寝直すから、とっとと授業でも何でも出て来い、と青年達に部屋を追い出された九龍と甲太郎は、出来れば自分達も仮眠を取らせて欲しかったのに、とブチブチ言いながら校舎へと戻った。

「いっそ、寮に帰って寝ちゃおうっかなー……。あー、でも、ひな先生の授業……」

「最近益々、サボるとうるさいからな、雛川の奴。……さて、何処でサボるかな」

「屋上……は、風邪引きそうだもんなあ。昨日から、急に冷え込んで来たし」

「なら、行く所は一つだろ」

「……保健室?」

「ああ。暖かいし、布団はあるし」

「ふむ。……でも、ルイ先生に叩き出される気もするんだよなー。…………お。そうだ。いいこと思い付いた。甲ちゃん、保健室から布団かっぱらって、どっかで寝よう。そうすれば、誰にも邪魔されずに爆睡出来る!」

「…………大分前に言ってた、『昼寝同好会』発足させるってか?」

「うん! そうと決まれば、行くぞ、甲ちゃんっ!」

学び舎の中に戻りはしたものの、寝不足と疲れが溜っている二人は、無謀にも、瑞麗の目を掠めて保健室より布団を奪取! な企みを決行することにし。

「バレたら、大目玉喰らうだろうけどね。それでも挑むのも、又、宝探し屋の性っ!」

「厄介な性だな」

こそこそっと彼等は、人目を盗み、校舎北棟の一階廊下を行った。

「おいっ、もっとこっちに来いっ」

「ぼ……僕に何か用ですか?」

「用があるから、こんな場所に呼び出したんだろうがっ」

と、もう間もなく保健室の入口が見えて来る、という時、二人の耳に、己達と同じく授業をサボった誰かが、誰かに罵声を飛ばしている声が届いた。

「ん? あの声」

「知り合いか?」

「知り合いってーか。朝、三年に絡まれてた二年の子、助けるような形になってさ。多分、怒鳴ってるのは、その時のイジメっ子で、怒鳴られてるのは、朝会った、響五葉って二年の子だと思うんだけど」

静かな廊下に響く声に、心当たりがある、と九龍は眉間に皺を寄せ。

「お前は、本当にそういう騒ぎに縁があるな」

やれやれ……、と甲太郎は似非パイプを銜えた。

「今朝は、邪魔が入ったが、ここなら大丈夫だ」

「あ……あの、僕、授業が……」

「授業だと? 授業と俺達の話と、どっちが大事だと思ってんだっ!!」

「止めて下さいっ!」

足を止めた二人が、そんな風に言い合っている間にも、朝の二人と響の争いは続いて、酷い言い掛かりから逃げるように駆けて来た響と、又、九龍はぶつかった。

「うわっ! あ……、貴方は……」

「やっほー、五葉。又、あいつ等? 大丈夫?」

「待て、響っ!!」

「てめぇ、何逃げてんだよっ!」

「ひっっ!」

朝、歩道でぶつかった九龍に、再び遭遇したと気付き、響は逃げる足を止め、九龍は、へらっ、と笑みを浮かべてやって、そこへ、イジメっ子達が追い付き、響は九龍と甲太郎の後ろに隠れた。

「あっ、あの……葉佩先輩、助けて下さいっ!」

「えっ? 葉佩……?」

「あっ!! 葉佩九龍……。それに、皆守……」

「何だ、又かよ」

「す、すいません、それじゃ、僕達はこれで…………」

「一寸、待てよっ」

響が縋ったのは九龍達だと知り、少年二人の内一名は、脱兎の如く逃げようとしたが、相方が、それを止めた。

「……え?」

「こいつ、本当にそんなに凄ぇ奴なのか?」

「何?」

「本当にこいつは、墨木や真里野にヤキ入れたり、神鳳さんを舎弟みたいに扱ったり、双樹さんや朱堂を手篭めにして弄んだりした、生徒会も怖れる不良なのか? っつってんだよ。……ほら、よくあるじゃねえか。噂だけが先行して、実際は大したことないってのが」

「あ……あぁ。まぁな」

「こいつのツラ見てみろよ。俺には、この転校生がそんなにスゲェ奴だとは、どうしても思えないんだけどよ」

相方を引き止めた少年は、九龍を睨みながら、挑戦的に言い。

「…………又、どうしようもなく馬鹿馬鹿しい噂が蔓延してるな」

「だしょ? 甲ちゃんもそう思うっしょ? 言い掛かりも甚だしいよな、ヤキだの舎弟だの手篭めだの、って。俺は不良じゃありませーん。第一! 俺には、茂美ちゃんを手篭めにする度胸も趣味もないっ!」

「言うだけ無駄だ。こいつ等の頭じゃ、人は見掛けに依らないって、理解も出来ないだろ。お前のツラだけ見て、あんなことほざいてるようじゃな。……馬鹿は放っとけ。相手になんかしてたら、俺達の睡眠時間が減る。行くぞ、九ちゃん。そっちの二年、お前もだ」

心底の侮蔑を浮かべた甲太郎は、少年達を鼻で笑い、九龍と響を促した。

「あ、そーねー。言えてる。──行こう、五葉」

「あ、葉佩先──

「退けっ!」

恋人の言うことは尤もかも、と九龍も響の腕を掴んで歩き出したが、行かせるかと、少年達は響を突き飛ばす。

「うわっ! い……痛つつ……。あっ、マッ、マスクが……」

「うおっ。五葉、大丈夫っ?」

ドサリと床に倒れた響は、痛む体を庇いながら、勢い外れてしまったマスクへと手を伸ばし、しかし、少年達はそれを踏み付けた。

「……おいっ。転校生っ!」

「お前等なっ! 何すんだよ、下級生突き飛ばして、人の物踏ん付けてっ!」

「うるさいっ。この野郎、ハッタリかましやがって。お前にも、この学園のルールって奴を教えてやろうじゃねえか。こいつのように痛い目に遭いたくなかったら、大人しく金目の物を出しな」

「……………………お前等、本気で馬鹿? 俺が何時ハッタリかましたんだよ、馬鹿な噂を勝手に信じたのはお前等だろっ!?」

「あー? 何だよ、文句があんのかよ。素直に言うこと聞いておいた方が身の為だぜ?」

「………………………………甲ちゃん。こいつ等、殴ってもいいかなあ?」

「退け、九ちゃん。ムカついて来たから、俺にやらせろ」

所業を、声を張り上げ咎めても、少年達は聞く耳を持たず、怒りが浮かばせる笑みを湛えた九龍は、にっこー、と甲太郎を見上げ、見上げられた彼は、常よりも半オクターブ程低い声で応えながら、少年達へ一歩進んだ。

「何してんすか、センパイ方。俺も混ぜて下さいよ」

……と。

そこへ、偶然通り掛った夷澤が、九龍達へと声を掛け、事情も確かめぬまま、ボクシングの構えを取るや否や、少年二人へ挑み掛かった。