授業に出るのは面倒臭いし、このままでは、放課後には明日香に温室へと引き摺って行かれる運命を免れそうにないから、寮に帰りたい、とブチブチ言い始めた甲太郎を、『何時もの』での昼食を摂り終えたマミーズの片隅にて宥め賺していたら、五時限目は自習になった、と明日香より、メールにての一報が入ったので、サボりの帝王は固より、九龍もそのまま、マミーズに腰を落ち着けることにした。
「石川先生、具合悪いんだってさ。……今日は随分と、体調不良でノックダウンする連中が多いなあ……。保健室、満員だったし」
「……理由がある……のかも」
「あ、やっぱし、甲ちゃんもそう思う? なーーんか、今日は朝から学園中薄暗いしさ。ルイ先生が言ってた、霊的障害って奴かなあ……。俺、霊感なんかないから判んないけど」
「本物の霊感なんか持ってる奴は、早々いない。それでも、霊的障害とやらを受けて、具合を悪くする奴が続出するなら……──」
「──《生徒会》?」
「妥当な線だろう?」
後、一時限分ここに居座るならと、改めて注文したプリンを嬉しそうに食べながら、『霊的障害』の話を始めた九龍へ、甲太郎は、己や咲重には判っている真実を、推測の形で伝え。
「とするとー。俺の相手は今度は、幽霊と会話出来る奴ってことか。……充……なんだろうなあ。霊感少年って言われても、不思議じゃない雰囲気あるし、充って。……充…………。ああああ、編んでみたい、あの髪を! 赤いリボンとか結んでみたい! 幽花ちゃんがやったら、可愛い! だけど、充がやったら、一寸受けると思うっ。さもなきゃ、時代劇に出て来る総髪な若侍風に! 現代風に言っちゃえば、ポニーテールにぃぃっ!」
真面目に『推測』を受け止めながらも、何のスイッチが入ったのやら、神鳳の髪型のバリエーションを勝手に想像し始めた九龍は、うへへへへ、と悪代官さながらに笑った。
「お前……何でそんなに馬鹿なんだ…………」
「えー。想像力豊かって言っておくれなまし」
「そうですか? 想像力豊かとは思えませんよ? それをしたらどうなるか、考えましたか?」
にやあ、と笑み崩れた九龍の顔を眺め、心底呆れた甲太郎に、ブーブーと九龍が文句を返せば、不意に、彼等の背後より、噂の当人の声がした。
「…………あー。御免、充。聞こえてた?」
「ええ、しっかり」
「いやー、その。何と言うかー。あははははははははは……」
「全く、貴方と言う人は……」
振り返ったそこにいた彼の、少々引き攣った顔を一瞥し、てへ、と九龍は可愛らしく笑ってみせて、溜息を零しつつ神鳳は、一瞬のみ考えた後、するりと甲太郎の隣に腰を下ろした。
「授業を抜け出して、二人で密談ですか? あの《墓》の奥へ進む為の算段、でも?」
「残念でした。五時限目、うちのクラスは自習。只のデザートタイムだよ。何の相談もしてないし」
「……何処まで本当でしょうね。君は、誤摩化しが得意のようですし。──葉佩君。君には、真実が見えましたか? 真実に辿り着けなければ、君の活躍もここまでで終わり、この学園の眠りを脅かした重い罪を償う為に、相応の罰を受けて貰いますよ?」
「…………どーして、そういう怖いこと言うかなあ。充が言うと、洒落に聞こえないよ?」
「ええ、洒落ではありませんから」
「あ、やっぱし本気科白か。……充には言ってなかったっけ? 俺は、絶対にあの《墓》を只の遺跡にしてみせるって。『想いの墓場』なんか、なくしてみせる。絶対、全部丸く収めてみせるから。罰だのどうの、なんて無意味だよ」
閉じられている風にも見える瞳の奥から、鋭い眼光を向けて来た彼へ、九龍はきっぱりと言い切った。
「それが、君の覚悟ですか。………………君は《光》に満ちた人だ。この学園には似つかわしくない希望と言う《光》に。だから、君も、君の近くにいる者も、干渉を受け難いのでしょうね……」
「……干渉? あー、ルイ先生曰くの霊的障害?」
「直ぐに判りますよ。この学園で何が起きているのか。……それでは、又後程。君を迎えに行きますよ。黄泉より還りし呪われた魂達と共にね」
瞳の力の強さを変えず、神鳳は言い返し、音もなく立ち上がると、不吉な『約束』を言い残して、マミーズより去って行った。
「…………充も、面白いこと言うなあ…………」
常に傍らに置いている、愛弓を抱えて行ってしまった彼の背へ、バイバイ、とヒラヒラ手を振ってより、九龍は肩を竦める。
「面白いこと?」
すればやっと、神鳳が現れてから、ずっと沈黙を保っていた甲太郎が口を開いた。
「うん。この学園には、希望は似つかわしくない、なんてさ。そんなことある訳ないじゃん。そりゃ、あの《墓》を取り巻くことは、希望って光とは掛け離れてるかも知れない。でも、希望が似つかわしくない場所なんてないし、希望が似つかわしくない人なんていない。この学園には似合わないー、なんて、俺に言わせれば勝手な思い込みだっての。諦めてどうすんだろ、諦めたら終わりなのに。人生、何処で何がどう転ぶか判んないんだからさー、希望は最後まで持ってないとねー。ギリシャ神話のパンドラの箱の話だって、そう言ってるっしょ? 開け放たれた禁断の蓋の中に最後に残されたのは、希望だって」
「希望、な。希に望むモノ、か…………。稀にしか望めないモノすら諦める程の絶望が、人生にも、この学園にも、あるかも知れない」
「うわっ。甲ちゃん! 何言っちゃってんのっ!? 稀だっていいじゃん。ここぞって時の望みが叶えばいいじゃん! 何でも彼んでも叶わなくたっていいじゃん、一番が叶えばっ。それにさ、絶望なんてーのは、早々転がってないって。ちゃーんと生きていけるだけの体があって、思うことが出来れば、絶望なんてありませーん。だから、そんな、ドドメ色に後ろ向きなこと言わないっ! 今度、そんなこと言ったらぶん殴るからなっっ」
「…………悪かった。今のは、俺が悪い。神鳳の科白じゃないが、足許に岩が転がってても気付かないくらい前向きな、希望の塊みたいな九ちゃんに言っていいことじゃなかった」
黙りを止めたと思った途端、後ろ向きにも程がある、な発言を甲太郎にかまされ、むっきー! と九龍は反論し、甲太郎は苦笑しながら、軽く両手を上げた。
「……こーたろーさん? ちょーーっと、余計な発言があったよーな気が。反省の弁で、そんなこと言うか?」
「俺は、事実を言っただけだ。実際、九ちゃんは、足許なんか気にしない勢いで前向きだろ?」
「そりゃーまー、そうだけどさー」
「その所為で、時々、スッ転ぶがな、お前は」
「……………………じゃあさ。俺がスッ転びそうな時は、甲ちゃんが支えてくれよ」
当人は謝っているつもりなのだろうが、どうしたってそうとは聞こえぬ甲太郎の言い種に、九龍はプッと頬を膨らませ、が、ああ、と。
閃いたように笑った。
「あ?」
「前向き過ぎな所為で、俺がスッ転びそうになったら、甲ちゃんが支えてって言ってんの。俺の傍で、甲ちゃんにそうして貰えたら嬉しいなって言ってんの。ずっと」
「……九ちゃん?」
「…………守ってくれるって言ったじゃん。俺のこと、守ってくれるって。その代わり、俺は、甲ちゃんが後ろ向きなこと言ったり考えたりしたら、首根っこ引っ掴んででも前に引き摺ってってやるから。俺は、そういう風に、甲ちゃんのこと守るから」
「九ちゃん……。お前は、どうして…………」
ナイスアイディアを思い付いた! とばかりに顔を綻ばせた九龍に、甲太郎は息と言葉を詰めた。
どうして、そんなことを言うのだと、問いたい己を押し留めて。
………………自分達は、目を背け合っているだけだ。皆守甲太郎は、《生徒会関係者》であり《墓守》であるとの事実から、揃って目を背けているだけ。
九龍だって、もう、そのことに気付いていておかしくない。
なのに、何で。どうして、お前は何時だって、そんなことを、と。
甲太郎は呟き掛けた。
だが。
「甲ちゃん。……甲太郎。好きだよ。大好きだよ」
九龍は、花のように笑った。