九龍を図書室に誘った月魅が言い出したことは、地の底に向かって聳えているとしか思えぬあの遺跡は、奥底に、何かが封印されているのではないか、というもので、やっぱり、この間立てた粗筋は、大凡当たっているのだろうと確信し、彼女と別れた九龍は、夕薙と共に教室へ向かおうとしたが、年上の同級生は、自主休講、と笑いながら何処かへ行ってしまって、仕方無しに彼は、一人で、人気が絶えた廊下を辿った。
『開けないで……。《王》の意識が溢れて行く……』
と、突然辺りに光が溢れ、双子の『精霊』が、彼の前へと姿を見せた。
「お。小夜子ちゃんに真夕子ちゃん。久し振りー」
『……気を付けて、葉佩。次の《墓守》が貴方を狙っています。そしてその陰で、《王》の僕が暗躍を始めている……。────《墓守》は、その本能で《墓》を守る。それは、遥か昔より繰り返されて来た、呪われし因果……。どうか彼等を傷付けないで。貴方の為にも、彼等の為にも……』
ふわりと現れた、幻であって幻でない彼女達は、九龍に忠告と懇願を寄越し。
「…………小夜子ちゃん。真夕子ちゃん。大丈夫」
にこっと、九龍は笑ってみせる。
「扉を開けないで、って期待には添えそうにもないから、そこは、御免な? 俺は、絶対にあの《墓》の扉全てを開けてみせるよ。でも、大丈夫。俺の全てを懸けてでも、丸く収めてみせる。《墓守》の皆のことだって。…………大事な人がいるんだ。大事な大事な人。未だ、本当の意味で俺のモノにはなってくれないけど、俺は絶対に、その人の手を離さないって決めたから。その人の為にも、俺は、あの『想いの墓場』を解き放って、只の遺跡にしてみせる。大事なその人も、きっと《墓守》だから。…………本当に、本当に、大事な人なんだ……。……《墓守》の長なんだろう《生徒会長》さんは、俺の大事な人の友達みたいだし。…………だから、大丈夫。最後まで辿り着いても。『王様』が目覚めたとしても。俺は負けないし、諦めないよ。仲間の皆もいるし、兄さん達もいるし!」
『葉佩…………。……貴方はまるで、在りし日のあの方のよう…………。優しくて、勇敢で……。……貴方の強さならば、きっとそれが叶うと私達は信じています。もうこれ以上、誰も傷付いて欲しくない。嘆きと絶望の声は、《王》を目醒めへと導いてしまう……。《王》と《秘宝》は因縁深きもの。どうか、《王》を静かに眠らせてあげて。心優しき人の子よ、どうかこの地に平穏を────』
静かに、が、強く言い切った九龍を宙より見下ろし、双子は微笑むと、ふい……っと、光と共に消えた。
酷く冷たい風の渡る、今日は寂しさだけが際立つ屋上に、甲太郎はいた。
九龍が月魅に連れ出されてしまったからなのか、不意に、何とも言えぬ喪失感を覚えてしまって、逃げるように教室を出、誰もいないだろう屋上へ向かった彼は、給水塔に一人凭れ、快晴とは言えぬ空を見た。
ここ暫く天気は良かったのに、昨日辺りから徐々に下り坂に入ったらしく、頭上を行く雲は多く、けれど所々に晴れ間が覗き。
まるで、己の心のようだと、アロマに火を点けながら、彼は苦笑する。
あちらこちらに、厚い雲を幾つも漂わせているくせに、間
厚い雲を押し退け、心が晴れ渡る瞬間は、必ず、九龍が傍らにいてくれる時で、けれど彼がいなければ、あっという間に暗雲は帰り来て……──。
「あら。珍しいわね、一人? 九龍は?」
──ぼんやりと空を眺めながら、甲太郎が、自らの今を思っていたら、背後から声が掛かった。
屋上に誰かがやって来たのも、その誰かの正体も、甲太郎は気付いていたから、慌てることなく、声の主を振り仰ぎ。
「俺達だって、年中一緒にいる訳じゃない。金魚の糞じゃあるまいし」
モデルのような立ち姿を披露している、咲重に言った。
「貴方達の何方も、金魚や糞に例えられる程可愛いものじゃないけれど、大抵一緒にいるのは間違いじゃないでしょ?」
だが、素っ気ない甲太郎の声も態度も、さらっと流し、咲重は笑いだけを返した。
「だったら、どうだってんだ。お前には関係ないことだろ」
「ご挨拶ね。折角、九龍の為になることを、教えてあげようかと思ったのに」
「九ちゃんの? ……何だ?」
「…………皆守。貴方って、そんなに判り易い男だったかしら? 九龍のことになると、今までの貴方じゃ有り得ないやる気を見せて、目の色も変えて、持てる物の全てをも使おうとしてみせる。九龍以外のことでは、今まで通りの貴方なのにね。怠そうで、眠そうで、無感動で無関心。血が通ってるとは到底思えないまでなのに。九龍のことだけは別。彼と一緒の時の貴方は、生きた人間にすら見えるわ。……どうしちゃったの?」
クスクスと笑いながら、咲重は、不躾な科白を放り投げ。
「………………………お前には、関係ない」
彼女を見上げたまま、甲太郎は抑揚なく返した。
「お決まりの科白しか言わないわねえ……。貴方からすれば、それは、あたしには関係ないことに思えるんでしょうけど。残念ながら、あたしにはあるの。勿論、あたしと貴方の関係の上で、じゃなくて。あたしと九龍の関係の上に。あたしだって、彼のこと気に入ってるの。阿門様とは違う意味で、あたしのことを救ってくれた九龍には、悲しい想いなんかして欲しくないのよ」
「双樹。何が言いたい?」
「…………貴方が《墓守》だって知ったら、彼はどう思うのかしらね」
「……それこそ……お前には関係ない」
「いい加減、止めなさいな、その科白。────皆守。この期に及んで、何時まで中途半端なことしてるつもり? 貴方、九龍のこと大切に想ってるんでしょ? 彼のこと、守ろうとさえしているのではなくて?」
やり取りが進む度、甲太郎の声は徐々に低くなって、殺気めいたものすら帯び始めたが、咲重は気にすることなく言葉を重ねた。
客観的に見た、その在り方の是非は兎も角、甲太郎の中にも咲重の中にも、この学園に入学して程無くの頃より《生徒会役員》として日々を過ごして来た者同士、との、仲間意識のようなものが確かに存在していて、且つ、互いが互いをそれなりには知っているから、雰囲気が殺気さえ帯び始めても、それ以上になることはない、と少なくとも咲重は承知しているので。
「だから? 俺に、どうしろと?」
「知らないわよ。あたしが知る訳ないでしょう。そんなことは、貴方自身が決めることよ。……でもね。貴方を、本当の意味で血の通ってる人間に出来るのは、多分、九龍唯一人で。貴方が《生徒会副会長》で《墓守》だって現実から、九龍を救えるのも貴方唯一人よ。九龍だけが、あたしや《執行委員》を救えたように、貴方しか、彼を救えない。憎たらしい話だけど。──ああ、それはそうと。……神鳳が動いたわよ。多分、だけど」
「それを早く言えっ!」
「あーら、御免なさい。……あたし、《墓守》ではいられなくなって、九龍に手を貸している今でも、阿門様のお傍を離れるつもりはないの。あの方を、この学園に縛り付ける重たい鎖があるから。そんなこと、貴方もよく知ってるでしょうけど。…………だから、九龍のこと、宜しくね?」
「お前に言われる筋合いはない」
殺気立つ甲太郎に、微笑みながら、思う処を正面からぶつけた彼女は、ひらひらっと片手を振って、そんな彼女を、苦々しそうに一睨みすると甲太郎は立ち上がり、給水塔の傍らを離れて行った。
「…………大抵の生徒は、あの噂、面白いネタとしか思ってないんでしょうけど……判る者には判るわね。噂は本当だ、って。…………相思相愛、って処かしら。《墓守》と、《転校生》なのに…………」
────足早に屋上を横切り、重たい鉄の扉の向こうに、ラベンダーの香りと共に去って行った甲太郎を見送り、咲重は、誰にも届かぬ声を洩らした。