昼休みに突入するや否や、九龍は咲重から、大切な話があるから、今夜八時、誰にも内緒で、一人でプールに来て欲しい、とのメールを貰った。

大事な話とは、さて、何ぞや? と首を捻りつつ、まあいいか、と彼は、了解ー、との返事をし、やっと教室へ顔を出した甲太郎をふん捕まえた。

朝、別れた時に言っていたままの行動を甲太郎が取ったのだとしたら、彼は午前中一杯寝ていたことになるが、三年寝太郎らしからぬ、寝不足の証明のような赤い目をしていて、「甲ちゃんも、きっと徹夜だな」と察したものの、追求することはせず、マミーズに向かい。

「奈々子ちゃーん。テイクアウトのカレー、四つお願いー」

「テイクアウト?」

「うん。兄さん達の所に、今から押し掛けるから。……という訳で、行くぞ、甲ちゃん!」

「本気かよ……。まあ、いいけどな、あそこは気兼ねしなくていいから」

きょとん、となった甲太郎を急かして、奈々子が用意してくれたテイクアウトのカレーを四つぶら下げ、寝ていてもおかしくはない青年達の部屋を、九龍は情け容赦無く訪れた。

「あー……。いらっしゃーい…………」

ガンガンと、盛大に呼び鈴を鳴らしてやったら、酷く疲れた、寝不足全開の顔をしながらも、龍麻が出迎えてくれた。

「お邪魔しまーす」

「悪い、寝てた処を」

「いえいえ……。ふぁ……。……で? どうしたの?」

ヨロヨロヨタヨタ廊下を歩き、辿り着いたダイニングに少年達を通し、何とか彼んとかコーヒーを淹れながら、龍麻は問い。

「……何だ、お前等かよ……。ちったぁ寝かせろよ…………」

コーヒーの香りが辺りに漂い始めてやっと起きて来た京一は、怠そうに少年二人を見下ろして椅子に腰掛け、ベタリ、テーブルに張り付く。

「やー、ちょいと、報告をー、と思ってですねー。……あ、これ、昼飯ですー」

顔から、そして全身から、『眠いぞこの野郎オーラ』を放って来る二人を物ともせず、九龍はぶら下げて来たカレーを差し出し、にぱら、っと笑った。

「報告、ねえ……。……まあ、いいか。京一、折角だから頂こうよ」

「……そーだなー……」

起き抜けにカレーかい、と思わなくはなかったものの、起き抜けでもラーメンが食べられる自分達を思い、龍麻と京一は、差し入れに手を伸ばし。

「で? 話ってな、何だ?」

「夕べの彼──大和から、見舞いに行った時に聞いた話、なんですけど」

九龍は、曰く『報告』を始めた。

「大和から? 何を聞いたんだ?」

青年達のように、カレーに手を伸ばした甲太郎は、あれ以上、夕薙は何を知っている? と訝しみ。

「それがさ。喪部のことに付いて、なんだよ」

はぐはぐと、カレーをぱく付きながら、九龍は言った。

「喪部の?」

「大和、あの病って言うか、呪いって言うかの謎を解く鍵を探しに、出雲に行ったことがあるんだと。出雲は神道や記紀神話に所縁が深い場所で、黄泉比良坂があるともされてるからって。んで、そこで大和が知った話ってのがあって。──……この辺の話、甲ちゃんは俺に付き合って、散々本で読んだことだから、耳タコかもだけど。今から一七〇〇年くらい前、この国を支配してた大和朝廷が、勢力を東方へと拡大しようとした時──所謂、神武東征って神話の中では言われてるアレが起こった時。荒吐あらはばき族って土着の豪族が抵抗して、って件があるじゃん? 蝦夷えみしとも呼ばれてたその豪族を率いてた長髄彦ながすねひこってのがいて……、って奴。元々は邪馬台国の国王だった、兄の安日彦あびひこと一緒に、天孫の邇藝速日命にぎはやひのみことに仕えてた彼は、結局、大和朝廷に逆らって、東方の、津軽に落ち延びたって言われてて」

「東の地で抵抗を続ける長髄彦の力を危惧した、邇藝速日命によって、殺される……、だったな。率いていた長の死を受けて、荒吐族も衰退した」

「そうそう。それ。……ほんで。大和は、その、邇藝速日命の子孫って言われてる物部もののべ氏が、喪部と関係あるんじゃないか、って言うんだよね。喪部は、物部氏の末裔じゃないか、って」

「…………何故? 確かに、モノノベとモノベは似ちゃいるが」

「物部氏は、大和朝廷で祭司を任されてた一族、なんだって。午前中、俺も一寸調べてみたんだけど、『先代旧事本紀せんだいくじほんぎ』って本によると、神道の中でも謎中の謎ってされてる、『十種の神宝とくさのかんだから』ってのがあって、それを、天照大神から授かった邇藝速日命は、後に、物部氏の氏神にそれを伝えて、更に、物部氏の氏神が天皇家にそれを捧げて、天皇家は、『十種の神宝』を使って、御魂を鎮める祭りを始めたんだと。……それが、新嘗祭の前夜に行われる、鎮魂祭おおみたまふりのまつりの始まり」

「ふん…………」

「んで。大和は、もしも喪部が、長髄彦を殺して、荒吐族を滅ぼした邇藝速日命の子孫な、物部氏の末裔だったら、あの遺跡に関して何か知ってる筈だ、って。夕べの『お化け』は、自分は《アラハバキ》って言ってたから、あの遺跡は荒吐に関係してるかも知れないし、と」

「……成程」

「正直な処、喪部が物部氏の末裔かも、って辺りは、俺的には未だ、うーん、な感じだけど、夕べの『お化け』──あそこに閉じ込められてる『王様』が《アラハバキ》ってのは、まあ、納得かな、と。記紀神話ってのは、神武東征を最後に、神代の時代から、『ヒト』の時代の話に変わるっしょ? だから、記紀神話の神代巻の最後に『成敗』されてる荒吐族の関係者なら、記紀神話って『見立て呪法』を怖れるのも理解出来るし、荒吐族の長の長髄彦を殺した、邇藝速日命の子孫の物部氏が天皇家に伝えた鎮魂祭の夜に、この学園では例の夜会が、ってのも、道理、な感じ? でもさー……」

瞬く間にカレーを平らげ、そこまでを語って、九龍は、むぅ、と口を尖らせた。

「何だ?」

やはり、カレーを食べ終えた甲太郎も、スプーンを置いた。

「でも……、喪部は異形だ、って、龍麻さんと京一さんとルイ先生の保証があるっしょ? 大和の言う通り、喪部が物部氏の末裔だったとしたら……、何で、鬼?」

スプーンを置いた手で、コーヒーカップを取り上げた彼を、唸りながら九龍は見上げ。

「もしかしたら、だけど」

龍麻は、少年達を見比べた。

「以前、教えて貰ったことなんだけど。──鬼道っていう法があってね。鬼道は要するにシャーマニズムのことで、大昔、邪馬台国の卑弥呼は、それを使って人々の長に君臨してた。龍脈の力が吹き出す所──要するに龍穴の上に塔を立てて、彼女はその強大な力を操ってたらしいよ。でも、彼女が使っていた龍脈の力は陽の氣のみで、強大過ぎる力はやがて歪みを生んで、卑弥呼が死んだ後、陽氣の裏側で、歪んだ陰氣は異形を生んだ。……邪馬台国と関係のある者達が仕えていたのが邇藝速日命なら、その子孫の物部氏も、異形と関係あってもおかしくないかも。鬼道は、異形のモノをこの世に呼び出し、自らをも鬼と変えることが出来るから」

「な・る・ほ・ど。……となると、大和の言い分も、あながち間違ってないかも……。じゃあ喪部は、アラハバキさんとやらに関係がある一族の末裔かも知れなくて、その絡みでここにいるかもで。『王様』は《アラハバキ》。……どっちだろ。荒吐族、なのか、それとも、荒吐神、なのか……」

「ま、どっちにしたって、『王様』の正体とやらは、過去の亡霊か怨霊か、ってトコだろ」

龍麻から教えられた話を、ふーむ、と吟味し始めた九龍へ、あっけらかんと京一は言った。

「相変わらず、潔い発言ですな、京一さん。過去の怨霊か、亡霊か、か……。うーん? あれ?」

「どうした、九ちゃん」

「過去の……亡霊………………?」

物事を一言で片付ける発言をして退けた京一に、九龍は感嘆し掛けて、が。

おや? と又、首を捻った。