「何か、不思議か? 大昔の亡霊、ってのが」

「不思議、と言うか…………。……今の処、あの《墓》は元々はラボで、『何処かの馬鹿野郎達』が、不老不死の研究なんかした所為で、始末出来ない『王様』が出来ちゃった、ってのが有力説ですよね。だとするなら、『王様』も、遺伝子工学とか生物工学とかの実験の果てに出来ちゃったモノ、ってことで。その正体が何であれ、なら、『王様』もそもそもは生物で。…………ええっ、ひょっとして『王様』って、不老不死? それとも、実体のない、本物の幽霊ってか、霊体ってか、精神体? えっえっえっ? そんなん、どーやって倒すんだーーーーっ!?」

「落ち着け、九ちゃん。そうと決まった訳じゃないだろ」

きょとん、とする京一を見詰めながら、思い至ったことの所為で、うわあああ! と九龍は焦り始め、騒ぐな、と甲太郎は、テーブルの下で、軽く九龍を蹴り上げた。

「だってさ。二千年近くも、あんな場所で生き続けてる不老不死な御仁と、どうやって戦ったらいいのか、俺判んないし、精神体だったら、もっと判んないし! 俺はトレジャー・ハンターで、エクソシストじゃないしぃぃぃっ!」

「……だから、騒ぐなっつってんだろ。──確かにお前の言う通り、『王様』は不老不死かも知れないし、あの双子の精霊みたいな、実体のない精神体かも知れない。でも、そうとも言い切れないだろう?」

「何で?」

「もしも『王様』が、二千年近くも前から現代まで、あんな所に封印されても生き続けていられた、正しく不老不死だってなら、『何処かの馬鹿野郎達』の研究は、完成してたってことになる。だってなら。《墓》を守る為に置いた、各区画の《墓守》の化人だって、そうすりゃ良かったんだ。そうしときゃ、化人達はどんな奴が墓を暴きに来たって、倒されることもなく、滅びることもなく、永遠に《墓》を守り続ける。だが《墓守》の化人達は、お前に倒されたし、《魂》と容れ物は別にされてた。《魂》と容れ物を分けた理由は恐らく、容れ物である肉体は、滅びるから、だ。……その事実は、連中の研究がそこまでで打ち止めだった、って証明じゃないのか? だとするなら、『王様』だって、不老不死じゃない」

「………………ふむ……」

「それに。精神体とも限らない。『王様』は、長い年月を掛けて、ファントムって《僕》を操ることが出来るようになってるし、夕べの神鳳や七瀬みたいに、誰かに乗り移ることだって出来る。奴が、実体のない、《魂》だけの存在だってなら、そうやって、適当な器を見付けて取り憑いときゃいいんだ。単なる地縛霊じゃないんだろうから。だから、『王様』には、そうするだけじゃ《墓》から逃れられない理由がある筈だ。意識を外に飛ばすことは出来るが、実体がそこにあるから、誰かに取り憑いて、《墓》の封印を解く《鍵》を探させるのが限界、と言った感じの、『理由』か『制限』のどっちかが。……なら、『王様』の、その部分に関する正体は、多分、限りなく不老不死に近い何か、だ」

「…………お。ってことは、倒せない訳じゃない、ってこと、か? 倒す方法、探すのが大変そうだけど」

「ま、何にせよ、不可能じゃないと思うぞ、俺は」

「そっかあ。……うん、一理ある」

どうしたって倒せない相手だったらどうしよう、と喚き出した九龍を蹴っ飛ばしてから甲太郎が言い出したことは、そんな風な推論で、ぽむ、と九龍は手を叩いた。

「まー、あんま深く気にすんな。神さんじゃねえ何かが拵えたモンなら、神さんじゃねえ俺等人間に、倒せねえって道理はねえから」

未だに寝惚け眼で話を聞いて来た京一は、酷く気軽に言って退け。

「ものすごーーく簡潔な総括ですけど、真理ですなー」

焦って損した、と九龍はコーヒーを啜った。

「限りなく不老不死に近かろうとも、生き物ではあった筈のモノが、どうやって、二千年近くも存在し続けて来たのか、ってことを考えると、暗くはなるがな」

「甲ちゃん……。浮上出来る意見言ってくれた、その舌の根も乾かない内に、又、焦りの淵に叩き落とすの、止めてくんない……?」

「仕方無いだろ、現実だ」

「……ひょっとすると、その辺も龍脈かもなあ……。『王様』は、龍脈の力を使って、長い年月、自分を存在させ続けて来たのかも。『何処かの馬鹿達』は、膨大な時間を掛ければ、『王様』も自然消滅するんじゃないか、ってな辺りも、狙った気がするんだ。でなきゃ、《九龍の秘宝》って古代の叡智を、あそこに置いて去らない気もする。何時か、取り返しに来られる日も来るって、期待もあったんじゃないかなあ。《九龍の秘宝》が本当は何なのか、未だよく判らないけど」

ふぁ……っ、と欠伸を一つ噛み殺し、ジト目で見詰め合った少年達へ、龍麻は呟く。

「龍脈、ですか。怨霊みたいな負の氣な奴が、龍脈の陽氣と陰氣を……? 負の氣が陰氣……?」

「龍脈が司るのは、何処までも、大地の力。それ以上でもそれ以下でもない。混同されがちだけど、龍脈だって、全ての陰陽の面倒が見られる訳じゃないからね。例えば、怨霊、みたいな、人の持つ負の氣と龍脈の陰の氣は、又、種類が違うからさ」

「あ、そういうもんなんですか?」

「密接な関係にはあるけどねー。黄龍は、黄泉の国の面倒まで見られるらしいから。でも、そういう類いの負の氣と龍脈の陰の氣が真実同質の物なら、俺も京一も、『幽霊さんがお友達』な人生送ってるだろうし、悪霊退散、な仕事だって、ほいほい出来てておかしくないのに、俺達には幽霊は視えないし、異形や魔を討つことは出来ても、お坊さんや神父さんみたいなことは、少なくとも俺と京一には出来ない。出来る仲間もいるけど。……別物な証拠」

「なーる……」

「それに。負の氣と龍脈の陰氣が同質だったら、葉佩君、今頃、無事じゃいられないよ。あそこの中でぶっ倒れてるよ。喪部の氣、喰らった時みたいに」

「……ぬ。そう言えば、ここの処、喪部の奴、大人しいな…………。何考えてんだろ、あいつ」

「さあな。興味も無いし、知りたくもないが、大人しくしてるようなタマでもないだろ。あそこに関わりのある一族の末裔なら、俺達は知らない事実も握ってるかも知れないし、残りの扉が少ないことだって、判ってるかも知れない」

龍麻の科白から、あ、と喪部のことを思い出した九龍は、口を尖らせブツブツ言い出し、甲太郎は、誠に嫌そうな顔付きをして。

「あー…………。そう言えば」

「ん?」

「ほれ。俺、ここの処、甲ちゃんの部屋に入り浸ってるっしょ? だから、俺の部屋、殆ど無人状態で。もしかしたら、喪部、俺の部屋入ったかも。夕べさー、あそこ潜るんで装備品引っ繰り返した時、なーーんか、違和感あったんだよなー。急いでたから、気の所為で流しちゃったけど、あの違和感、誰かに勝手に触られたからなのかも」

「お前な……。だからお前は、ヘボハンターって俺に言われるんだよっ」

「だってさーーーっ。……別にいいじゃん、今更だって。今更、正体隠したってしょうがないっしょ。あいつだって、堂々とお天道様の下歩けない類いの奴等かもだしさ。何一つ盗まれてなかったんだし。あいつが鬼だろうと何だろうと、挑んで来るなら挑み返してやる。あいつとは、絶対に仲良くしないって決めたから!」

「……仲良くするとかしないとか、そういう次元の話じゃないだろうに……」

「そういう問題だって! あいつ、カレーのこと馬鹿にしたんだぞっ! カレーと、カレーが最愛の食物な甲ちゃんのこと、ブツクサ言ったんだぞっ! そういう輩は、一回、カレーの海に溺れるべきだっ!」

未だに、先日の恨み辛みを喪部にぶつけてやりたいらしい九龍は、ぎゃんぎゃんと喚き出した。

「冗談じゃない。あんな奴沈めた日には、カレーが穢れる」

「お、そうか。……じゃあ…………、あ、カレー爆弾でもぶつけてやろっかな」

「はあ? カレー爆弾だぁ? おま……っ。カレーを、そんな風に扱うんじゃないっ!!」

喚き序でに、小学生レベルな嫌がらせを彼は思い付いて、カレーを爆弾の材料にするなと、甲太郎は目を吊り上げ。

「…………寝るか。ひーちゃん」

「そだね」

強引に叩き起こされた挙げ句の報告会とやらは、もう終わったと踏んだ京一と龍麻は、口喧嘩を始めた少年達を見捨て、立ち上がった。