「何で逃げんだよ?」
「あ……だって、それは……」
「一寸話をしようぜ?」
「はっ、離して下さいっ!」
「いいから来いよっ」
響に追い付いた二名は、無理矢理、嫌がる彼の腕や肩を掴んで、何処へと引き摺って行こうとした。
「そこまでにしときなよ。五葉が嫌がってんの、判ってるっしょ?」
ぺいっ! と、九龍は見兼ねて、二人の手を響から引き剥がした。
「何だよっ。何すんだよ、てめぇっ。あっち行って──」
「──おっ、おい、待てよ。こいつ……」
「ん? 何だよ?」
「こいつ確か三年C組に来た転校生の、葉佩って奴じゃ? ……ああ、間違いねぇ。生徒会の連中と一緒にいるとこを何度も見たことがある」
「葉佩? そ……それじゃ……、こいつが噂の……」
「転校早々、墨木や真里野にヤキ入れたり、あの神鳳さんをまるで舎弟のように扱ったり、双樹さんや朱堂を手篭めにして弄んだって言う……」
「生徒会も怖れる不良ぉぉぉぉっ!?」
「あの、皆守と……って噂も……」
イジメッ子達は、仲裁に入った九龍にも突っ掛かって来たが、彼が『葉佩九龍』であることに気付き、馬鹿馬鹿しい程の尾ひれが付いた噂をも思い出したようで。
「……はい? 俺の何処が不良だっての? つか、砲介や剣介にヤキだとか、充が舎弟だとか、咲重ちゃんや茂美ちゃんを手篭めって……。俺は、そんなことしてないってのっ! 誤解だ、誤解っ! それに、甲ちゃん捕まえて、あの、って何、あの、って」
「あ……あの、すいません。貴方が葉佩さんだとは知らずに、『てめぇ』とか……」
「ぼ、僕達は、決して、貴方と揉めようとかそういう訳じゃなくて……」
「そっ、そうっ。そうなんです。あぁぁぁっと、そろそろ教室に行って、朝の掃除をしないと」
「そうだ。そうだったな」
「あ、響君は、どうぞ葉佩さんのご自由にっ!」
その噂は何だー!? と九龍が騒いでも、彼等は言い訳だけを捲し立てて、脱兎の如く逃げて行った。
「………………何なんだよ、お前等ーーーっ! その、盛大に失礼な噂、訂正しやがれーーーっ! 大馬鹿者ーーーーっ!!」
助けてぇぇ! ……と悲鳴を上げながら駆け去って行く彼等の背へ、九龍は盛大に文句をぶつけた。
「っとに……」
「あ、あの……。有り難うございます。危ない所を助けてくれて……」
「あ? いや、俺が何かしたって訳でも……。でも、良かったな、何とかなって」
「はい……。助かりました。葉佩さんって、凄い有名な人なんですね」
むきーーーっ! と怒る九龍へ、響はオドオドと礼を告げ、ぺこりと頭を下げた。
「有名ってよりは、悪名みたいだけどなー。それも、ぜんっぜん正しくない噂が原因の。……って、あ。怪我しちゃってんね。……んーーーと……。あ、あったあった。消毒剤。──はい、これあげるよ。使った方がいーよ?」
「え? これを僕に? あ……あの……何で僕なんかに、こんな風に親切にしてくれるんですか? 僕に親切にする理由なんて何も……」
「……? 人に親切にするのに、理由なんかいる? 別に、要らないんでない? まあ、理由が欲しいってことなら、友達になったんだから、ってことで、どう?」
「…………葉佩さんって、不思議な人ですね……。でも……色々と有り難うございました」
深々と、響きが両手を揃えて頭を下げるのを見ていたら、彼が怪我をしているのに気付き、九龍は制服の『内側』を探って、消毒剤を引き摺り出し、手渡してやって。
何と言うか、小動物タイプと言うか。可愛い少年だとは思うけど、もう少ししゃっきりしないと、又苛められちゃうかもなあ……、と思いながら、又、深々と頭を下げて来た響と別れた。
朝のホームルームに間に合うように、生徒達が校舎へと入りつつある頃。
校舎の北にある、生徒会の為の棟の一室に、阿門と神鳳と咲重が集まっていた。
「成程……。では、墓守を任せたあの老人の正体は、三年C組の夕薙大和だった、と。そういう訳だな?」
「はい。先程お話しした通り」
「処分が必要か否かは、俺が見極める。ご苦労だった、神鳳。──それにしても……《転校生》……。双樹に続き、神鳳まで倒されるとは……」
そこに集い、神鳳と咲重は、夕べの事の顛末を阿門に報告していたようで、話を聞き終えた阿門は、ふ……と、息を洩らした。
「彼は、今までの侵入者とは違う気がします」
「ええ。あたしも戦ってみて、そう感じました。阿門様……、もしかしたら、彼こそ、この学園を変えてくれる者かも知れません。この呪われた学園に縛り付けられた《墓守》の役目も──」
「そんなことを言う為に、お前達はわざわざ、生徒会室に来たのか? 既にお前達は、遺跡を守る《生徒会》の任から解放された筈だ。生徒会室に来なければならぬ理由もない。神鳳も双樹も、今までよく俺を補佐してくれた」
溜息とも言えるそれを洩らした阿門に、神鳳と咲重は言い募り始めたけれども、阿門は二人の訴えを遮り、これ以上、お前達が関わる謂れはないと、きっぱり言い切った。
「阿門様。神鳳もあたしも、葉佩がこの学園を──」
「──双樹さん……」
「葉佩九龍。まさか、《生徒会》をここまで追い込むことになろうとは……」
それでも咲重は言葉を重ねようとし、神鳳は彼女を押さえ、二人を一瞥し、阿門は又、溜息を付いて。
「……又、襲撃されたそうですね」
徐に、神鳳は話を変えた。
「厳十朗が教えたのか?」
「そうです」
「阿門様が屋敷を出られた後、千貫さんが、あたし達に連絡を。ファントムに襲われたと」
咲重も、一度は俯かせた眼差しを、すっと持ち上げ。
「余計なことを……。厳十朗っ!!」
阿門は声を張り上げ、己がじいやとも言える千貫を呼び付ける。
「お呼びでございますか? 坊ちゃま」
「何故、神鳳と双樹に連絡をした? 答えろ」
音も気配もなく、物陰から姿現した千貫に、阿門はきつく問い質し。
「差し出がましいとは思いましたが、全ては坊ちゃまの為でございます」
千貫は、真っ直ぐ、坊ちゃまを見返した。
「俺の?」
「はい。今や、坊ちゃまの敵は、あの、葉佩九龍という《転校生》だけではございません。僭越ながら申させて頂くなら、この学園内に潜んでいる敵の手から、坊ちゃまお独りで、あの《墓》を守り抜くことなど不可能であると言わざるを得ませぬ。迫り来る数多の敵と戦い、坊ちゃまが傷付くことを想像すれば、私めの胸は痛むばかりでございます。ですから、神鳳様と双樹様には少しでも、坊ちゃまのお力になっては貰えないかと……」
「要らぬ世話だ……」
正しい姿勢で立ち尽くし、きっぱりと言ったじいやから、阿門は目を逸らした。
「……申し訳ありません」
「阿門様。敗れたとは言え、あたし達は《生徒会》の人間でなくなった訳ではありません。《生徒会役員》として、この学園に潜む者を探し出す手助けは出来ます」
「双樹さんの言う通りです。今まで通り命じて下さい。それが《生徒会役員》たる僕達の使命なのですから」
ふいっと、有らぬ方を見てしまった若き主に頭を下げた千貫の代わりに……、という訳ではないが。
咲重と神鳳は、黙ってしまった阿門へと、再度、言い募った。