「…………有り得ない」

白状したら蹴られるから、九龍はそれを黙ってはいるが、実の処、今さっき、脳味噌を高速回転させて振り絞ったばかりの、彼の『渾身の仮説』を聞き終えて、暫しの沈黙を挟んだ甲太郎の第一声は、それだった。

「えっ? ど、何処が? 何処に突っ込み所があったっ!?」

「あー……、そういう意味じゃない。突っ込み所が、直ぐには見当たらないって意味での、有り得ない、だ。辻褄が合ってるように聞こえる。信じられない」

「………………甲ちゃんはさー、俺のこと、ものすごーい馬鹿だと思ってない? そりゃまあ、どっちかって言えば、俺だってあんまり頭は良くないけどさー……。でも、甲ちゃんの駄目出しが出ないなら、上出来って所かな。んじゃ、次ね」

納得し兼ねるような顔付きで、それでも、今の処『異議申し立てタイム』に突入する気はないと甲太郎に言われ、ホッと九龍は胸撫で下ろし、自分達がこういう話を始めると、大抵、黙って聞いているだけになる京一と龍麻が、何時の間にやら取り出したビール片手に、一応は聞き耳を立てているのを確かめてから、更に、仮説披露を続けた。

「次? 未だあるのか?」

「勿論。甲ちゃんに、白旗上げさせてやるって言ったっしょ? ──今度は、化人の話。あの遺跡がそもそもは、今で言う処の遺伝子工学とか生物工学とかの研究所だったとするなら、化人は、人工的に創られたキメラ系が正体で。あの遺跡の法則──侵入する度、同じ場所に同じ種類の化人が同じ数だけ出現するってのも、納得出来る。侵入者排除のセキュリティーとして、遺跡のシステムは化人のクローンを生み続けてて、侵入者の生体反応の消滅と、化人の消滅を確認する度、ストックの化人を配置場所へ転送してるってなら。化け物ってよりは生物、って辺りも納得だし、有機質と有機質って組み合せのキメラだけじゃなくて、有機質と無機質って掛け合わせのキメラの研究もされてたんなら、機械っぽいのがいるのも説明出来る。消滅の仕方が、一般的な生物とは違うのも、人工的に創られた物だからとか、コピーを重ね過ぎたクローン細胞の劣化が始まってるとか、理由考えられるし。但…………、一つだけ判んないんだよね。あの、《黒い砂》と化人と《生徒会》の関係が」

「あれ、な……」

「俺の立てた説が全部正しいとするなら、《黒い砂》も、その手のテクノロジーに絡んでる筈で、だったら、ナノマシン辺りが妥当なラインかな、って思わなくもないんだよね。生きてる人間の遺伝子をちょちょいと弄れる、とんでもなく脅威のナノマシンだとしたら、《生徒会》の皆がトンデモ能力持ってるのも説明出来るかなー、とか思うんだけど……。でも、だったら何で、《黒い砂》は、トンデモ能力持った後の《生徒会》の皆の体に、何時までも潜んでんだろ。何で、巨大化人の出現条件なんだろ…………。……一応、さ。その辺りの部分に、龍脈の力が使われてるのかな、とは思うんだけど……」

「何で? どうして、そこで龍脈なんだ?」

「さっき、『天を欠いて地に向かう』の部分、一旦保留にしたっしょ? ──あの遺跡が、最初から『王様』を封印する為の《墓》として造られたんなら、地中にあっても何の不思議もないけど、ラボだった、って言うなら、話は一寸変わって来る。何で、地中に造ったかを考えなきゃ。その理由は多分、龍脈にあるんだと思うんだ。龍麻さん達が、龍脈の力の一部っぽいって言う、魂の井戸もあることだし。……龍脈って言うのは、四神の長で、大地の化身な黄龍の力。よーするに、大地のエネルギーってことで。龍脈の力を使う為に、黄龍の領土な地中に造ったんだって思うんだけど……、うーーむ。遺伝子工学や生物工学やナノテクノロジーと、龍脈……。うーむー………………」

だが、猛烈な勢いで自説を披露しまくった九龍の勢いは、そこで急に弱くなり。

「……九ちゃん。一つ、解釈の付けようが、ある」

甲太郎は、『異議申し立て』でない口を挟んだ。

「お? そう?」

「《黒い砂》が、ナノマシンか否かは兎も角として、だが。──キメラは別だが、クローンってのは、所詮、容れ物だ。オリジナルのコピーでしかない。そもそも、オリジナルとクローンは、決してイコールにはならない。細胞の老化スピードも違う。年齢のギャップも生まれる。クローンは、オリジナルと均一な遺伝情報を持っているだけだ。尤も、俺達の常識の世界では、だがな。でも、お前曰くの『どっか遠くから来た高貴な人達』の生物工学レベルがどれだけ高かろうと、オリジナルとクローンをイコールにすることは、生物工学じゃ無理だ。オリジナルの記憶や意識は、電気信号に置き換えての移植が可能かも知れないが、神秘的に言うなら、『魂』みたいなモノを移すことは不可能だ。だが。ナノテクノロジーと龍脈の力を掛け合わせれば、連中が創った、化人って『生物』に、その、『魂』みたいなものをも、移せる、としたら? オリジナルとクローンを、イコールに出来るとしたら?」

「ふむ……。でも、じゃあ何で、《生徒会》の皆に、《黒い砂》?」

「……クローンが、容れ物でしかないように。《生徒会》の面子も、化人って《墓守》の、『魂』や意思の容れ物、なのかもな。元々は、阿門の一族だけが伝えて来た、《墓守》って巨大化人の『魂』の容れ物。……去年度になって、《執行委員会》が作られた理由の一つも、その辺にあるのかも知れない。抑え切れなくなってきた『王様』を、それでも抑え込む為に、打った手の一つ、なのかも。一人乃至は二、三人の『容れ物』の中に収めておくよりは、より多くの『容れ物』の中に分散して、生徒って『木の葉』の中に人知れず『容れ物』を隠した方が、倒されたら最後、扉を開く鍵にもなっちまう《墓守》を、太古の時代のまま在り続けさせられる、と考えたのかも知れない…………」

《生徒会》という《墓守》達も、唯、『何処か遠くから来た高貴な人達』の、狂気じみている研究が生み出してしまった『王様』と、だと言うのに捨て去れなかった《九龍の秘宝》を守り抜く為だけの、容れ物と言う名の道具の一つに過ぎなかったのかも知れない、と、甲太郎が、ぽつり、呟けば。

「………………そう言えば、さ」

それまで、黙って話を聞いていた龍麻が、少年達へと向き直った。

「何です?」

「二人がしてた話の、参考になるかどうかは判らないけど。龍山さんと道心さんが言ってたんだ。龍脈って言うのは、何かを封印する為に使うには、相応しくない力だ、って。どっちかって言えば、龍脈の力って、迸る系のものだからね。それと。五年前の事件の時に、御門がね、こんなこと言ってた。……死者の国があるって言われてる黄泉は、中国では、黄泉こうせんって言うんだって。中国でも、死後の世界は地下にあるってされてて、黄は、陰陽五行の土のこと。だから、黄泉は、地下の泉って意味で、黄龍──即ち、龍脈の領分なんだって。それから。一年半前、広州で俺にちょっかい掛けたド阿呆達は、黄龍の力は、この世に、神仙峡をも生み出せるだけの力があるって言ってたっけ。…………不老不死も、夢じゃない、って」

「不老不死……。ふむ……。どっかの誰かさん達の研究の目指す所が、不老不死だったら……。………………あ、何か」

考察の参考に、と龍麻が、聞き及んだ幾つかを伝えたら、急に、九龍はすくっと立ち上がった。

「おい? 九ちゃん?」

「どうしたの?」

「今の龍麻さんの話聞いてたら、もーーーーーー……れつに、腹立って来た。不老不死の為に、どっか遠くから来た何処かの誰かさん達が、あんな施設作って、まるで、自分達は神様です、みたいな研究して『王様』生み出して、だってのに、手に負えなくなったから放棄! でも研究成果は捨てたくない! って我が儘放題やって、挙げ句、帝等の遠いご先祖様に、後のことは任せた! って押し付けてトンズラこいて、その所為で、帝等の一族も、《生徒会》の皆も、碌でもない扱い受けなきゃならなかったとしたんなら。……うわ、許せない! 化人も、不幸で哀れな生き物ってことになるし! ……くーわー! あったまキた。ぜーーーーったい、何が何でもあの遺跡、解放してやる! 見てろよ、どっか遠くから来た何処かの誰か共め! 人間様舐めんなー!」

キッと目尻を吊り上げて、天井を見据えながら握り拳を固めた九龍は、声を張り上げ叫び。

「…………お前は、そういう奴だよな」

くすりと、京一は忍び笑った。

「えっ? そういう奴って、どういう意味ですか?」

「だから。らしいって意味だよ」

「確かに。九ちゃんは、どう転んでも『こう』だ」

「いいんじゃない? 俺は好きだよ、葉佩君のそういうトコ」

すれば、釣られたように、甲太郎も龍麻も、小さく笑って。

「何か、皆の言うことがよく判んない…………」

九龍は、一寸だけ首を傾げた。