六時限目は、理科室での化学の授業だった。

同じ班になった為に、団子のように固まって座る九龍と甲太郎と明日香は、教師の目を盗み、こそこそと、『内緒話』をしていた。

「……ふんふん。で?」

「青森の恐山にはね、口寄せって言うのが伝わってるんだって。何だっけ、イタ……イタ?」

「イタコだろ」

「あああ、そうそう。ありがと、皆守クン。そのイタコの人達が使うのが口寄せで。それでね、月魅は、ここの処、ずっと誰かの声を聞いてて、よくよく考えてみたら、その声は、自分の口から出てた声なんじゃないかって思えるって言うんだ。イタコの人達がやるみたいに。……それって、月魅が何かに取り憑かれちゃってるってことなんじゃないか、ってあたしは思うんだけど……」

「それは、何とも言えないけど…………」

「そうだな。単なる、夢遊病の延長かも知れないし」

「…………相変わらず、九チャン以外の人のことには、あっさりしてるね、皆守クン。──だからね、何とかしなきゃ! って月魅に言ったんだけど……、月魅、だとしたら、その霊に協力して、この学園の謎を調べるって言い出しちゃったの。自分にしか出来ないことだ、って。時には、敢えて危険に飛び込むことも必要だと思うー、って。…………どうしよう、九チャン……。危ないよね? 月魅がどうなっちゃうか判んないし……」

彼等三人の『内緒話』は、昼休み、明日香が月魅から聞き及んだことで。

うーむ、と九龍と明日香は揃って腕を組みつつ唸り、甲太郎は、唯、肩を竦めた。

「…………霊、か。霊…………」

「霊が、どうかしたのか?」

「どっちだと思う? 甲ちゃん。あそこはさ、怨念みたいなのも渦巻いてるっぽいっしょ? 霊魂が抱えてる恨み辛みだったり、嘆きや哀しみだったりって『想い』すら、『王様』を抑え込む道具に使われてる、みたいなこと、宇宙刑事が言ってたし、『王様』も、怨念みたいなのを使役して僕を操ってる。……月魅ちゃんに何かが取り憑いてるとして。それは、《墓》から出て来たモノかな。それとも、『霊感少年』絡みかな。どっちだろ?」

「……それは……、七瀬に会ってみないことには、判らないんじゃないか?」

「…………そっかー。じゃあ、後でちょっくら、図書室に寄るとしましょうかね」

ちらちらと、教壇の上から注がれて来る教師の視線を気にしつつ、ボソボソボソっと九龍は小声で捲し立て、授業終了後、図書室へ行こうと決め。

──のように、金属ナトリウムは単体でも水と激しい反応を起こす為、取り扱いには充分注意が必要です。決して、ビタミン剤や水を加えてはいけません。────こら、余所見しながらの実験は危険ですよ」

薬品の扱いに関する説明をしていた化学教師は、彼等ではなく、別の男子生徒へ注意を飛ばした。

「どうしました……? 聞こえないんですか?」

しかし、注意を与えられた生徒は無反応で、顔色の悪い彼の様子を、教師は訝しみ。

「クックックックックッ……。先生、あんたこそ、聞こえないの?」

「え…………? ────!! うう……うぐあぁぁぁっ!」

それまで沈黙を保っていた彼が、突然、耳障りな笑い声を放つと同時に、教師は苦しみ出した。

「せ、先生っ!?」

「うっ……、頭が痛ェ……」

「い、痛いッ……。ああああぁぁぁぁっ!!」

それを引き金に、次々、同級生達は悶絶し始め。

「ちょ、一寸……。何がどうなってるのっ? あいたたっ……」

「大丈夫か、八千穂」

「ん……何とか。急に頭痛が……」

明日香も、頭が痛み出した、と顔を顰めた。

「九ちゃん、お前は何ともないか?」

「おう! 任せろ!」

「なら、いいが……────!?」

彼女の頭痛は大したことがなく、九龍は全く平気だと判って、甲太郎はホッとし、が、その時。

ぴたりと、理科室中に響いていた、数多の苦しみの声は消え、代わりに、低い呻き声が沸き起こり始めた。

「葉佩……。お前か……。お前が全ての元凶か……」

「葉佩、九龍……」

「葉佩、九龍……。墓荒らしに死を────

呻きつつ、幽鬼のように立ち上がった教師や同級生達は、ヒトの物とは思えぬ声で口々に言い、九龍を目指し、詰め寄って来た。

「え? え!? 何でっ!? 皆……、どうしちゃったのっ!?」

「今、流行りの霊的障害って奴か。どいつもこいつも、何かに取り憑かれてるってのがぴったりだ、なっ!」

「うわおっ! 近藤! 鈴江! 許せー!」

腕を振り上げた、同じ班だった男子生徒の一人を掌底で殴り倒し、背後から九龍に飛び掛かろうとした同級生を盛大に蹴り飛ばして、甲太郎は明日香の背を押し、九龍も、両サイドから迫って来たクラスメートにそれぞれ裏拳を入れ。

「皆守クンは、大丈夫なの?」

「……まあな」

「それってやっぱり、アロマとカレーの匂いしか判らないから?」

「お前な……。下らないこと言ってる暇があったら、兎に角教室ここを出た方がいい。さもなきゃ、片っ端からクラスメートを殴り倒さなきゃならなくなる」

未だ、倒した二名に片手で詫びを入れている九龍の腕を引っ掴むと、甲太郎は明日香を急かして教室を出た。

「葉佩、九龍……」

「葉佩…………」

しかし、駆け出た廊下にも、ヒトとは思えぬ呻き声は溢れており、数多の、幽鬼のような生徒達や教師達が、九龍を追って来た。

「ちっ……。まさか学園中こんな感じじゃないだろうな」

「取り敢えず逃げよう! ここにいたら、直ぐに囲まれちゃう!」

例えるなら、ホラー映画の中で、逃げ惑う人々にひたひたと迫る『生ける死者』の如くに近付いて来る人々に、甲太郎は舌打ちし、明日香は悲鳴を上げ。

…………その時、チリン……、と鈴の音が響いた。

『荒ぶる魂よ、鎮まりなさい……』

「あれは……」

「小夜子ちゃんに真夕子ちゃん!」

響いたそれを振り返った甲太郎と九龍の眼前に、光と共に小夜子と真夕子が現れ、彼等三人を守るように、人々の前に立ちはだかり、光を溢れさせた。

『彼等は私達が収めます。それよりも葉佩、どうか急いで下さい。この階に《王》の気配を感じます。これ以上、『彼女』に《鍵》を探させてはいけない…………』

「彼女……? 探す……? …………まさか、月魅っ?」

「多分。甲ちゃん、明日香ちゃん、図書室!」

「ああ」

「うんっ。って、あ、あのっ、君達は──

──心優しき人の子よ。私達は大丈夫。気を付けて、葉佩。そしてどうか──貴方が《鍵》を守って下さい────

「有り難う、小夜子ちゃん、真夕子ちゃん! 《鍵》、な? 判った、守るっ!」

窮地を救ってくれた少女達に礼を告げ、願いに応え。

大切な友人である月魅の許へ、九龍は走った。