何時でも騒がしい、豆台風の如き少年達が帰って行ったのは、午前零時を優に廻った後だった。

「明日も寝不足確定だな」

「しょうがないよ。……でも、こんな生活も、そろそろ終わりそう、かな」

「だな。大詰めは近そうだ。残ってる扉も少ねえらしいし」

「うん」

二人きりになって、やれやれ、と肩の力を抜き、少しばかりだらしのない格好でソファに身を投げ出した京一と龍麻は、そんな風に言い合う。

「遺跡絡みの方は、先が見えて来たけど。……どうすんのかなー、葉佩君。結局、『あそこから先』は、皆守君に白状しなかったし」

「甲太郎の奴もなー、自分が《墓守》の一人だって、言えねえまんまで。だってのに、《墓守》ってのは、遺跡の為の、単なる道具の一つだったかも、なんて話になっちまって来てて……。……ま、あいつ等にはあいつ等の、思う処ってのがあるんだろうけどよ」

「……そうだね。俺達は俺達にしか出来ないことを、やるしかない、か。二人の恋愛模様に関しては、応援するしか出来ることないしなあ……」

「だな。──又暫く、忙しいかもな。……あーーー、御門や如月や壬生の野郎に、嫌味垂れられっだろーなー。この間っから、連中には借り作りっ放しだかんなー」

「後が怖いよなあ。借り返す代わりに、とんでもない無理難題押し付けられそうな予感するんだよねー、俺」

「そうなったら、トンズラすりゃいいさ。海の向こう側にでも」

「あ、そうしちゃおっか。……うん、相応の借りだけ返したら、又、何処かに行こうよ、京一」

「おう。俺は、最初っからそのつもりだぜ、ひーちゃん?」

今からでは片付ける気にもなれないダイニングを振り返って、あー……、と現実より目を逸らし、ゆらりと腰を上げ。

「寝るか」

「うん」

彼等は、寝過ごしたらどうしようかと言い合いなから、寝室へと消えた。

すっかり馴染みになった『抜け道』から、するりと消灯後の寮へ忍び込んで、甲太郎の部屋へ辿り着き、時計を確かめて、急に、九龍は笑い出した。

「どうした?」

「んー。甲ちゃんは、一日十時間寝なきゃ調子が出ない、なんて言ってたのに、何時の間にかすっかり、宵っ張りになったなあ、と思ってさ。相変わらず、授業中は居眠り大魔神だけど、学校行ってる間の半分以上は、教室にいるようにもなったし。寝不足、続いてない?」

「そんなのは、もう慣れた……と思う。昼も夜も、お前に引き摺り回されるようになってから、もう三ヶ月近くも経つんだ。生活リズムって奴を狂わされて、随分になる」

突然の笑いの理由は、もう間もなく午前一時を指そうとしている時計の針にあると知って、甲太郎は、似非パイプの吸い口を噛み締めながら、苦笑いを浮かべた。

九龍が転校して来る以前は、寝入ってから三時間以上は経っていておかしくない時刻だったから。

「それもそっか。……あー、でも、俺も今日は眠いー。頭一杯使ったし、おでん、沢山食べちゃったし。美味しかったなー、おでん。俺も今度、作ってみよっかなー。練り物の素なんかも、あそこから調達出来たら安上がりでいいんだけど」

「………………俺は食わないぞ、そんなもん」

「……う。甲ちゃんに聞かせちゃならない発言だった。ま、いいや。黙ってれば判んないし。──それよりも、甲ちゃん。風呂も、あっちで貰ったことだしさ。寝よ?」

「そうだな」

そんな会話を交わしながら、さっさと寝支度を整えた彼等は、灯りを落とし、ベッドの中に潜り込んで、明日からも続く日々の為に、揃って瞼を閉じたが。

「……あのさ、甲ちゃん」

闇の中、九龍は小声で、共に眠る甲太郎を呼んだ。

「何だよ」

「今日は、色々、御免な? 昔のこととかも……」

「お前、その話を蒸し返す気か?」

彼が話し出したのが、一応は、『もうお終い』、としたことだと知って、甲太郎は、僅か不機嫌そうな声を出す。

「そういう訳じゃないけど……。あー、でも、蒸し返したいのかも。……俺、昔のこと何にも覚えてないから、『葉佩九龍になってから』は、ここに来て初めて、友達とか出来たんだ。そりゃ昔は、友達も、付き合った女の子とかも、いたのかも知れないけど……『葉佩九龍』は、そういうこと全部初めてで、付き合うのも甲ちゃんが初めてで。結構、未経験な対人関係上の諸々って、弱かったりするんだよねー……。どうしたらいいか、判んなくなっちゃうんだ」

「……仕方無い……んじゃないのか? これから覚えてきゃいいことだ。何処に問題がある? 昔のことを覚えてなくたって、お前は俺よりも、遥かに友人付き合いが上手いんだし」

「うん……。でもさあ、俺の、色んなことのお手本って、アニメとかなんだ。一杯一杯、見たんだ。日本のアニメとかドラマとかのビデオ取り寄せて、ひたすら見た。本も、漫画も、腐る程読んだっけ。少しは、危なっかしくしか思い出せない、日本のこと思い出せるかなー、って。だから結局……俺の知ってることって、殆ど、上っ面のことばっかなんだよな……」

「お前の知ってることが、上っ面でしかなくても。お前が思うことは、上っ面じゃないだろ。……上っ面しか知らなくても。これから先も、昔は知ってたかも知れないことを、もう一度、覚え続けてかなきゃならないとしても。お前が思うことは、上っ面でも嘘でもない」

「…………それは、そうだけど……」

ブツブツと言い連ねたら、ブツブツと言い返されて、むう、と九龍は口を尖らせた。

「ま、でも、納得出来た」

「へ? 何が?」

「お前が、色んな意味で子供な理由が」

「あ。そーゆーことを言うか? 言うか?」

「事実だろ。…………もう、寝ろ。俺だって、いい加減眠いんだ。お休み」

不機嫌そうだった声を、一転、からかいのそれへと変え、話を打ち切り、甲太郎は、一度、ペシリと九龍の頭を叩き、寝返りを打った。

「お、そっか。……うん、お休み。又明日なー」

彼の、眠い発言を、九龍は素直に信じ、それきり、口を噤んだ。

だからやがて、甲太郎が向けた背の後ろから、静かな、けれど時々間抜けな音の混ざる寝息が聞こえて来て。

「素直に信じる辺りも子供だな……」

寝息が深くなった頃、甲太郎は独り言を呟いた。

──自分は、きっと。

昔のことを何も覚えていない、という九龍よりは、きっと、彼の昔を知っている。

五年前に、東京の片隅で行方不明になったことも、自分よりも四、五歳年上だろうということも、陰の器の材料にされ掛けたから、記憶を喪くしてしまったんだろう、ということも。

何時か、九龍が魘されていた悪夢の理由も、恐らくはその辺り。

本当は何処の誰なのか、どんな生活をしていたのか、それまではどんな人間だったのか、そんなことまでは判らないし、知りようもないし、興味も無いけれど。

九龍が、今の九龍であれば、それでいいと思うけれど。

少なくとも己は、彼よりも、昔の彼を知っている。

それに引き換え、自分は、今まで誰にも言えなかったことを、たった一つのみ九龍に伝えただけで。

誰かの隠し事を知りたがりながら、己も又何かを隠すのは『フェア』じゃないと彼が言うから、せめて、それくらいは、と打ち明けたけれど、結局、伝えられたのはそれだけで。

想いを寄せてくれた彼に、想いを受け入れてくれた彼に、本当に打ち明けなくてはならないことは、そんなことじゃないのに。

『終わり』が見え始めて来た、今となっても。

今まで知り得なかった、そして興味も無かった、《墓守》とは何なのか、その『正解』も、朧げながら見えて来て、だと言うなら、今までの自分──《生徒会》と関わりを持ってより己がして来たことは、と思わずにいられなくなった、今となっても、己は。

独り言を呟き、眠る九龍を振り返って、甲太郎は、そんなことを考えていた。

────この日起こった出来事は。

彼の心の中に溜っていた幾つかの澱を、一つの大きな澱へと纏め、そして、ここ暫くの間鳴りを潜めていた、彼の、『何事も諦め易い』との悪癖に、小さな火を灯す出来事だった。