自身のグループ本社ビルの社長室に籠っていた処を、龍麻に無理矢理捕まえられた御門は、酷く不機嫌そうにしながらも、己の『本業』である陰陽道の呪法の一つ、反閇に関することを龍麻に教え。

消灯前の寛ぎタイムを甲太郎に邪魔された咲重も、所々に嫌味を織り交ぜながら、「葉佩の頼みなら」と、スローフォックストロットの足捌きを、図に書き上げられる程丁寧に、甲太郎へ伝えた。

──反閇とは、道教の歩行呪術に端を発するもので、『兎歩うほ』という、道中の安全や、悪鬼・猛獣などを避けることが出来る、北斗七星の形を取る歩行法が、陰陽道の反閇となった、とも言われており。

この呪法の延長線上にあるものが、相撲の『四股』で、反閇は、非常に単純ながら、悪星を踏み払って吉意を呼び込む力がある、とされている。

……というのが、御門が龍麻に伝えた、反閇に関する大まかな説明で。

「…………成程。やっぱりだ……」

それを、龍麻から又聞きした九龍は、甲太郎が咲重から教わりつつ描いてくれた、スローフォックストロットの足型を眺めながら、呟いた。

「九ちゃん? 何が、やっぱり、なんだよ」

「ルイ先生に呼び出されて保健室行ったら、宇宙刑事がいて、あの夜会は反閇って足踏み呪法だ、とか何とか言ってたっしょ? それが、どういうことなのか、詳しく知りたかったんだよ。──龍麻さんが御門さんから聞いてくれた説明では、反閇って、北斗七星みたいな形を描くように足を運ぶんだしょ? ……ほら。甲ちゃんが描いてくれた、咲重ちゃん直伝の、スローフォックストロットの足型、見てみ? 女性パートも男性パートも、両方、ほぼ北斗七星みたいな形っしょ?」

「……だから?」

「俺、不思議に思ってたんだよね。何であの夜会で鎌治が演奏してた曲は、四拍子だったんだろう、って。普通、舞踏会って言われて思い付くのったら、三拍子のワルツなのに、高校の舞踏会で、選りに選って、四拍子。どうしたって、スローフォックストロット、なんて、普通の高校生には踊れないもの、選択しなきゃならなくなる。でも、あれが反閇だって言うなら、スローフォックストロットって言うのは、とっても納得で。宇宙刑事の推測通り、あの夜会の正体は、鎮魂祭おおみたまふりのまつり──要するに、あの遺跡に眠ってる何かを鎮める為のもので」

「それは俺にも判る。だから、それを今更確かめて、どうしようってんだ?」

自分達を置き去りに、一人納得し始めた九龍に、音楽の話は……、と甲太郎は少しだけ顔を顰めてから、続きを責っ付いた。

「この間、忍び込んだ書庫室で甲ちゃんが見付けてくれた本には、あの、反閇って足踏み呪法が正体の夜会は、この学園の創設当時から行われてたって書いてあった。……ってことは。多分、だけど……多分でしかないけど、そういうことの為に、帝等の一族は、ここに学園を創ったんだよ。ここに集まる生徒達に、知らない内に、遺跡の最奥に眠るモノを鎮める呪法を手伝わせる為に。だけど。三十年くらい前から、それじゃ、『足りなくなった』んだ。──あの遺跡に描かれてるのは記紀神話だから、あそこが封印された年代は、記紀に纏められてる神話が確立されてから、大陸から漢字が伝来して来るまでの間で、そうすると、大体、今から一七〇〇年くらい前ってことになる」

「ん? 建造された年代、じゃなくてか? 封印された年代?」

「うん。何でかって言えば、遺跡の奥へ進む為の石碑のヒントが、神代文字だから。建造年は判んないけど、封印年がそれくらいって考えた方がいいと思う。……んで。もしも、の話だけどさ。所謂、仮説って奴だけど。──今から一七〇〇年前に、遺跡が封印されてからずっと、阿門一族は、あそこを守って来てた。でも、帝等のご先祖様は、一族だけじゃ遺跡を守り続けられないって気付いたんだ。もしかしたら、明治維新も関係してたのかも知れないけど、兎に角、一族だけじゃ、ってことになって、ここに学園を創った。年に一度、鎮魂祭の夜に、何百人っていう生徒達で以て反閇をする為に。けど、それから又時が流れて、今から三十年くらい前。それじゃ『足りなくなった』。……反閇だけじゃ、遺跡の奥のモノを鎮め切れないってなった切っ掛けは、ファントムだと思う。三十年前に、初めて出現したファントム。ファントムが、小夜子ちゃんと真夕子ちゃんが言ってた、『封印の合間を縫って、地上に出現した王の意識の僕』だって考えれば、筋が通るから」

「…………確かに、筋は通る、な。一応」

「だしょ? ほんで。ファントムは、『王の意識』が憑依してる誰かだとすると。──わざわざ学園まで拵えて、反閇で『王様』を抑え込んでたのに、三十年前、『王様』が、ファントムって言う『僕』までを使える程、何時の間にか『封印の隙間』は大きくなっちゃってる、ってことに気付いた、帝等のお父さんかおじいちゃんか、さもきゃ当時の《生徒会》の誰かは、もう、反閇だけじゃ抑え込めない『王様』を何とかする為に、学園の中に、《九龍の秘宝》が眠ってる遺跡があるってことを、わざと外に洩らした。宝探し屋みたいな、『墓荒らし』を誘き寄せる為に。そういう連中を、《生徒会》の皆に倒させて、あの墓地で眠らせる為に。……うん。きっと、そうだ。あの墓場に埋められてる『生けるミイラ』は、『王様』を封印し続ける為に使われてるんだ。彼等の、『何』を使ってるのかは判んないけど」

先を、と甲太郎に促された続きを饒舌に語って、うん、と一度大きく頷き。

一応、時計の長針と短針が何処を指しているかを気にしつつも、九龍は喋り続けた。

「でさ。話、一寸ずれるんだけど。……前に、甲ちゃんにケチョケチョにされた、天香遺跡ラボ説。俺、未だにあれ、捨ててなくってさ」

「諦めの悪い奴だな」

「へへーん、だ。今度こそ、甲ちゃんに白旗上げさせてやるからなー!」

《墓》と学園の『歴史』の話から、《墓》の正体のことへと話題は移り、甲太郎は、又か、との顔付きになったが、九龍は、ふんぞり返って威張ってみせて。

「一昨々日潜った咲重ちゃんの所は、機械仕掛けの区画だったから、あの遺跡が、超古代文明が造り上げた物だってのは、甲ちゃんも反論のしようがないっしょ? あそこは、単なる遺跡でも《墓》でもない、って」

「だから、俺は最初から、そこには反論してない」

聞くだけは聞いてやろうかと、中途半端になってしまった食事の先を進めるのを諦めて、甲太郎は、一応、家主達の許しを貰ってから、似非パイプを銜えた。

「……そう言えばそうだったやね。へこまないなあ、甲ちゃん。──でも、その所為で。御門さん達に、あそこの遺跡には呪術が掛けられてるって教えて貰った時に感じた、超古代文明が造り上げた遺跡と、呪術が必要な《墓》ってのの違和感は、一層際立つ訳で。じゃあ、どう考えれば、それが両立するんでしょうか、ってことになる訳で。……考えた訳ですよ、俺は。知恵絞った訳ですよ」

「無い知恵をか?」

「うん、無い知恵……じゃなくって! 俺にだって、多少の知恵はあるっ! いいから、大人しく聞くっ! ──あの遺跡には、『遍歴』があるって考えたら、どう?」

「遍歴?」

「そ。……一七〇〇年前よりも昔、天香山と同じ名前を持つ天香遺跡は、その名の持つ逸話通り、『天より降って地に降り、されど天を欠いて地に向かう、高貴な者が何かを見る山』って位置付けで造られた。『天より降って地に降り』は、その……甲ちゃんの嫌いな異星人の話になっちゃうかもだから、どっか遠くから来た『高貴な人達』って程度で留めとく。『地に向かう』も、今は一旦保留。兎に角、『どっか遠くから来た高貴な人達』は、地中に研究所を拵えた。化人──キメラみたいなモノの研究をする為に。でも、その研究を続けてたら、手の付けられないモノが出来ちゃった。それが、小夜子ちゃんと真夕子ちゃんが言ってた『王様』。『王様』は、そんな研究が出来たり、あんな遺跡を造れたりするだけの科学力持ってた、『どっか遠くから来た高貴な人達』でも、始末することが出来なかったか、さもなきゃ、どうしても《九龍の秘宝》──『研究成果』を放棄したくなかったか、そのどっちかの理由で、研究所毎、封印された。『王様』が記紀神話に恐れを感じるのは判ってたから、以前、御門さん達が教えてくれた呪法を使って。だから、研究所は、『王様』を封印しとく為の《墓》になって、《墓》は、長い年月を経て《超古代文明》にまつわる《遺跡》になった。で、研究所から《墓》になったあそこの《墓守》に選ばれたのが、帝等のご先祖。ずーっとずーっと、《墓》を守ってた帝等のご先祖は、『王様』を封印し続ける為に学園を造った。で、三十年前に、やっぱり、『王様』を封印し続ける為に、『墓荒らし』を誘き寄せ始めた。……そうして、現在に至る、と。…………ど? この筋書き。中々良く出来てると思うんだけど」

甲太郎が銜えた似非パイプから立ち上る、アロマの香りを目で追いながら。

九龍は、どうだ! と、再び、胸を張った。