滑り込んだマミーズの一席で、言い合った通り、仲良く揃ってチキンのカレーで夕食を摂りつつ、後二日でクリスマスイブだ、とか、土曜日は終業式で、とか語り合う生徒達の会話に耳を貸した所為だろうか。

「甲ちゃんはさ、冬休み、どうすんの?」

ふと思い出したように、九龍は、冬期休暇の予定を甲太郎に尋ね始めた。

「居残る」

「寮で、年越し?」

「ああ。一年の時も、二年の時も、そうしたしな」

「ふーん……。でも、居残り組なんて、本当に少ないっしょ? 寂しくない?」

「長期休暇にでもならなけりゃ、学内から一歩も出られないこんな所に、好き好んで居残る奴なんか、滅多にはいないからな。だが別に、寂しいなんて思ったこともない。……そう言うお前は、冬休み、どうすんだ?」

「居残るに決まってんじゃん。他に行く所もないし、片が付くまで『ここにいる』のが俺の仕事だし。第一、甲ちゃんが寮に残るのに、何処行けっての」

「……まあ、な」

「それにー。今年はきっと、賑やかだよ。この間、鎌治が、鎌治も他のバディの皆も、居残り組になるかも、みたいなこと言ってたから。咲重ちゃんや充は判んないけど。あにさん達は、どうすんのかなあ……」

「何で、連中まで残るんだよ」

「あそこ潜るの、手伝ってくれるって。有り難いよなー。本当にそうなったら、皆で年越し出来るし!」

「俺は別に、嬉しくない。お前だけがいればいい」

九龍が始めた冬期休暇の話はそんな風に流れて、『連中』も、帰省せずに寮に居残るかも知れない、と知った途端、甲太郎の機嫌は、すとん、と下降した。

「相変わらず、心が狭いのね、こーたろーさんってば。駄目だって、そんなこと言っちゃ。賑やかで楽しい方がいいじゃん。皆、受験だの就職だのの準備だってあるだろうに、そうやって言ってくれてるんだから。俺のステディな甲ちゃんに嫌な顔されたら、俺は、どっちにも向ける顔がないでしょーが」

あからさまに、ムッとなった恋人の表情をチラ見し、「この、嫉妬大魔神め」と小声でぼやいてから、九龍は、対面の甲太郎の頭上に、チョップを入れる真似をする。

「俺の知ったこっちゃない」

でも、甲太郎の機嫌が直ることもなければ、反省の態度が滲むことも、一切なく。

「……そう言えば。卒業することが目的で、お前がここにいるんじゃないってのは判ってるんだが……無事に卒業出来たとして、その先、九ちゃんはどうするんだ?」

ふいっと、彼は話題を逸らした。

「へ? どういう意味?」

「だから。今まで通り、『仕事』を続けるのか、とか。それとも、別の道を探すのか、とか」

「お、そういう意味ね。………………どうかな。本音言うと、判んないんだよね、実は」

あー、はいはい、さっきの話は打ち止めっちゅーことですね、と苦笑しながら、九龍は逸らされた話題に乗った。

「考えてないってことか? ま、明日がどうなるか、解ったもんじゃないしな」

「そういう意味でもないんだけどね。一寸……まあ、色々、俺も俺なりに、お悩み中、って奴。今の仕事続けてもいいかなー、とも思うし。別のことしてもいいかなー、とも思うんだ」

「例えば?」

「甲ちゃんと一緒に、カレー屋さん、とかどうかなー、とかねー」

「……本気か?」

「さー? どーでしょー? そういう甲ちゃんは、どうなんだよ。卒業したらどうする、とか考えてんの?」

「そんな先のこと、考えるのも面倒臭い」

「…………や、将来のことは、真面目に考えましょーや、甲ちゃん。後、三ヶ月で卒業なんだぞー?」

「三ヶ月後なんて、充分過ぎる程『先』だろうが。……ま、その内にな」

将来のことを問う彼に、思うまま、若干の誤摩化しを交えつつ語ってやれば、『いい加減』極まりない科白が彼からは返され。

「……あの、さ。甲ちゃん」

思わず九龍は、すっと瞳を細めた。

「何だよ」

「甲ちゃん、何時だったか、マミーズここにいると、学園という閉ざされた黄昏の町にいることをどうたら、って言ってたっしょ?」

「…………ああ、言った。初めて、お前とここに来た時に」

「だから、俺、言ったっしょ? この学園には、そんな雰囲気があるって。来る筈の明日が来ないような気になる感じがする、って」

「そうだな」

「でもさ。この学園が、閉ざされた黄昏の町でも。来る筈の明日が来ないような気にさえさせられる雰囲気持ってても。明日は、絶対に来るんだよ。何が遭っても、どんなことが遭っても、明日は必ず来る。……甲ちゃん。まさか本当に、来る筈の明日が来ないと思ってる、なんて言わないよな?」

「又、そういう馬鹿な──

──甲ちゃん。甲太郎」

「………………来る筈の明日が来ない。そんなことまでは、本当に思わない」

瞳をきつく据えて甲太郎を見遣れば、見遣られた彼は、僅かだけ目線を泳がせ、当たり障りの無い科白を選び出したから、九龍は一層瞳を据え、声も抑え。

すれば、溜息を一つ付いてから、甲太郎はきちんと応えた。

「但…………」

「……但? 何?」

「……この学園を出ることが出来る日が本当に来るんだろうか。……そう考えることはある。──お前が転校して来てから、もう三ヶ月が経った。あっという間に過ぎた三ヶ月だった。それこそ、止まってる暇も、寝てる暇もない程。三ヶ月……毎日が楽しかった。『毎日』が変わった。本当に久し振りに、俺はここを出て、何処に行くのか、なんて考えちまうくらい。お前が思う『未来』がどんな風なのか、気になるくらい。…………九ちゃん。俺はここを出たら、何処に行くんだろうな。この学園を出ることが出来る日は、本当に来るんだろうか」

「ほんっとーーーーーーーーーーーーーーーー……にっ! 甲ちゃんはっ!!」

──応えは、更なる応えへと続き。

それを最後まで聞き終え、九龍は、深い深い、ふかーーー……い溜息を零すと、思い切り腕を伸ばし、ぐぃぃぃぃぃ……、と甲太郎の頬を捻り上げた。

「おいっ。何しやがるっ」

「俺、今度ドドメ色に後ろ向きなこと言ったら、ぶん殴るって言わなかったっけ? これで済ますのは、良心的な気がするんですが。そこん処、如何でしょうか、皆守甲太郎さん」

目一杯抓ってやった頬を、甲太郎の抵抗をかい潜って思い切り引っ張り、パッと離してから、九龍は恋人を睨め付ける。

「それは、まあ、覚えてはいる」

「だったら、もう二度とそんなこと言うなよな」

「……悪かった」

「うむ。宜しい。──俺にも甲ちゃんにも、ちゃんと明日は来る。来る筈の明日が来ない、なんてこと、絶対にない。折角、未来を気にし始めたんなら、もっと前向きに気にしようよ、甲ちゃん。その方が、ずっといい」

「…………そうだな」

喰らった『制裁』への文句を垂れようと、唇を開き掛けはしたものの。

九龍が本気で臍を曲げ掛けているのを察した甲太郎は抗議の口を噤み、抓り上げられた頬を摩りながら、小さく詫びを告げ。

「今度、ドドメ色なこと言ったら、甲ちゃんの夕飯のカレーに、プリントッピングしてやる」

ンベーーー、と舌を出しつつも、後ろ向き発言を許してやる素振りは見せ……、でも。

昨日、教室での馬鹿騒ぎの際、「俺は、背中にも目がある。それを覚えておけ」と甲太郎に囁かれた時感じてしまった嫌な予感を、九龍は一層、胸の中で募らせていた。