「……ククク……。そう言うお前こそ、《魂》なき者か。さては、《墓守》だな。忌々しい《墓守》共……。よくも長きに亘って我をあのような場所へと封じてくれたな。だが、それももう直ぐ終わる……。もう直ぐだ──

「……どうやら貴方は、ここにいるべき存在ではないようですね。去れ、悪霊よ。在るべき場所へと還るがいい」

『男』に、《墓守》であることを言い当てられた瞬間は、流石に神鳳も顔色を変えたが、直ぐさま彼は、平常な声で『男』へ命じ、自身を覆った強い氣を放った。

「むうっ!? 《墓守》の小僧が……。中々面白い技を使う。だが我を、貴様の操れる低霊共と同じと思わぬことだ。ククク……。待っておるぞ、人の子よ。お前達が我の元へと辿り着くのを──

彼の氣を浴び『男』は怯み、月魅の体より離れ。

低く笑いながら、虚空へ消える。

「あっ。月魅、しっかり!」

「大丈夫ですよ。気を失っているだけでしょう」

倒れた月魅を明日香は抱き上げ、彼女の様子を窺った神鳳は、安堵させるように明日香に言って。

「それにしても、あれは…………」

ゆるり、九龍と甲太郎を彼は振り返った。

「多分、だけど。多分、あれが『王様』だと思うよ。長い間、あの《墓》の奥に閉じ込められた、『王様』」

「王…………。……あれが、僕達の守って来たものだと? 我々《生徒会》──いや、あの方の……」

恐らくはあれが、《墓》に眠るモノの正体、とぽつり九龍が言えば、神鳳は、唇を噛み締めながら呟き、九龍達に背を向けた。

「神鳳。何処へ行く?」

「……僕の────在るべき場所へ。例えそれが何であろうと、僕は守らなくてはならない。……どうやら、あの強い念に惹かれて、魂達も皆、墓地へと戻ってしまったようですしね。──葉佩君」

「…………何?」

「例えこれ以上の警告を発したとしても、君はあの場所へ来るのでしょう?」

向けられた背に、甲太郎が声を掛ければ、ひたすらに低く呟いて、神鳳は、肩越しに九龍を見た。

「うん。俺がどうしたいかは、言った筈だよ」

「……そうでしたね。君さえ来なければ、僕には争う理由は何も無いのですが……。──でも」

九龍の決意が変わらぬのを確かめ。

神鳳は、今度こそ去って行った。

「………………月魅ちゃん、保健室に連れてこう」

「……ああ」

唯、その背を見送って、九龍と甲太郎は、ぐったりとしたままの月魅を、明日香と三人で支え、保健室へと向かった。

保健室へ担ぎ込んで直ぐに、月魅は意識を取り戻した。

神鳳が言った通り、瑞麗も、大丈夫だと保証してくれたので、タイマーセットの六時限目終了の鐘が鳴ったと同時に保健室を後にし、猛烈に嫌がる甲太郎の両脇を、明日香と二人、がっちり挟み込んで九龍は、幽花との約束通り、温室へと向かった。

「いい加減、その手を離せ!」

「だーめー。離したら、甲ちゃん、どっかにトンズラするっしょ?」

「そうだよ! 月魅も無事だったし、騒ぎも収まったんだし。白岐サンとの約束通り、お花見せて貰わなきゃ! 白岐サンは大丈夫だったか気になるし!」

己よりも小柄な二人に、両腕にぶら下がられ、ズルズルと引き摺られもして、甲太郎は怒鳴り声を上げ続けたが、九龍も明日香も、聞く耳は持たず。

「逃げないっ! 逃げなきゃいいんだろっ!? 大体、温室はもう目の前だろうが、今更逃げたって仕方無いっ。だから離しやがれ、みっともないっ! 俺は保父か? お前等の保父かっ!?」

甲太郎の声のボリュームは、一層大きくなって。

「逃げない? 絶対? 脅威の逃げ足、発揮したりしない?」

「そんな面倒臭いことするかっ!」

「じゃあ、勘弁してあげよう」

温室の入口が眼前に迫った所で、やっと、九龍は甲太郎を解放した。

「っとに……。何でこうなるんだよ……」

「何ででも。──幽花ちゃーーん。いるーー?」

「白岐サーーーーーン!」

でも。

ガコン! と開け放った温室の扉の向こうに、情け容赦無く甲太郎を蹴り込んでから、明日香と二人中に入る、という周到さを九龍は見せ。

「悪いが、今日という今日は俺の話を聞いて貰う」

「……その手を、離して」

「そうしたら、君は又逃げるのだろう? ──白岐。俺の言いたいことは判ってる筈だよな。白岐、君は──

──止めて……。離して、夕薙さん」

温室に踏み込んだ途端聞こえて来た、夕薙と幽花の穏やかでない会話に、動きを止めた。

「えっえっえっ? 何々? 何で、夕薙クンと白岐サンが?」

「……色々あるんだろ。あの二人の問題だ、放っとけ」

「でも、幽花ちゃん、嫌がってるし。大和も、一寸……。……止めた方かいいかな、うん」

「あ、おいっ。九ちゃんっ!」

二人が争う風にしているのは、所謂男女の問題という奴か? とも考えたけれど、幽花の態度も、夕薙の態度も、尋常とは思えなかった為、九龍は二人の間に割って入った。

「大和! 駄目だって、女の子にそんな風に迫っちゃ!」

「九龍さん……。来てくれたのね。大丈夫よ、私は何でもない……」

「葉佩……。……邪魔しないでくれないか? 君には関係ないことだろう?」

「関係なくない! 友達同士が揉めてたら、止めるのが友情だ!」

「友達だと言うなら、余計に放っておいてくれ!」

「……おい、大和。いい加減にしろよ」

幽花を庇い、きつい口調と共に見上げて来た九龍に、夕薙も強く言い始めて、見兼ねたように、甲太郎は彼の腕を掴んだ。

「甲太郎っ。お前まで──

──夕薙さん。貴方は何を焦っているの? 私に、何を求めているの? 誰かの幻影? それとも、私がこの学園にいる理由?」

「なっ…………」

「…………大和?」

この手の騒ぎには、未だかつて関わらなかった甲太郎にまで嗜められて、夕薙は声を荒げ、でも……一瞬の隙を突いた風に、幽花がそう告げた途端、彼は顔色を変え、甲太郎を振り払うと、温室を出て行った。

「白岐サン、大丈夫…………? 夕薙クン、どうしちゃったんだろ……」

「……私は、大丈夫。有り難う、八千穂さん。…………それよりも、折角来てくれたのだから、花を見て行って?」

「あ、うん! ────うわあ、沢山咲いてるね! 彼岸花が綺麗!」

駆けるように温室を出て行った夕薙を、九龍と甲太郎は顔見合わせつつ見送り、少女達は、何事も無かったかのように振る舞い始めた。

「わー、本当に綺麗だね。彼岸花かー」

「白岐は兎も角。八千穂、お前が花の名前なんか知ってるってのは意外だな」

「んもー! 皆守クンは、どうしてそういうことばっかり言うの! あたしだって、花の名前くらい判るんだよっ」

故に、九龍も甲太郎も、幽花と大和の先程のシーンを、一先ずはなかったことにして、温室を埋め尽くす、花達へと目をやった。