大広間にある、魂の井戸への扉を抜かした十二の扉の内、開かれていないのは、もう残り二つしかなく。

それは即ち、遺跡最下層が近いことを示しており、今宵開かれた扉の向こうの区画は、その事実が示す通り、九龍が、この遺跡の探索を始めた当初に解放した区画達に比べれば、狭い、と言える程度の広さだった。

だが、奥へと進む為の道を閉ざしている仕掛けを解除するのも、待ち受けていた罠も難易度が上がっていて、区画を守る化人の強さも格段だった。

思わず、と言った感じで、甲太郎が九龍へ、「注意して行け」と真剣な声での忠告を洩らす程。

「うぐぉ…………」

足場は途轍もなく悪いし、罠や仕掛けの解除は手間だし、化人は強いし、と悪条件ばかりが揃った区画だったので、九龍もかなり慎重に進み、気を遣って戦いに挑み、これまでの探索時の三割増しで甲太郎は彼を庇ったし、瑞麗もかなり戦闘には手を貸したのだが、魂の井戸に辿り着いた頃には、やはり、プチ・スプラッタ状態に陥った彼は、よろりら、と癒しの部屋に傾れ込んだ。

「毎度のことながら……、九ちゃん、大丈夫か?」

「うんー……。だいじょーぶー……」

「……宝探し屋は、戦士ではないが…………。……葉佩。少し、蓬莱寺や緋勇に鍛えて貰ったらどうだ?」

「うぇ。それは一寸……。兄さん達、絶対に、そういう時には人が変わると思うんでー……」

今宵は『専門家』がいる故、内心では渋々、九龍の手当を瑞麗に任せた甲太郎は、やれやれ……、と似非パイプを銜えながら呟き、瑞麗は、ハンターとソルジャーには、かなり深い隔たりがあるが……、と顔を顰める。

「でも。苦労したお陰で、色々手に入ったし!」

しかし、瑞麗の治癒と魂の井戸の部屋の力のダブル効果で、瞬く間に元気を取り戻した九龍は、ここまでの道程で得た収穫を思い出し、起き上がった途端、にんまり、としてみせた。

「謎なもんばっかりだったがな」

「えーー、そんなことないじゃん、鎧とかもあったじゃん。朱塗りの、格好いい奴!」

「……格好いいかどうかは兎も角。まさかお前、あれを身に着ける気か?」

「折角見っけたんだもん、使わなきゃ勿体無いじゃんか」

「…………九ちゃん。よーーーー……く思い出せ? あれ程、馬鹿は止めろと言ったのに、性懲りも無く一人で生徒会室に忍び込んで、飾られてた武者鎧を、Get treasure! とかした挙げ句、担いでは持ち帰れないからって、あろう事か着込んで寮まで戻って来た時。自分がどうなったのか、忘れたのか?」

「……うっ。生徒会室から寮まで、人目忍んで徘徊しただけで、へたって動けなくなって、甲ちゃんに脱がして貰った上に、説教まで喰らいました、はい。……多分レプリカだろうと思ってさー、高括ったんだよー。まさか、レプリカでもあそこまで重たいもんだとは思わなかったんだよー……」

「甲冑着て歩いただけで、へたって動けなくなるような奴が、あれを着たまま、刀だのアサルトライフルだの、振り回せると思ってんのか?」

「…………………………深く、心より反省し、検討し直します。……何だよ、甲ちゃんの苛めっ子。そんな言い方しなくたっていいじゃんかー……」

「何か言ったか?」

「べーつーにーーーーーっ」

けれど、九龍のうきうき気分は、直ぐさま甲太郎に潰され、むすっと膨れっ面になった彼は、暫くの間、ぶつぶつ愚痴を垂れていたが。

「君達のそういうやり取りを聞いていると、同級生ではなく、まるで、母子か何かのように思えるな」

「甲ちゃん、オカン属性ですからねー」

「誰がオカンだ、誰がっ。そういう言い方はするなと言ったろうがっ」

「……事実じゃん。この件に関しては、俺は疾っくに開き直ったから、何度でも言ってやるー! 甲ちゃんのオカンー!」

誠に正直な保険医の感想に乗っかり、甲太郎をいびり返し、ふんっ! と立ち上がって彼は。

「んじゃ、幻影さん退治に行くとしましょーかね」

魂の井戸を出て、目と鼻の先にある、化人創成の間へ向かった。

「愚かな奴だ。呪われた遺跡を追って来るとは。誰にも、我を倒すことなど出来ない。この《鍵》を使い、《墓》の奥底に封印されし者を解放するのだ。これ以上、邪魔をするなら死んで貰う」

九龍達が化人創成の間に踏み込んだ途端、その部屋の中央辺りに立っていたファントムは振り返り、嘲りの声を放った。

「その体も『幻影』なら、誰にもお前を倒すことなんか出来ないんだろうけどさ。体の方は、『幻影』じゃないっしょ? ……そっちこそ、余計なことすんの、そろそろ止めてくんない?」

「フン。貴様が何をほざこうと、ここがお前の棺となるのだ。アーッハッハッハッ!」

「じょーだん。こんな棺、願い下げ」

高い嘲笑を放つや否や、パッとファントムは宙を飛んで後退し、九龍達より距離を取ると、唯でさえ長い手の爪を更に伸ばして、一撃必殺の攻撃を仕掛けて来た。

「真っ向勝負で、毒塗ってある爪が武器なお前と戦ってやる程、俺は優しくないからなーー!!」

その身に一切の重みがないかの如く宙を行くファントムを睨め付け、一声叫んだ九龍は、ジャキリと音を立てつつAUGを構え、思い切りトリガーを引いた。

瑞麗の援護と、甲太郎の『邪魔』に助けられながら、ファントムの攻撃を躱していた九龍が撃ち続けたAUGの弾丸は、やがて、ファントムの白い仮面を砕いた。

中央から皹を入れた仮面は、化人創成の間の床を覆う砂の上に落ちて、粉々になる。

「う……、か……仮面が……。く、くそ……。この《鍵》を使って……、早く最後の《封印》を……。…………? ないっ!! 《鍵》は何処だっ!? 何処に行ったっ!? くっ……。なっ、何だ……? 顔が……、『俺』の顔が……。うう……、ここは何処だ? 何故、俺はこんな場所にいる? 何だ、この服は? 俺は……俺は……。うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

仮面が砕け、素顔が晒され、途端ファントムは、落ちた仮面のように、砂の上に崩れた。

「ハァ、ハァ、ハァ…………。ハァ……ハァ……。……俺は、一体……? 俺は……誰だ? 何をしていた……?」

暴かれた幻影の素顔は、やはり夷澤凍也で、彼は、ここが何処なのかも、己が誰なのかも判らない風に、苦しみながらも問い続け。

「夷澤! 夷澤凍也っ! お前は、夷澤凍也なんだよっ! ファントムなんかじゃないっ!」

己が今ある場所も、己が正体も判らぬ恐怖を身を以て知っている九龍は、思わず声を張り上げ、彼の名を叫んだ。

「そう……。俺の名前は、夷澤凍也……。《生徒会副会長補佐》。この《墓》を守るのが役目」

すれば、一度頭を振った後、全てを取り戻した如く夷澤は呟き立ち上がり、何処となくぼんやりと、九龍達三人を眺めた。

「未だ、頭がフラフラする……。あんたは誰だ? 何で、ここに?」

「へっ? 凍也、俺のこと忘れちゃってる? つか、俺と初めて会った時はもう、ファントムだったって奴? ──俺は、葉佩九龍だってば」

「葉佩九龍……? ああ、そうか。阿門さんの言ってた《転校生》だな……。俺は、何時の間に戦ったんだ?」

「何時の間にって、たった今」

「ちっ。まるで、悪い夢でも見ていたかのようだぜ。上手く思い出せない。何時ものように《墓》を見回ってた時に《声》が聴こえて……。その後は……。クソっ、情けねえっ!! この俺が、誰かにいいように操られてたなんてよっ! クソがっ!! ……葉佩九龍っ! もう一度、俺と戦えっ! 俺の《力》はこんなもんじゃないっ! この《音速の拳》を見切れる奴なんていないんだからな。俺の《拳》が通った後は、空気さえ凍り付く。あんたのような、只の人間が勝てる訳ないんだ。それを、今ここで証明してやろうじゃないか。クククッ。それに、ここであんた達が死ねば、俺が操られていたことを知る奴はいなくなる。そうさ……。俺の為に死んで下さいよ、センパイ方」

少々虚ろだった夷澤の目は、語る内に鮮明さを増して、語調には刃の如き鋭さが宿り始め。

「……お前が言う《音速の拳》がどれ程のもんかは知らないけど、多分それ見切れる人、片手の指の数以上言える、俺」

「憑き物が落ちても、駄犬は駄犬か」

「望み通り戦ってやれば、夷澤の気も済むだろう。どの道、戦うしかないのだしな」

あー、やっぱりの展開になるのねー、と九龍は項垂れ、やれやれ、と甲太郎と瑞麗は肩を竦めた。