「何だよ、もう皆集まってるのか。俺が最後?」
その所為で、室内が、複雑な雰囲気に包まれた時、扉が開き、夷澤が入って来た。
「遅いわよ、夷澤っ」
「仕方無いだろ? 寝ていた処をその爺さんに起こされたんだ。ゆっくり、牛乳を温める時間くらいくれてもいいじゃないかよ」
「貴方ねぇ──」
「──まあ、いい、双樹」
「阿門様……」
「では、始めるとしよう。──厳十朗。あの箱を」
「畏まりました」
自分達と同じく、ファントムの襲撃の件を千貫に伝えられた筈なのに、のうのうと遅刻して来た彼を、咲重は咎めようとしたが、阿門は彼女を制し、千貫に命じて、重箱くらいの大きさの、房付きの組紐で締められた、桐箱を持って来させた。
「厳十朗に伝えられたと思うが、昨夜、俺の屋敷が襲撃を受けた。恐らく、狙いはこの箱だろう」
「何なんです? その箱の中味は」
ごとり、と《生徒会長》の机の上に置かれた桐箱を、夷澤はまじまじと見遣る。
「《鍵》だ。《墓》の最後の封印を解く為の……な。──十代前の《生徒会》の頃、江見睡院という《宝探し屋》が、あの《墓》を荒し回った時も、この《鍵》だけは、《生徒会》の手によって守られていたらしい。つまり、一七〇〇年程も前にあの《墓》が造られてから、一度足りとも《墓》の最後の封印が解かれたことはなかったという訳だ。我等《生徒会》の使命は、代々、この《鍵》を守ることでもある。全ては、あの《墓》の奥底に眠るモノを外に出さぬようにする為にな……」
「阿門様は、あの《墓》の下に、何が眠っているか、知っているんですか?」
箱の中味は、《鍵》だ、と。
《墓》の奥底に眠るモノを外に出さぬようにする為の、と。
そう言われ、神鳳は、夕べ、アラハバキと名乗ったモノの気配を思い出しつつ、《生徒会長》へ問うた。
「ああ。知っている」
「今まで僕達は誰も、あの《墓》が何の為に──そして、何を葬る為に造られたのか、詳しく聞かされたことはありませんでしたね」
「残念ながら、俺には、その質問に答えることは出来ない。あの《墓》に隠された真実は代々、《生徒会長》だけに語り継がれていることなのだ。《生徒会役員》は、誰もそれを知ることを許されてはいない。《墓》と《鍵》を守る──唯それだけが、《生徒会》の存在理由だ」
その問いには答えられぬと、阿門は抑揚なく言った。
「じゃ、その《鍵》を守る見返りは何ですか?」
その声の冷たさに、神鳳達は押し黙ったが、夷澤だけは別だった。
「何……?」
「俺達は、理由も知らされず身体を張って戦ってるんすよ? 何か見返りがあってもいいでしょ?」
「夷澤、何を──」
「──双樹さんは、黙ってて下さいよ。……阿門さん。俺だって、あんたの為に一生懸命、働いてるじゃないっすかぁ。もっと権限
「権限だと?」
「もっと、この学園で好き勝手出来るだけの権限ですよ。手を汚さないあんたばかりが、甘い汁を吸って、俺達下っ端が、おこぼれに預かれねぇってのは、納得いきませんぜ」
一体、何を言い出すのだと、口を挟もうとした咲重を睨み付け、夷澤は愉快そうに続ける。
「お前は、今以上の権限を手に入れて、それを使って何をするつもりだ?」
「決まってんでしょっ!! そいつで、この学園を、もっと俺達の色に染めてやるんですよっ!! 気に入らねぇもんを全部ぶっ壊して、俺達生徒の楽園を作ってやるんだ。くくく……、愉快だと思わねえか?」
「夷澤。それは、生徒の楽園ではなく、お前の楽園ではないのか?」
『野望』を語り、高く笑い始めた夷澤を、阿門は瞳で射抜いた。
「何だとっ?」
「理想なき支配は何も生まない。秩序と均衡だけが平穏を生むことが出来る」
「平穏? はっ、何時から、そんな甘ちゃんになったんだよ、阿門さん。昔のあんたは、もっと違った筈だ。それが、秩序だと? 均衡だと? そんなもんで、この学園を支配出来ると思ってんのかよっ? えぇ? 阿門よぉっ!!」
「夷澤っ!! 言葉が過ぎますよっっ!!」
「おめぇらだって、腹ん中ではそう思ってんだろぉ? あぁん? ……ふんっ」
それでも、夷澤は吐き捨てることを止めず、神鳳に鋭い声で咎められても尚、捨て台詞を残し、部屋を出て行った。
「夷澤……。何なの、あいつ…………。阿門様、いいんですか? 行かせて」
「構わぬ」
乱暴な足取りで去った夷澤をあのまま行かせたら、何を仕出かすか、と咲重は阿門を振り返ったが、彼の答えは素っ気なく。
「よく吠える駄犬だな。……阿門、お前、何であんなのを飼ってる? いい趣味じゃない」
不意に、この場にいない筈の男の気怠い声が、部屋の物陰から湧いた。
「……皆守。貴方、何時から……?」
「最初から、だ。悟られる訳にはいかないだろ? 夷澤
それまで、毛筋程の気配も感じさせなかった甲太郎に、咲重も神鳳も目を剥いたが、当人はしれっと言って退け、生徒会長の椅子に座った阿門に近付いた。
「お前も、厳十朗に、か?」
「……まあ、な」
「お前まで、か……。──夷澤は別に、よく吠える犬ではない」
「ではない、じゃなくて。ではなかった、の間違いじゃないのか?」
「……かも知れんな。少なくとも、今は」
「判ってんなら、何とかしろよ」
「放っておけと言った筈だが。お前が、それを忘れるとは思えん」
「…………勿論。……ま、お前がそういうつもりなら、俺はどうでもいい。所詮、駄犬だしな。少なくとも、今は」
胸許辺りで両手を組んで甲太郎を見上げる阿門と、寝不足の目で阿門を見下ろす甲太郎は、暫し、彼等以外には何を語らっているのか判らぬやり取りを続け。
「……それで? 皆守。お前も、俺を諭しに来たのか」
「俺が、そんな面倒臭いこと、する訳ないだろ」
「なら、手を貸しに来たのか?」
「……………………いや」
「ならば、何故」
「……様子を見に来ただけだ」
「何の為に」
「………………さあな」
「……そうか」
「ああ。…………じゃあな」
更に、二人以外には全く意味を成さぬのだろう言葉を交わし、甲太郎は、生徒会室より去って行った。
「皆守は……、本当は、何をしに……?」
「言葉通り、様子を見に来たのだろう。様々な意味でな。……あれは存外、嘘が下手だ」
用は済んだ、とばかりに、とっとと消えた甲太郎を咲重は訝しんだが、阿門は。
存外に嘘が下手で、存外に友人思いな友を、正直に評した。