「専門家? でも……大和のアレを、下手な医者に診せるのは拙いんじゃ?」

恐らくは、瑞麗と三人掛かりで大和に陽氣を分け与えたのだろう青年達に、お疲れ様でした、と渋茶を出してやりながら、九龍は顰めっ面をした。

「あー……、専門家っつっても、普通の医者じゃねえよ」

「ほ?」

「新宿に、桜ヶ丘中央病院って言う所があってね。そこ、表向きは産婦人科なんだけど、院長の岩山たか子先生は、ヴァチカンにも認められてる、霊的治療の第一人者なんだ。だから、ああいう病を患ってる彼を診せても無問題。……一寸……院長先生の『趣味』に、問題があるけど……」

が、京一と龍麻は、医者は医者でも、と笑って。

「へー…………。だったら、紹介して貰った方がいいのかなあ。大和、行かせた方が……」

「又、胡散臭いのが出て来たな……」

龍麻達や瑞麗が言う処の『専門家』とは、そういう類いの医者だと知った九龍は、ならば、と思案し始め、甲太郎は眉を顰めた。

「霊的治療の第一人者ですか……。それは又、滅多にお目に掛かれない方が……」

そして神鳳は、感嘆したように呟き。

「あれ? 君は、初めまして、かな? 随分とすんなり、霊的治療、なんて単語、受け入れちゃったみたいだけど……」

「お、そうか。えっとですね、彼は、神鳳充って言って、今夜、俺の仲間になってくれたんですよ。生徒会の会計さんです」

「…………成程」

九龍が紹介してくれた彼を、まじまじと龍麻は見詰めた。

「緋勇さんに、蓬莱寺さん、ですね? 九龍君の、ご友人と伺いました。──僕は生まれ付き、恐山のイタコ達のような口寄せが出来るので、そちら方面のことは、まあそこそこに」

「じゃあ……お前、霊が視える、ってことか?」

「ええ、そういうことです」

「……ふーん。その桜ヶ丘にも、お前の仲間がいるぜ? 高見沢舞子っつって、俺達のダチなナースなんだけどよ。『幽霊さんがお友達』なんだよ、高見沢の奴。しょっちゅう、俺等にゃ視えねえ相手と仲良く話してやがる。初めて見た時は、何事かと思ったっけなー」

自己紹介序でに、霊が視える、と言った彼へ、京一は、自分達の仲間の一人の話を聞かせてやった。

「ああ、それはそうと。葉佩君、何なら、彼の様子見て来たら? 瑞麗女士は大丈夫って言ってたし、俺達が見た感じでも、容態落ち着いてたし。ちょろっとでも覗いてくれば、葉佩君もゆっくり休めるだろう?」

「お、確かに。──じゃ、俺、ちょっくら行って来ます!」

京一の軽い想い出話が終わった処で、そろそろいいかな、と龍麻は然りげ無く、九龍を夕薙の見舞いへと赴かせ。

素直に彼が出て行くや否や、趣を変えた。

「何か、話でも?」

ふっ……と変わった彼の雰囲気に、甲太郎も気付いた。

「…………今夜、何か遭った?」

「何か? どういう意味で?」

「今までと、何か変わったことなかった? その……ほら、俺の『持病』の絡みで、一寸ね。騒ぎになった訳じゃないんだけど……、何て言えばいいか……今までと、少しパターンが違ったって言うか、だったから」

「明らかに今までと変わっていたことと言えば、九ちゃんが、区画の《墓守》の化人を倒した後に、アラハバキとか名乗った奴──意識とか、霊体とか言った方が正解かも知れないが……、兎に角、そんな奴が神鳳に取り憑いたのと、そいつが、自分の許にまで辿り着いたら与えるって言い出した、《秘宝》の力とやらを巡って、九ちゃんと大和がやり合った、ってことだな」

「…………そっか。有り難う、皆守君」

「そのことと、九ちゃんと、何か関わりでも?」

今宵の顛末を、簡単に甲太郎が語れば、龍麻は考え込む風になって、だから、甲太郎も顔色を少し変えた。

「ああ、葉佩君と直接の関係があるって訳じゃないから、心配しなくて大丈夫。『俺達の事情』の問題だから」

「………………九ちゃんと一緒で、あんた達の大丈夫は、到底信じられない」

「まあ、そう言うなって。お前等と俺等の仲じゃんか、今更、後からお前が目くじら立てるようなこと、隠したりしねえよ」

「そうそう。今更、今更。──俺達も、最後まで葉佩君の手伝いするつもりでいるからさ。俺達にしか出来ない関係方面に、一番上手く手を打つにはどうしたらいいか、な話だから。気にしない、気にしない」

「余計胡散臭い」

「うわー……。京一、俺達って皆守君に信用ない?」

「かもなー……」

「信用していない訳じゃない。但、あんた達は時々どうしようもなく、やることなすこと体育会系で、滅茶苦茶だから、放っとくと碌でもないことになるんじゃないかと、疑いたくなるんだ。何処までも九ちゃんと一緒で、目が離せない」

「あー、お前がそう思いたくなるのも判らねえじゃねえが、平気だっての。悪いようにはしねえよ。最後まで、お前の味方もしてやるっつったろ?」

だが、顔色を変えたままの甲太郎が何を言っても、龍麻も京一も、全開の笑みを浮かべるだけで、大したことではないのだと、さらり、流してしまった。

「っとに、あんた達は…………」

「あはは。そう言われちゃうと、面目ないけど。……うん、でも、あれだ。葉佩君が以前、皆守君は、関西弁で言う処のオカン属性だって言ってたの、今、しみじみ実感したよ、俺」

「………………オカン……? あの、馬鹿……っ」

「お? 自覚があんのか? 甲太郎」

「そんな訳あるかっ!」

「怒るな怒るな。──んじゃ、ひーちゃん。俺等はそろそろ行くか。もう直ぐ、六時になんだろ?」

「あ、そうだねー。他の子達起きて来るかもだし。……じゃ、皆守君、葉佩君に宜しくー。神鳳君も、又ね」

「じゃあな、二人共。又後で」

そうして青年達は、甲太郎をからかい倒し、ひょいっと当たり前のように、三階の窓から寮を抜け出して行った。

「………………皆守君。あの二人は、何者なんですか?」

「……只の、底抜けに馬鹿な大人だ。気にするな。……それにしても、九ちゃんの奴っ。誰がオカンだ、誰がっ!」

身軽過ぎる二人の去り際に、先程の九龍の、『気功の先生って言うか、魂の井戸の人間バージョンって言うか』との、いい加減な説明は信じるに足らない、と思った様子の神鳳は、チロっと甲太郎を横目で窺い、が、見遣られた彼は、神鳳の疑問を一言で躱し、九龍への憤りを迸らせ。

「ただいまー! 大和、未だ具合悪そうだったけど、元に戻ってたから、きっともう大丈夫! ……って、あれ? 龍麻さんと京一さんは?」

「そろそろ、他の寮生が起きるからって、帰った。──それはそうと、九ちゃん?」

「あ? 何、甲ちゃん?」

「お前、あの二人の前で、俺のこと捕まえて、関西弁で言う処のオカン属性、とか何とか言いやがったんだってな?」

そこへ、誠に運悪く九龍は戻り、ムッとした顔の甲太郎に問い詰められて。

「……へっ? えっ? そ、それ、誰が言った……?」

「龍麻さんだ」

「……………………さ、さー? 憶えがない、かなー……。俺、そんなこと言ったかなー……?」

「その科白、もう一遍、俺の目を見て言ってみやがれ、馬鹿九龍っ!」

しらー……、と視線を泳がせた九龍を、甲太郎は盛大に蹴り上げた。