もー、ホントに限界です……。
……との、色気もへったくれもない一言を残し、結ばれ合った直後、コテン、と九龍は眠ってしまった。
そんな彼の横顔を眺めつつ、激しく身勝手だった己をちょっぴりだけ反省して、ゆっくり眠れるように諸々整えてやってから、甲太郎は部屋を出た。
午後の授業に出る為にではない。
時計は、既に午後二時を指していたし、己の部屋で寝ている九龍を残したまま授業に出るような、学生らしい真面目さの持ち合わせなど、彼にはない。
唯、一寸した物を売店で買う為の外出で、些細な用が終わったら、直ぐに寮へと帰るつもりだった。
そうしてしまったことに、微塵も後悔はないが、若さと言うよりは、九龍に対する執着と、己を満たした苦しさで、『お初』だと言うのにきつい抱き方を選んでしまっていた自覚は彼にもあったし。
『そこ』は、若さと言うものなのだろうが、一度では終えられず、二度目に傾れ込んだ挙げ句、昼休み、昼食の為にか何の為にか、パラパラと戻って来た寮生達の声を聞き、必死になって上がる嬌声を飲み込みながら悦に耐える、九龍の悶える姿にヤラれ、ついつい出来心に負けて、それまで以上に苛虐な行為に及んだ自覚もあったし。
何より、彼が目覚めた時、傍らにいられない、などという無様な真似を犯すつもりはなかったから、彼の足取りは酷く早かった。
足早に校舎に向かい、素早く廊下を抜けて、売店で、己のことをカレーレンジャーとしか呼ばぬ境を極力無視しながら買い物を済ませ、行きよりも尚早く、寮へと続く歩道を辿って……、そこで。
腰が痛い、と呟いた時、彼は、マミーズでの遅い昼食を終えたばかりらしい『二人組』に捕まった。
「あれ、皆守君」
「よう、甲太郎」
「すまない、又」
立ち話の一つや二つ、気軽に交わせる龍麻と京一に声を掛けられても、甲太郎は歩く速度を緩めようとはせず。
「何急いでんだか知らねえけど、三分だけ時間寄越せ」
が、ヌッと伸びて来た京一の腕に肩を掴まれ、彼は、立ち止まることを余儀無くされた。
「何なんだ。俺は、忙しいんだ」
「だから、三分だけっつってんだろ」
「だったら、早く用件を言ってくれ」
無理矢理引き止められ、あからさまに不機嫌な顔して青年組を振り返りながら、甲太郎は無意識に、トン、と空いていた右手で腰を叩いた。
「…………張り切り過ぎたか? 若人。役に立っただろー? 『あれ』」
その仕草に、恐ろしいとしか言えぬレベルの野生の勘を持ち合せている京一は、何を察したのか、ニヤッと口角を歪めながら笑い。
「用件は何だっ!」
図星を指された若人は、若干頬を染めつつ怒鳴った。
「お、そうだった。起きた時、お前がいなかったら九龍が不憫だもんな」
「……だから…………。あんたは、どうしてそうなんだ……」
「んな、今にも蹴り殺したい、みてぇな顔すんなって。──あのな。夕べは、伝えるタイミングがなかったんだけどよ。……喪部。あいつ、レリック・ドーンの一味らしいぞ」
どんなに大人びた風であっても、未だ未だ、恋と未来にズッポリ悩む高校三年生、と若者の反応をケラケラと笑ってから、一転、京一は声を潜め、甲太郎の耳許で、素早く囁く。
「九ちゃんが、テロリスト集団って言ってた、あれか?」
ぼそっと、周囲を憚るように落とされた事実に、甲太郎は目を細めた。
「そういうこと。連中も狙ってるんだと思うぜ、《九龍の秘宝》とやらをな。何で、異形のあいつが、んなトコに手ぇ貸してんだかは知らねえが。……つー訳だから。気ぃ付けろ? ──じゃーなー。九龍の奴に宜しくなー」
だが、今は気に留めておくだけでいい、と京一は肩を竦めるようにして、するり、甲太郎の傍らを離れ。
「じゃあね、皆守君。葉佩君に、お大事に、って伝えて。労ってあげるんだよー?」
笑いながら甲太郎と京一の掛け合いを聞いていた龍麻は、にっこーーー……と、含んだ微笑みを甲太郎へ向けてから、くるっと踵を返した。
「何なんだ、あんた等っ! そんなに、俺達をからかって楽しいかっ!!」
軽い足取りで去って行く、底意地の悪い大人達の背へ、甲太郎は大声で憤りをぶつけてより、連中に踊らされている暇は無かったと、再び足を急がせて、半ば駆け込むように寮へ戻った。
喉が渇いたな、腹減ったな、と。
体が訴えた所為で、九龍は目を覚ました。
「…………うー……」
欲求の全てを、呻き声一つに要約して、もそもそ、彼はベッドの中で身を攀じる。
「み、水ぅ……」
「ほら」
一際強く香るラベンダーの匂いを嗅ぎながら、瀕死の者のように訴えれば、ふいっと、水滴を纏った冷たい缶が頬に押し当てられ、ハシッ! とそれを受け取り、もそもそと起き上がって、一息に、中味の烏龍茶を飲み干し。
「……………………甲ちゃんなんか、嫌いだ」
盛大にアロマを香らせつつ、何事もなかったかのように普段着を着込み、涼しい顔して傍らに座っていた甲太郎を、むすっと、九龍は睨んだ。
「嫌われるようなことを、した憶えはないぞ?」
「嘘を言うなーーーっ! 甲ちゃんの、エロエロ高校生っ! あっ……あれが! あんなんが! 『僕達初めての夜なんですぅ』な、シチュエーションでやることかあああっ!」
「…………一寸、激しかったのは認めなくもない。俺だって、未だ十八だからな」
「一寸? 一寸だとぉっ? ……あんなん、一寸のレベルじゃないもん……。そんなん、絶対違うもん……。……甲ちゃんの鬼畜。人でなし。もう、お婿に行けない…………。うぇぇぇ……」
しかし、睨んでも怒鳴っても、しれっと甲太郎は受け答えるのみで、暖簾に腕押し……、と九龍は、又もや泣き真似に走った。
「そうか、そりゃ良かったな」
「良くないっ!」
「じゃあ訊くが。お前、誰に婿入りする気だ?」
「……えっ? ……………………お婿に行くなら……、あー、やっぱ、甲ちゃん? その場合、甲ちゃんもお婿だけど」
「なら、何にも問題無いだろ」
「…………うわ、この人、自分の非を認める気が一切ないでやんの。俺は、こんなにこんなに怠くって、世間様には絶対言えない場所が痛いってのに」
「……あー…………。やっぱり、痛かったか……?」
泣き真似は効かなかったけれど、九龍の心底の訴えは、身勝手男にも届いたようで、そこでやっと、甲太郎は、バツが悪そうに身動ぎした。
「痛くないわきゃない。腰痛だってばっちりだ、こんちくしょうめ。……まあ? そんなモノですら、甲ちゃんから貰ったものだからー、とか思っちゃう辺り、俺も充分過ぎる程終わってるけどなー……」
「…………今の発言で、さっきの、『甲ちゃんなんか嫌いだ』はチャラにしてやる」
「あ、根に持ってた?」
「勿論。────腹、減ったろ? 何か食うか?」
「うん! 食うもん、ある?」
「カレーなら」
そっぽを向いた甲太郎の態度に、やっと、本当に細やかな一矢を報いてやれたと、ハードルの低過ぎる納得を見せて、漸く、九龍は身勝手男を睨み付けるのを止めた。