「葉佩君、大丈夫ですか?」

「だーいじょーぶー……」

「本当に? 余り、大丈夫そうには見えないわよ?」

「ありがとー。へーき、へーき」

「誰が、そんな寝言信じると思ってんだ、馬鹿」

「寝言じゃないー、ちゃんと起きてるからー……」

────神鳳との戦いも、彼から抜け出た《黒い砂》より出現した化人との戦いも、熾烈だった。

何とか、九龍はそれを制したけれど、あちらこちらが、見事なまでに傷付いており、彼によって宝と想い出を取り戻した神鳳も、咲重も、甲太郎も、ぺたりと石床にへたり込んだ彼を取り囲んだ。

「立てるか?」

「うん。魂の井戸くらいになら、行ける。…………うわー……。俺、今日もプチ・スプラッタ?」

「ちゃんと自覚出来てるか。なら、大丈夫だな。……明日にでも、カウンセラーか、京一さん達かに診て貰え」

ほへ……、と恍けた声で息継ぎしつつ、己の有り様を見下ろした彼に手を貸し立ち上がらせ、甲太郎は、口ではそう言いながらも肩と腰を支えてやる。

「でも、良かったあ……。何とかなったし。充にプリクラ貰ったし!」

「……そうだな」

「葉佩君なら、この学園を真の解放へと導くことが出来るかも知れないと、信じられましたからね」

「えっへへー。サンキュー、充。そう言って貰えると嬉しいな。今度、さっき約束した通り、充の話、ちゃんと聞くからなっ」

「…………ええ。有り難う、葉佩君」

「さあ、行きましょう。魂の井戸に寄るのでしょう?」

──この場所での全ては終わったのだ、長居は無用、と。

甲太郎に支えて貰いながらではあったけれど、九龍が自力で歩き出したのを見て、咲重も神鳳も歩き出したが。

──!! この……強い霊力は……? 気を付けて下さい、これはっ──!! ううっ……」

突然、神鳳は足を留め、苦しみ出した。

「えっ、充っ?」

「一寸、どうしたの、神鳳っ」

「……っ! 双樹! 神鳳から離れろっ」

異変に、九龍と咲重は驚き、何かに気付いた甲太郎は、片手で九龍を、もう片手で咲重を引き摺る。

『クックックッ……。よくぞ、ここまで来た。人の子よ──。我はアラハバキなり……。お前が我を目覚めさせた者か?』

三人が、神鳳から距離を置くや否や、項垂れていた彼の面は持ち上がり、その口からは、別の『男』の声がした。

……昼間、書庫室で聴いた、あの声。

月魅に取り憑いていた……──

「…………俺は、あんたを目覚めさせる為に、ここまで来たんじゃない」

『何を憤る? お前は大いなる《力》へと一歩近付いたのだ』

「だからっ! 俺は、《力》が欲しい訳じゃないっ。充ん中から出てけっ!」

『我は、この遺跡の奥底──深い闇の彼方からこの念を送っておる。お前の探す《宝》は、我が袂にある。──人の子よ。もし、我が元まで辿り着けたなら、お前に《宝》の力を授けよう。神の叡智を集積した偉大なる《秘宝》の力を……』

「……ちょいと。アラハバキさんとやら。俺の話、聞いてる? あんたを目覚めさせる為や《力》の為に、俺はここまで来たんじゃないって言ってるっしょ? んなもん要るかっ! 《秘宝》だって、こちとら腐っても宝探し屋の端くれ、自力で手に入れたるわいっ! だから、とっとと──

──では、俺にそいつを授けて貰おうか」

高笑いながら『誘惑』してくる『男』──アラハバキに、九龍が喧嘩腰で啖呵を切ったその背後で。

この場にいない……否、いてはならない筈の男の声がした。

「大和…………?」

「お前、何でここに……?」

バッと彼等が振り返った部屋の入口には、夕薙の姿があり。

「授けて貰おうじゃないか。その《力》とやらを」

『貴様は誰だ? 我にその氣を感じさせぬとは……。《魂》なき《墓守》とも違う……。お前は死人しびとか?』

「死人は墓で眠るものだ。俺は唯の──人間さ」

九龍の声も、甲太郎の声も無視した彼は、神鳳──アラハバキへと歩を進めた。

『……人の子とは、何時の世も変わらず愚かな者よ。大いなる《力》を巡り血で血を洗うか。いいだろう。《秘宝》が欲しければ見事勝ち残ってみせるが良い。お前達の何方が秘宝を得るに相応しいか、我に示してみせよ』

「……今夜の墓地は、何時もより異様な雰囲気に包まれていた。後を追って来て正解だったようだ……。──葉佩。悪いが今ここで、俺と戦って貰うぞ」

対峙したアラハバキに、勝ち残った者に《秘宝》を、と言われ、漸く夕薙は、九龍へ向き直った。

「……………………えーーと。……御免、大和。ちょーーっと俺、展開が見えない」

「例えそうだろうと、戦って貰う」

「えーー……。俺、お前とは戦いたくないなあ……。大和はさあ、《墓守》でもないし、俺の敵でもないじゃん。俺は、この《墓》を只の遺跡にしたくって、こうしてるだけだしー」

「……お前のその想いが本物なら……、お前の持てる力の全てで俺を倒してみろ。お前のその手で《秘宝しんじつ》を手に入れてみせろ。俺も、俺の信念に懸けて手加減はしない」

「一寸待とうよー……」

「…………大和。お前、何を馬鹿げたこと言い出してやがる。お前と九ちゃんが戦って、何になるってんだ。それに、こいつは──

──今、葉佩が戦える状態だろうがそうじゃなかろうが、俺には関係ない。俺は、今ここで、葉佩と戦う。そうしなきゃならない理由わけがある。だから甲太郎、お前はお前で、思うことをすればいい。お前は、葉佩のバディなんだろう?」

視線をぶつけ様、戦え、と言い出した彼に、九龍は否を返し、甲太郎は思い直させようとしたが、夕薙の意思は変わらなかった。

「その力……、見せて貰うぞ!」

そうして彼は、高い宣言をし。

「…………甲ちゃん。大和、本気って奴?」

「どう考えても、本気だろうな。……ちっ。大和の奴……っ」

「本気なら……受けて立つ……しかない、よなあ?」

「……そうだな」

「しょーがないっ。やりますかっ! それが大和の望みだってんなら、やったるっ!」

「だが……、九ちゃん、平気か? 体の方も、弾薬の方も」

「ん、まあ、怪我の方は何とか。弾の方も、まあ……何とか?」

「疑わしい」

「だからって、どーしよーもないっしょ? やるのみ! だいじょぶ、剣も鞭もあるし!」

「確かにな……」

パッと、一旦己達から距離を取った夕薙の様子を窺いながら、ブツブツブツブツ、九龍と甲太郎は言い合って。

「という訳で! ちょっくら、夕薙大和君とガチンコバトルして来まっす!」

余裕で数えられる程度しか弾数が残っていないAUGを石床に放り投げ、ここ最近のご愛用武器の一つ、荒魂剣を構えて、九龍は、力強く床を蹴った。