AUGという、手持ちの武器の一つが役立たずの鉄の塊と化していた所為で、かなり手子摺りはしたものの、何とか、九龍は夕薙との戦いに勝利を収めることが出来た。

「葉佩……、俺を倒してくれたんだな? お前のような超常的な《力》を何も持たぬ者が、人ならざる力にさえ近い《力》を持ったこの俺を……。いや──だからこそ、俺を倒すことが出来たということか。何の奇跡や《力》にも縋らず、己が身体と叡智だけを武器に戦って来たお前だから……」

「……あー、そりゃ、まあ……。俺は《力》なんて持ってないし、奇跡なんて信じない質だけど……皆にはお世話になりっ放しだし、皆の《力》には感謝してるからさ。それは、言いっこなし。────うっあーーーー……。俺、もー駄目……。三連チャンはきつかったー……。うお……」

夕薙当人が言う通り、《墓守》でも何でもない筈の彼には、何故かそれと近しい《力》があって、不思議だな、と思いつつ、肩で息をしながら九龍は、又、床にへたり込んだ。

『クックックッ……。人の子の《力》、確かに見せて貰ったぞ』

九龍に打ちのめされた体を引き摺り、夕薙が身を起こし、九龍が上半身を擡げたら、あの、耳障りな笑い声が周囲に湧いた。

「……お前は確か、アラハバキと名乗っていたな。まさかお前は……、荒吐神アラハバキガミだと言うのか?」

神鳳の体を奪い、その場に居続けるモノを、夕薙は見上げたが。

『……《鍵》だ……。《鍵》を探せ────。我が元へと辿り着き《秘宝》を手にせんと欲するならばな……。待っているぞ、人の子よ──

「待てっ!!」

彼の問いに答えることなく、アラハバキは神鳳の身を離れた。

「ッ────。う……ううっ……」

「おい、大丈夫か?」

「ええ……。今の霊は一体…………」

「判らない。アラハバキと名乗ってはいたが……」

膝付いた神鳳の傍らへと夕薙は寄り、二人は、去ったモノ──アラハバキのことを語り始める。

「荒吐神…………」

「……九ちゃんが手当り次第に読んでた、『日本の歴史の本』にも、そんな名前が載ってるのがあったな。異端書だったが」

「うん。『東日流外三郡誌つがるそとさんぐんし』。東日流外三郡誌は、偽書だとも言われてるけど、荒吐神は、東北地方一帯で見られる民俗信仰の神様。祀ってる神社もある……だったっけ? 甲ちゃん?」

「ああ。諸説あるらしい。竜神だとか、製鉄の神だとか。塞の神、なんて説もあったな。……そう言えば、もう一つ──

──『永遠の神』、だろう? アラハバキとは、アラビア語に語源があって、エジプトを追われた太陽神が、インドから中国へ伝わり、龍神としての性質を得、日本へ齎された、という説。永遠の名を持つ龍神──広東語では、永遠を意味する数字が『九』であることから、九龍クーロン……と。そう呼ばれることもある……」

「お。大和、詳しいね。──永遠の神、九龍、かあ……。……どっちかっつーと、荒吐神じゃなくて、黄龍の方が『らしい』と思うけどな。あれこそ、永遠の龍神っしょ。こーゆーこと言うと、兄さん達にぶん殴られそうだけど」

アラハバキとは、の話に混ざって、先日、腐る程読んだ古代史の本の内容を思い出した九龍は、ふむ……、と腕を組んだ。

「黄龍?」

「あ、御免、こっちの話。処で、大和も充も平気?」

「ええ、僕は平気ですよ」

「俺も大丈夫だ」

「お、良かった。俺、プチ・スプラッタ通り越して、半・スプラッタ状態っぽいからさー。どうしようかと思っちゃった」

「自分の状態把握してんなら、人の心配する前に、その、半・スプラッタ状態を何とかしろ、馬鹿。……取り敢えず、魂の井戸、行くぞ」

うーむ、と悩み始めた彼の襟首を掴んで、甲太郎は歩き出し、一同は、ぞろぞろと化人創成の間を出て、魂の井戸に向かった。

「それはそうと、夕薙。貴方は一体、何者なの?」

「僕も、それを知りたいですね。朧気ながら、貴方と葉佩君が戦うのが見えましたが……」

滑り込むように踏み入った魂の井戸で、九龍の怪我を巡って、半・スプラッタな当人と甲太郎が、ぎゃいのぎゃいの言い合い出した横で、咲重と神鳳は、夕薙へ眼差しを向けた。

「…………俺のこの身体は、謎の奇病に冒されている。《力》も、それが生んでいるらしい。この忌まわしい病の謎を解く為に、各地を転々としている最中、この学園の噂を聞いてな」

「成程……。この学園の呪いが、貴方の病の謎を解く鍵になるかも知れないと踏んだのですね。そして《秘宝》の存在に気付き、それを手に入れる為に来た葉佩君を利用しようと……」

「……ああ。そういうことだ。葉佩……、俺を、軽蔑したか?」

二人の生徒会役員にまじまじ見詰められ、苦笑しながら夕薙は打ち明け、母親のように小言を垂れながら手を動かす甲太郎に手当てされている最中の九龍へと、彼は問い掛ける。

「え? 何で? 何で、そんなことで俺が大和を軽蔑しなきゃなんない? それって、何か問題にしなきゃならないようなこと……?」

「葉佩……。全く……とんだお人好しだな、君は……」

「大和、付け加えとけ。こいつはお人好しで、挙げ句、馬鹿だ」

「まーーた、甲ちゃんは、そういう愛の無いことを……──。って、痛い! 甲ちゃん、痛いってばっ! 処置に愛が無い、愛がっ!」

「うるさい、喚くなっ! この部屋の力でも中々治らない怪我拵えやがってっ!」

「だってさー…………」

「あ? 口答えするのはこの口か? この口かっ? もう少し考えて戦え、このヘボハンターっ!」

自嘲の笑みさえ浮かべつつの夕薙の問いに、何を以て、軽蔑するかと問うているのか判らないと、ケロッとした調子で九龍は答え、甲太郎との『仲良し喧嘩』に戻り。

甲太郎は、九龍の唇を捻り上げ。

「……うっわー…………。今の科白、ほんっきで愛が無い……。……言い付けてやる。龍麻さんに言い付けてやるーーーっ! 龍麻さん、この間も俺のこと、ほんとの弟みたい、って言ってくれたんだからな! ってことは、龍麻さんは俺の兄貴で、弦月さんが義弟な龍麻さんはルイ先生の義弟ってことで、俺はルイ先生の弟ってことにもなるんだからなーーーっ!!」

「小学生以下の屁理屈を捏ねるんじゃないっ。馬鹿九龍っ」

ギャラリーそっちのけで、二人の口論はヒートアップした。

「…………すまん、葉佩、甲太郎。俺には、お前達が何を罵り合っているのか、よく判らないんだが……。君達は判るか?」

「さあ……。僕にも判りませんが……」

「あたしもよ。何で、九龍がルイ先生の弟になるの?」

「あ、御免、こっちの話! ひたすらこっちの話っ。──御免、大和。話の腰折っちゃった」

「いや、それは構わないんだが…………。……まあ、兎に角、そういう訳で……」

「でも、そっかあ……。大和は、そういう事情で、ここに転校して来たのかあ……」

そのまま、『仲良し喧嘩』はヒートアップし続けて行くかと思えたが、置き去りにされたギャラリー達が、唖然と目を見開いたのに九龍が気付いて、騒ぎは何とか収まり、話は元に戻って。

「そうだ。────俺は、超常的な《力》など信じない。必ず、何か人為的な絡繰りがある筈だ。俺の、この忌まわしい病にも、そういう絡繰りがあると俺は信じている」

夕薙は、再び語り出した。

「そっか……」

「だが、皮肉な話、この身体のお陰で、ここまで《生徒会》を欺き、誰にも気付かれずに学園の謎を探ることが出来た。夜の墓地を、《生徒会》公認で自在に歩き回ることが出来たのは俺くらいなものだろう」

「まさか……、では、貴方は──

横槍を経て、再びの夕薙の告白に、神鳳が、はっと息を飲んだ。

「…………もう、ここは出るのだろう? 地上まで長い道程だ。昔話をするには丁度いいだろう…………」

強張った神鳳に、肩を竦めて笑って、夕薙は立ち上がった。