午後九時近くになって、遺跡に行くなら一緒に行く、と明日香がメールを打って来たが。
九龍はそれに、『宜しく』とは返せなかった。
昼間見せ付けられた神鳳の《力》の前では、明日香でも……、と思ってしまったから。
確かに、彼女はとても頼りになる仲間の一人で、これまでも幾度となく探索を共にしたけれど、彼女は、特別な《力》を持つ者ではない。
優しくて頑張り屋さんな、けれど、普通の女子高校生、だから。
……だから九龍は、彼女に、『御免ね』と詫びて、何を言っても付いて来るだろう甲太郎と、つい先日までカッコ付きの生徒会役員だった咲重の三人で、神鳳が待っているだろう場所を目指すことにした。
踏み込んだ新たなる区画は、何処も彼処も、黄金色に輝いていた。
「ふふふ。それじゃあ愉しみましょうか」
「古代人の成金趣味には付き合ってられないな。目がチカチカしてくるぜ」
「……二人して、コメントし辛い感想を有り難う…………」
判ってはいたが、入口にて直ぐさま、腹が座り過ぎている発言をかます咲重と甲太郎に、九龍はビミョーに生暖かい視線を返し、奥を目指した。
「これってやっぱり、金箔なのかしら? それとも、中まで金かしら?」
「全部が金だったら、上の階層を支えられない」
「もうっ。皆守ってば、ロマンがないわねえ……」
「ロマンが、何の役に立つってんだよ」
「そういうことを言ってるんじゃないわよ、この朴念仁」
「生憎と俺は、お前みたいにチャラチャラ生きる趣味はない」
「あら、奇遇ね。あたしも、アロマとカレーだけに囲まれて生きる趣味はないわ」
「……あー、もー、そこ! 喧嘩しないっ! つか、緊張感持とうよ、緊張感っ!」
しかし、黄金色の通路を辿り始めるや否や、咲重と甲太郎は、刺だらけな科白のぶつけ合いを始め、人選を間違えた……? と項垂れつつ、九龍は扉を開いて。
「…………えっ!? うぇっ!? な、何? 何だっ? こここ、甲ちゃんっ! あ、あれ! あれーーーーーっ!?」
そこで、ババンと待ち構えていた、ポルノグラフティよりもはしたない開脚姿勢で、大きなカブト虫のような生物の上に跨がっている、女性型の化人の姿に、雄叫びを放ちながら硬直した。
「………………。上の女は擬態だな。下の蟲の方が本体だ」
酸欠になった金魚の如く、口をぱくぱくさせながら顔を真っ赤に染めた九龍を横目で見遣り、次いで化人を見遣り、不機嫌そうに、甲太郎は言う。
「『あたしを責めて』、ですって。……たっぷり苛めてあげるわよ?」
咲重も、顔色一つ変えず、女性型化人が囁く妖しい声に、そう受け答えて。
「何か違うっ! 何かが違うっ! 甲ちゃんの反応も、咲重ちゃんの反応も、おかしいっ。絶対っ! 少なくとも、高校生がしていい反応じゃないっ! 泡食ってる俺が馬鹿みたいじゃんかっ!!」
「実際、馬鹿だろ。緊張感持つんじゃなかったのか? お前が一番緊張感ないだろうが」
「そうよ。九龍も、これくらいで照れてちゃ駄目よ」
「だ、だって……。だってさっ! ……ちっくしょーーー! 俺は何にも悪くないのに! エロ化人の所為でーーーっ! うわーん、八つ当たりしてやるぅぅぅっ!」
己の方が、絶対まともな反応だ、と憤りつつ、九龍は極力、大股開きの化人を視界に入れぬように心掛けながら、AUGのトリガーを引き続けた。
「つ……疲れた……。無駄に疲れた…………」
戦闘が激しかった所為でも、化人達が手強かった所為でもなく。
九龍曰くの『エロ化人』が、区画のあちらこちらに湧いて出た所為で、ひーこら言いながら『エロ化人』と戦い、ひーこら言いながら罠を解除して歩いて、やっと、魂の井戸に辿り着いた時には、九龍はもう、精神的にボロボロだった。
「いい加減、慣れたらどうだ? 別に、あんな化人なんか幾ら見たって楽しくも何ともないだろ」
「…………甲ちゃん、その反応は正直、健全な男子高校生として、どうかと思うぞ……?」
「あら。じゃあ九龍は、健全な男子高校生として正しい反応をしちゃったのかしら?」
「咲重ちゃん……。勘弁して下さいな…………」
ビタっと、飛び込んだ魂の井戸の床に大の字で張り付き、ブツブツ零す彼へ掛けられた甲太郎と咲重の言葉は、少々情け容赦が無かった。
「くそー……。充が守ってる区画だから、化人もストイック系かと思ったのに……。あれはないだろ……。つーか、何考えてんだ、古代人っ!」
「…………単純な男は引っ掛かりがちな、色仕掛け」
「甲ちゃ、ん…………。……ええ、ええ。どーせ俺は単純ですよー、だ……」
「本当にな」
「皆守、そう言う貴方も、単純な男の一人ではなくて?」
「…………どういう意味だ、双樹」
「『あれ』が、貴方の愛しいと思う人の姿を取ってたら、どうかしら? そうなれば、貴方だって」
「……………………何でお前は、そういう碌でもない冗談を言う?」
「いいじゃない、一寸した楽しい会話でしょうに。……あら? 九龍、どうしたの? 顔、真っ赤よ?」
「……何でもない。──さ、行こっか……。何か、益々疲れて来た…………」
余り情けを感じられない言葉は、益々容赦が無くなり、九龍はいじけ。
彼をいじけさせた甲太郎を咲重はからかってみせ、その所為で、碌でもない想像をしてしまい、休憩タイムに傾れ込む以前よりも精神的ダメージを喰らった、頬を熟れ熟れ林檎のようにした九龍は、ヨロヨロと立ち上がった。
「双樹……。お前…………っ」
「あたしがからかったのは貴方で、九龍じゃないわよ。…………色々、諸々、『心当たり』があるのかしら? それとも、後ろめたいことでもあって?」
「…………うるさい」
「………………不幸にしたら、許さないわよ」
「お前には関係ないと、何度言えば判る?」
危なっかしい足取りで、力無く魂の井戸の扉を開けて出て行った九龍に聞こえぬように、又、甲太郎と咲重はやり合う。
「貴方こそ、何度言えば判るのかしら? あたしは、九龍のことを気に入ってると言った筈よ。あたしに当たり散らす暇があるなら、少しは、『この先』を考えた方がいいのではなくて?」
「……余計な世話だ」
「甲ちゃーん? 咲重ちゃーん? どったの? 置いてっちゃうよー?」
魂の井戸を出る一歩手前でやり合った二人は、キッと睨み合い。
そこへ、通路から九龍の声が掛かった。
「ああ。今行く」
「お・ま・た・せ」
急かす声に、慌てて二人は装った声を出し、もう一度睨み合うと、今度こそ、魂の井戸を出た。
甲太郎が、何度止めろと言っても、九龍は、見る度に、悪趣味、と呟くことを止めない化人創成の間の扉を三人は潜った。
「やはり来ましたね、葉佩君……」
誰もの想像に違わず、その先に立ち尽くしていたのは神鳳で。
彼は、客人を出迎えるかのように、にっこり、と笑った。