まー、何時か訊かれてもおかしくないよなー……、とは思っていたし。
今までの経緯や、龍麻や京一達との付き合いの絡みで、薄々勘付かれてはいるのだろう、とも思っていたが。
実際に、面と向かってそう問うて来た瑞麗に己が正体を明かすことは、若干の勇気が要ることで、が、それでも九龍は胸を張り。
「俺は、宝探し屋です。ロゼッタ協会って、トレジャー・ハンターギルドに所属してる、ハンターです。ロゼッタに派遣されて、あの遺跡の探索する為にこの学園に潜り込んだ、似非学生なんです。何か……その……今まで、騙すような格好になっちゃって、御免なさい、ルイ先生」
真っ向勝負で、彼は、己が正体と、この学園にいる理由を彼女に告げた。
「ロゼッタ協会所属のトレジャー・ハンター。……それが、君の正体、か。そうか……」
「そうです」
「………………実はな、葉佩。私は、初めて逢った時から知っていたんだ、君が、ロゼッタ協会から派遣されて来た宝探し屋だということを。この学園の地下に《遺跡》が眠り、そこに君の求める《秘宝》があることもな」
「えっ…………? し、しし、知ってたんですかっ? ルイ先生もっ!?」
真実を、九龍自身の口から聞き、満足そうに頷いた瑞麗は薄く微笑みながら、実は、最初から……、と打ち明け始め、九龍は勢い丸椅子から落ち掛け、ゲシっと、舌打ちした甲太郎に、膝で以て背を支えられた。
「事の展開考えりゃ、想像付くだろうが……」
「そりゃそうかも知れないけどさ! 最初からって、最初からってーー……」
ワタワタと焦り、がっくりと肩を落とす九龍に、何を慌てる必要がある? と甲太郎は呆れ、でも、九龍は喚くことを止めず。
「私の方こそ、騙したような格好になってしまって、すまなかった。君が宝探し屋であることを、君自身の口から聞きたかっただけなんだ。君が、己の正体を自ら明かしてくれる程、私を信用してくれたなら、私も、君に出来る話がある、そう思ってな」
全く騒がしい……、と苦笑しながら瑞麗は、煙管に火を点けた。
「ルイ先生が、ですか?」
「そうだ。……葉佩。君は、《魔女の鉄槌》という教典を知っているかね?」
「一応ですけど、知ってますよ。異端審問官のバイブ、ル…………って、まさか!? まさか、ルイ先生って、M+M機関の関係者ですかっっ!?」
「流石に、察せられたかい? ──《魔女の鉄槌》。十五世紀中頃、魔女狩りを行う《異端審問官》達に用いられた教典。その、教典の名の下に集められた審問官達を束ねる組織、M+M機関。古今東西の妖や魔を探し出し、それを狩る為の。……私はそこの、《異端審問官》だ。この学園に、妖魔の反応があるという情報を受けて、潜入調査をしていたんだ」
「そうだったんですか…………。うわ、ぜんっぜん、気付かなかった……」
美味そうに一服しつつ、さらっと成された保険医の告白に、九龍はガタリと立ち上がり、ガタリと椅子にへたり込み、膝の上にのの字を書き始める。
「気付かれてどうする。我々の任務や素性は、君達ロゼッタのハンターよりも、遥かに隠し果せられなくてはならないからね。それに。ロゼッタは解き放つ者、我々は狩る者、そもそもから相容れないのだから、君にこそ、私の正体を知られてはならなかったんだ。……だから、そんなに落ち込むな」
「ううう……。そりゃ、俺は新米ハンターですけどー。ペーペーもいいトコですけどー……。でも、これっぽっちも気付けなかったんですよぉぉぉ……。ルイ先生が、氣のことが判ったり、治癒が出来たりするのは、封龍の一族の人だからなんだなー、としか考えなかったし……」
「まあ、実際、私が封龍の一族の出身だと君達に知れたのは、却って都合が良かった。目晦ましになったしな。そういう意味では、私にも君達にも、緋勇や蓬莱寺達との繋がりがあったのは有り難かったな」
「成程な……。……だが、どうして今になってわざわざ、自分の正体を九ちゃんに教えるような機会を作ったんだ?」
鬱陶しい、と落ち込む九龍を軽く小突いて、ちろり、甲太郎は慰めめいた科白を言い出した彼女を眺めた。
「……一つ、忠告をくれてやろう、皆守。私の目から見ても、お前は聡い。洞察力というのが高いんだろう。だがな。お前には、欠点がある。人の心の機微に、実は疎い、という欠点が。人間は、感情を持つ動物だ。もう少し、他人の心に『興味』を持つといい。ヒトの持つ感情を疎かにして他人を見ても、結局、最後の最後で、『本当』が見えなくなる」
「………………だから?」
くすり、からかいの意味を込めた笑いを軽く彼女が洩らせば、それまでにも甲太郎から漂っていた、探るような、拒絶するような気配が増した。
「……全ての者が、とは言わないがね。人、というのは、私のような『仕事馬鹿』でも、例えば葉佩のように、懸命に、ひたむきに、励み、足掻き、としている者が目の前にいれば、差し伸べられる手を自分が持っているなら、差し伸べてやりたい、と思う生き物だ、という話さ。君が、そうであるようにね」
だから瑞麗は、ほんの少しばかりの真顔を甲太郎へと向け、次いで、九龍へ向き直る。
「兎に角、そういう訳でな、葉佩。私も、君に力を貸そうと思う。……どうだい? 受けてくれるかい? 無論、M+M機関の者として、ではなく、劉瑞麗個人として、の話だが」
「……はい! 有り難うございます、ルイ先生っ!」
そうして彼女は協力を申し出て、どっぷり落ち込んでいた九龍は、あっという間に立ち直った。
「私の力が必要な時は、何時でもいい、連絡して来い」
「期待してます、ルイ先生っ。……あ、チャイム鳴っちゃった…………」
有り難い提案に渾身の笑みを浮かべたら、愉快そうに瑞麗は笑い、彼女までもが持っていたプリクラと、携帯のメールアドレスを有り難く頂戴すると九龍は、鳴り響き始めた下校を促す鐘に猛烈渋い顔をしつつ、渋々、甲太郎の腕を引っ張って、保健室を出て行った。
ぺたり、と瑞麗のプリクラを貼った生徒手帳を眺め。
「弦月さんって、確か、新宿中央公園って所で、ひよこ占いやってるって言ってたよなあ……。ひよこ使う占い師って。高校の時は、ひよこ同好会だったって話だし。なのに何で、ルイ先生のプリクラのフレームは、鳥モモなんだろう……」
もう暗くなり掛けた廊下を急ぎ足で行きながら、ボソリ、九龍は呟いた。
「釣り合いが取れてていいんじゃないか? 弟は育てる、姉は食う」
その呟きに甲太郎は、何も不思議はない、とサラリ答えた。
「……人間って、罪深い生き物ね」
「生きるってな、そういうことだ」
「うむ。正しく正しい」
「…………おい。日本語おかしくなってるぞ、九ちゃん」
足早に廊下を辿ったように、校舎を出た後も足早に歩道を辿り、下らないような、そうでないようなことを喋りつつ、腹が減ったと、二人はマミーズを目指し始める。
「さーて、今夜は何を食うかな」
「俺はー、キチンカレー!」
「お前も、充分罪深い」
「そう言う甲ちゃんは?」
「何時もの」
「中味は?」
「あー………………。多分、チキン」
「あっは。仲間」
「仕方無いだろうが、そういう気分になっちまったんだから」
「んじゃ、罪深い者同士、仲良くチキンカレーを食うぞ、甲ちゃんっ」
そして又、『どうでもいいこと』を語り合いながら、黄昏と闇の織り混ざった中、二人はマミーズの入口を潜った。