「何だ、てめ──うおっ!!」
「うくっ!!」
それぞれ、夷澤に一発ずつ喰らった少年達は、揃って真後ろに吹っ飛んだ。
「何、モタモタしてるんすか、センパイ。こんな連中、こうやって手っ取り早く、ノシちまえばいいでしょ」
「あが……っ……」
「ひっ……ひぃぃぃぃ……っ」
彼等が、折り重なり床に倒れても、夷澤は愉快そうに殴り続け。
「凍也っ。やり過ぎっ!」
見兼ねた九龍は、彼の腕を掴んだ。
「何すか、センパイ? 俺のやり方に文句がありそうなその態度」
「限度ってのがあるっしょ? 確かにこいつ等はイジメっ子な馬鹿かもだけど、お前はやり過ぎ」
「ふんっ。センパイ風吹かせてるつもりですか?」
ガッと、腕を掴んだ彼を、夷澤は忌々しそうに振り返り。
「うう……。た、助け……」
「助けてぇぇぇ……っ」
その隙に、少年達は逃げ出して行った。
「おいおいっ! ちっ、何だよ……。センパイの所為で、逃げられちまったじゃないっすか」
「だから、もういいだろう? やり過ぎは駄目だっての」
「ふんっ」
転げながら逃げて行く二人へ舌打ちし、九龍に掴まれた腕を奪い返して、夷澤は唸る。
「あ……あの……。夷澤君…………」
「ん……? よく見れば、お前は同じクラスの響じゃないか。ったく、未だあんな連中に付きまとわれてたのかよ」
「う……うん……」
「情けない奴だぜ。──あーあ、折角気晴らしが出来ると思ったのに残念だなあ。……そうだ。センパイに俺の相手をして貰おうかなあ。いい考えだと思いません?」
睨み殺しそうな勢いで九龍を見る夷澤に、怖ず怖ずと近付いて、響は事情を訴えようとしたが、夷澤は、ふん、と横目だけを彼へ向け、眼鏡を指先で持ち上げながら、今度は、酷く好戦的に九龍を見詰め直した。
「……俺とお前が、ぶん殴り合う必要なんてないじゃん」
「いい加減にしとけ、二年坊主。とっとと消え失せろ。今の内なら、未だ取り返しが付く」
その態度に、やってられない、と九龍は肩を竦め、甲太郎は益々声を低くし。
「別に、二人纏めて相手にしてやったって、俺はいいっすよ」
「や、止めなよ、夷澤君っ」
パシリと、右手の拳を左の掌で鳴らせた夷澤を、響が止めに掛かった。
「うるさいな。口出しするなっ」
「だって……」
「アンタのことが目障りだったんすよ……。どいつもこいつも、葉佩、葉佩って言いやがって」
「やっ、止めてよ、夷澤君っ!!」
ソロソロと伸ばされた響の手を振り払い、九龍へ、籠る憎しみすら向けて夷澤は、拳を振り上げた。
「たっぷりと、俺の拳を味わいなっ!!」
チロっと、夷澤の肩と拳が持ち上がったのを見て、甲太郎は無言のまま、蹴り足を上げ掛けたが。
「止めてよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
その時、響の甲高い声が上がって、空気を震わす金属音が、廊下に響き渡った。
「なっ、何だっ、耳鳴りが……っ」
音に耳を劈かれ、夷澤は頭を押さえ、辺りの窓ガラスは一斉に震え出して。
「おおっ?」
「音波……?」
周囲を見回した九龍と甲太郎の眼前で、パンっ! と次々、窓ガラスが爆ぜた。
「九ちゃんっ」
「うわっ!! 何々っ?」
「何で……?」
「あ……あ……。あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
粉々に砕け散った、細かい、幾つものガラスの破片から甲太郎は九龍を庇い、九龍と夷澤は、光景に目を見開いて。
がたがたと震え始めた響は、悲鳴を上げて走り去った。
「五葉?」
「響……? まさか、あいつが……? ククク、面白くなって来たぜ……」
懸命に駆けて行く彼の背を見送り、不気味な笑みを浮かべた夷澤も、高い声で愉快そうに言いながら何処へと歩き去り。
「吠えるしか能の無い駄犬は、まあいいとして。……あの二年…………」
「五葉?」
「ああ。あいつは、何なんだ? あいつも《力》を……? だが、《執行委員》は解散したしな……」
「《生徒会役員》でもないだろうしね。今日まで、俺のことも知らなかったみたいだし……」
「……考えても判らないことは、放っとくか。九ちゃん、保健室行こうぜ」
「お。りょーかーーい」
一体何が、と顔を見合わせはしたものの、甲太郎と九龍は、今度こそ保健室へと向かった。
上手い具合に、忍び込んだ保健室には誰もいなかった。
数台並ぶベッドの一番奥から、掛け布団と毛布と敷き布団と、ご丁寧に枕まで引き摺り下ろした二人は、手早くそれを畳み、分け合って抱え、そそくさと逃走しようとしたが。
「…………何をしている」
ガッ! と九龍が足で扉を開けたそこに、瑞麗が立っていた。
「あっちゃー…………」
「Get treasureは、失敗に終わったな、九ちゃん」
「んな、他人事みたいに言わなくてもー……。甲ちゃんも、同罪なんだぞー……」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと布団を戻して来い。全く、油断も隙もない…………」
保健室の布団一式奪取! Get treasure! ……は無惨にも失敗に終わり、ピクリと眦を吊り上げた瑞麗に命じられるまま、彼等は布団を元通りにして、ちょい、と無言で手招いた保険医に、十五分程、みっちり雷を落とされる運命を辿った。
「授業をサボり、保健室の布団を強奪してまで昼寝を目論む馬鹿がいるとは、私も思わなかった。君達に付き合っていると飽きなくていいが、私にも、付き合える騒ぎと付き合えない騒ぎがあるんでね。…………今度同じことをやってみろ、説教では済まさんぞ」
「へーーーい」
「葉佩。返事は、はい、とするものだ。へーい、ではない」
「……はーい」
「………………」
「皆守。返事は」
「……判った」
「全く…………。……だが、まあ丁度いい。葉佩、君を呼び出そうと思っていた処だ」
こってり、少年達から油を絞り、ギロっと最後にもう一度睨み上げてから、瑞麗は組んでいた足を逆に組み直して、煙管に火を移しながら九龍を見上げる。
「俺をですか?」
「ああ。今朝は、夕薙のことで君に色々と聞いている時間がなかった。だが、この学園に起きている出来事に関して、改めて君と話をしておく必要があると思った。……立ち話も何だ。そこに座り給え」
九龍だけに話がある、と言いながらも、甲太郎の同席も認めている風に彼女が言うので、九龍は言われるまま診察用の丸椅子に座り、甲太郎は彼の傍らに立って、彼女へ目をやった。
「……さて。今まで、君に改めてこれを問うたことはなかったが。──葉佩九龍。君は一体、何者だ?」
二人の少年の鼻先に、ぷかりと紫煙を漂わせ。
瑞麗は、徐にそう言った。