろ? でも、そうじゃない時にあの遺跡に潜るのは全然問題は無い。……それは、本来だったら理屈に合わねえことだって、ジジイ共は言うんだよ。こいつが、かなり身構えてる所為ってのもあんだろうけど、区画の番人が消滅する度、ぶっ倒れるってんなら、そんなんが何体も出現するような場所に潜って、平気な訳がねえって。でも、実際、その理屈に合わねえことが起こってるだろ?」

「…………そうですね。……ってことは……?」

「だからな。あの遺跡に絡んでる龍脈は、過去、何者かが、番人になってる巨大化人を生み出すか、異世界から呼び出すかする為だけに使ったんじゃねえか、って。遺跡本体は、龍脈とは何の関係もなくて、化人って存在の『何か』だけを、龍脈が左右してるんじゃねえか、って。恐らくは、例の《黒い砂》絡みで。そう考えた方が、未だ辻褄は合う、だとよ」

「成程…………。そうですか…………」

一口にした餅入り巾着を、何とか飲み込んだ京一の説明は、そんなもので。

九龍は、おでん鍋へと伸ばしていた手を止め、唸った。

「ああ、そうだ。それからな。もう一つ、判ったことがある。どうして、この外界から閉ざされた学園にあんな遺跡があるって、外部に知られたのか、って奴。御門達が調べてくれたぜ。…………どうもな、丁度三十年前くらいに、当時の学園関係者──恐らくは、その頃の《生徒会》が、わざと『外』に洩らしたらしいぞ。何処をどう辿っても、そういう結論しか出ねえらしい」

「当時の……《生徒会》、が? わざと? あそこのことを? 何故だ? どうして、そんなことが……」

思考の淵に落ち始めたらしい九龍を眺めながら、未だ、伝えなきゃならないことがあった、と京一が話を続ければ、鍋から取り上げたばかりのジャガイモを、コロンと取り皿の中に落として、甲太郎は目を見開いた。

「さあな。理由は判らねえ、が。当たりは付けられる。…………九龍。お前、《九龍の秘宝》って、聞いたことあるか?」

「あります。三日前の騒ぎの時、『精霊さん』な小夜子ちゃんと真夕子ちゃんに教えて貰いました。あの遺跡に眠ってるのは、《九龍の秘宝》っていう、古代の叡智だ、って」

あの《墓》を守る為の《墓守》である甲太郎が、驚愕とも言える色を頬に浮かべたのを、「まあ、当然の反応だな」と見遣りつつ、京一は、先程彼には伝えた、《九龍の秘宝》のことを話し出し。

九龍も、一旦思考の淵より浮上して来た。

「三十年前、ここの《生徒会》の連中は、あの遺跡の存在と、遺跡に、《九龍の秘宝》ってブツが眠ってるって話を、わざと洩らしたらしい。ロゼッタ協会をターゲットにして、そんな『噂』を流した訳じゃねえみたいだが、『噂』は巡り巡って、ロゼッタの耳にも入ったんだそうだぜ。……つまり、よ。当時の《生徒会》の中で、あそこに《九龍の秘宝》ってのが眠ってるってのを知ってた奴が、秘宝を手に入れたがる、宝探し屋みたいな連中をおびき寄せる為に、わざわざ秘密を……、ってトコだろ。『理由』は」

「誘き寄せる? 宝探し屋を? …………《生徒会》はあそこを守ってる。あの《墓》を。排除しなけりゃならない存在を、わざわざ? 何故だ? 何で、そんなことをする必要がある…………?」

「………………すいません。京一さん、龍麻さん。一寸、お願いがあるんですけど。今直ぐ、御門さんに連絡付けられますか?」

推測した『理由』を語った京一と、それを聞き、更に顔色を変えた甲太郎を見比べ、九龍は何を思ったのか、そんなことを青年達に頼み始め。

「御門に? ……ああ、平気だよ。未だ十時過ぎだし。多分、仕事してるんじゃないかな」

時計を見上げながら、龍麻は携帯を取り出した。

「そうですか。じゃあ、すみませんけど、御門さんに、反閇へんぱいって陰陽道の呪法のことを教えて下さいって、頼んで貰えませんか? ──で、甲ちゃん」

「何だ?」

「咲重ちゃん捕まえて。教えて欲しいことがあるんだ」

「あいつに? 何を?」

「スローフォックストロットの、正しい踊り方。男性パートも、女性パートも、両方。どうやって足を運ぶのか、教えて貰ってくんない?」

そうして、甲太郎には咲重との連絡を頼むと、おでんの取り皿や、箸や、グラスを脇に退け、九龍は、取り出した『H.A.N.T』と、何やら戦い始めた。