「えー……。ぶっちゃけ、『葉佩九龍』としての俺は、そーゆーこと、まーったくの未経験なんで、本能レベルでしか判んないんだけど。……男ってーのはさ、種の保存チックな方面から見れば、基本、何処までも与える側じゃん?」

「一応はな」

「でもさ。男同士で事に至ろうとすれば、どうしたって片方は、若しくは両方共、本来の在り方とは正反対の立場に立つ瞬間がある訳やん?」

「……だろうな」

「だから俺達、付き合い始めて半月以上も経つってのに、未だに揉めてる訳で。けど……夕べ、思ったんだ。それは、覚えちゃったことは、どうしたって忘れられない甲ちゃんには、きついことなのかも知れないって。甲ちゃんはきっと、何時でもどんな時でも、色んなことで埋め尽くされて、下手したら一杯一杯で、苦しい想いしてるのかも知れないから、だったら、これ以上は、ってさ。でも、俺はそうじゃない。俺は、『葉佩九龍』になってから、未だ一年半しか経ってない。元々から俺は、未だ未だ全然足りない俺って人間の『中味』を、沢山のことで埋めたいって思ってたし……、甲ちゃんが俺にくれるモノなら、そういう方面のことでも欲しいかな、って……。甲ちゃんがくれるモノなら、どんなモノでも。嬉しいことでも哀しいことでも楽しいことでも痛いことでも、甲ちゃんが、俺だけにくれるなら、俺は、いいかなー、って……」

ゆるりと閉じた瞼をぱちりと開いて、思い切ったように、九龍は思う処とやらを甲太郎に伝え。

「…………九ちゃん」

「何?」

「俺は、お前のそういう想いに、どうやって応えたらいいんだ……?」

途端、甲太郎は、泣きそうに面を歪めた。

「えっ、甲ちゃん?」

「忘れることを忘れて産まれて来たって俺の質を、親だって、そんな風には受け止めてくれなかった。なのに、出逢ってたった三ヶ月の、そのことを夕べ知ったばかりのお前に、そうもあっさりと受け入れられて、そう想われたら、返す言葉もない…………」

「甲ちゃんがそう思ってくれるんなら、それはそれで、何つーか。有り難いと思うって言うかだけど……、別に、だからって言葉を返してくれなくてもいーよ? 言葉に出来ないことって、あると思うしさ」

今直ぐ、涙が零れてもおかしくない程歪んだ甲太郎の表情を見上げ、「ああ、このことは、甲ちゃんが、ずーっとひた隠しにして来た、触れられたいけど触れられたくないことの一つだったんだ」と、知らずにそれを突いてしまった己を少しばかり反省し、九龍が、努めて明るい声を出せば。

「…………なら、躰と態度で返す」

歪み切った面はそのまま、渾身、と言える力で、甲太郎は彼を抱き込んだ。

「おわっ! いいっ! 躰と態度のお返しも、今はNo thank You! それを回避する為に、俺は話し合いに臨んだんだーっ! ってか、甲ちゃん、重い! 退いて下さい、こーたろーさんっ!」

痛みさえ感じる抱擁に、ジタバタ九龍は暴れ、大声で喚き。

「断る」

「甲ちゃんっ!! さっき俺が言ったのはホントのことだけど! だからって、挑めるか挑めないかの覚悟は又別問題だからっ!」

「なら、今直ぐ覚悟を決めてくれ」

「甲ちゃんー……。情けがないぞー……? 微塵もないぞー……?」

「それがどうした。情けなんか、後で幾らだってくれてやる。……九ちゃん。俺は、こんなにもヒトを愛しいと思ったのは、生まれて初めてだ。どうしようもなく、愛しいと思ったんだ。……今更、思い留まれるか」

低い声で、甲太郎は、心の底からの本音を吐いた。

「どうしてそうも、ここぞって時に殺し文句を言うかな、この人……。……で、でもさ、壁の薄い寮──

──疾っくに、授業は始まってるんだぞ? エスケープ組の数なんて、高が知れてる」

「そりゃそうだけど……。…………あーもー! 判った! 判りましたっ! 俺も男だ、覚悟の一つくらい決めちゃる! っとにもー、甲ちゃんはー……。京一さんに、お試しのキスをしてみようって迫られた時の龍麻さんの気持ちが、ほんとーーーー……によく理解出来た……」

だから、ブツブツと愚痴を零しながらも、九龍は、好きにして、と開き直り、かつて、兄さん達の片割れが味わっただろう心境を思い。

「…………ああ、そうだ」

むぎゅっと、逃げ出さないように、九龍を喉輪で押さえ込んでから、マウントポジションを解除した甲太郎は、身を乗り出して、ベッドの下に腕を突っ込んだ。

「ぐえっっ。……な、何? いきなり、何だってのっ!?」

「九ちゃんが知りたがってた、京一さんに貰った紙袋の中味、教えてやるよ」

「え? 今?」

「ああ。…………ほら」

「何で、こんな展開になるのかよく判んないけど……。どれどれ?」

少々埃の付いた茶色の紙袋を甲太郎に手渡され、何故、このタイミング? と訝しみながらも、九龍はいそいそ中を覗き、途端、シーツの上に轟沈する。

「き……京一さ、ん…………。……有り得ない! 有り得ないから! 何なの、あの人!? 俺達が告白し合ったのに僅か半日で気付いただけでも有り得ないって思ってたのに、挙げ句これ渡すって、何なのさーっ! つか、何で甲ちゃんに渡すかーーーーっ!」

「それは、勘、だとさ」

「勘? 何の?」

「さあ?」

「恐ろし過ぎる、野生の勘………。俺は今、恐怖さえ覚えた……。俺達はこういう展開辿るって、あの人には判ってたとでも言うのかーーーーっ!!」

「そんなこと俺が知るか。あいつの野生の勘は、一寸尋常じゃないってのは認めるがな。……でもまあ、そういう訳だから。九ちゃん? 心置き無く」

轟沈中の九龍に、甲太郎はにっこり、と、有り得ないを通り越し、そこまで行ったら奇跡のレベルな、好青年然とした、爽やか過ぎる、到底似合うとは言えない笑みを見せた。

「甲ちゃんの、鬼ーーーーーーっ!!」

「男・葉佩九龍は、覚悟の一つくらい決められるんだろ?」

「……………………イケズ」

「イケズで結構。鬼で結構。心底愛しいと思ったお前と結ばれる方が、俺にとっては重要だ。他のことなんか、今はどうだっていい」

ヨヨヨヨヨ……と、身も世もなく泣き崩れる真似をしてみせた九龍に、再度覆い被さり、人でなしなことを、甲太郎はさらりと言って。

「至人博士のメモ帳に、皆守甲太郎、ネガティブな割に開き直ると強引、って書いといて貰おう…………」

九龍は、小声の嫌味を放った。

「……九ちゃん。連中の名前なんか出すな。俺のことだけ見て、俺のことだけ喋ってればいいだろ?」

「ええええ? 今度は妬きもち?」

「悪いか? 俺だけのモノにしたいお前を、やっと本当に俺だけのモノに出来るって時に、他の奴の名前出されて、臍曲げない方がどうかしてる」

「ソ、ソウデ、スネ…………」

「だからもう、誰かの名前を出すのは止めて、下らない話や馬鹿な騒ぎをするのも止めて、大人しくしろ。俺のことだけ見て、俺のことだけ考えて、俺の声だけ聞いてろ。今だけでもいいから。この瞬間だけでもいいから」

嫌味の中にあった黒塚の名前に、甲太郎はあからさまにムッとし、こんな時に冗談じゃないと、命令口調で捲し立てて。

「甲ちゃん……」

「…………九ちゃん。九龍。好きだ」

往生際悪く続けていた足掻きを、ピタリと九龍が留めた瞬間、胸より込み上げて来た万感の想いを声に乗せ、彼は、そっと囁いた。