日付が、十二月二十三日になったばかりの、午前一時。

九龍達が、解放したばかりの砂だらけな区画の中で、《鍵》を探していた頃。

月齢十になった月光が照らし出す墓地に、遺跡へと続く穴から這い出て来たシルエットが一つ浮かんだ。

「これが《鍵》か? こんな箱に入っているとは、聞いていないぞ?」

浮かび、歩き出したシルエットは、やがて、月光の下で喪部の姿となって、彼は、手にしていた桐箱を、訝し気に見下ろす。

「……まあ、いい。最下層まで進めば、《鍵》が本物か偽物かはっきりする。物部に遺された伝承とは少し違うようだが、これが真の《鍵》であれば、《封印》を解くことが出来る筈だ。待っているがいいさ。《秘宝》は僕のような優れた遺伝子を持つ者にこそ相応しい。クククク……」

暫しの間、手に入れたそれは本物だろうかと、疑わしそうに彼は眺めていたが、まあ、試してみれば判る、と気楽な感じで肩を竦め、夜の墓地より去って行った。

「…………うー、今夜の『何時もの』は、ちょーーっときつかったのに、あんなのに蠢かれたら、余計気分悪くなる……。うぇ……」

「ひーちゃん、大丈夫か?」

「うん、平気。喚きたい気分なだけだからさ。──ホント、偉大。瑞麗女士の護符。『龍脈アレルギー』だけはどうしようもないけど、『何時もの』が来ても、ムカムカするー、程度で済むし。ブチブチ言える余裕ある」

「それならいいけどよ。無理すんなよ?」

「大丈夫だってば。過保護京一」

────喪部の気配の一切が、夜の墓地より消えて暫く。

《墓》へ潜る為のロープを九龍が結び付けている大木の枝影から、龍麻と京一の声が洩れた。

ボソっと愚痴垂れた龍麻の体調を京一は気遣い、気にする程のことじゃない、と龍麻は苦笑いし、二人は揃って、高い枝から地面へと、音もなく飛び下りる。

「さて、と。……さっき、喪部が言ってた《鍵》ってな、九龍達が話してた、例の鍵だろ? ファントムと、アラハバキとかいう奴が、探してんだか、探せって九龍に言ったんだかしたって代物の」

「多分。でなきゃ、喪部もわざわざ、遺跡にまで潜って、あれを手に入れたりはしないと思うよ」

「まあな。俺もそう思うけどよ。けど…………」

「けど?」

「あれ、本物なのか? あいつも疑ってたみてぇだけど、ここの封印を解く最後の鍵が、あんな桐箱に納まってるってのは、何か、な」

「あーー……。それは、俺も思うかな。何となく、『らしくない』って言うか……。でも、本物って保証もなければ、偽物って保証もないしなあ……」

見事過ぎる身のこなしで下り立ったそこに留まり、京一と龍麻は、喪部が去って行った方角を眺めながら、揃って首を捻った。

「確かにな。本物って保証も、偽物って保証もねえ。取り敢えずは、泳がしとくしかない、か」

「だね。あの手のタイプの連中が、狙ってたブツ手に入れた後も大人しくしてるとは思えないから、直ぐに動くかもだし」

「例えば?」

「……京一なら、どうする?」

「俺なら、明日にで──。そっか。そうなる可能性、大、か。………………ん? でも、勘定合わなくねえ?」

「勘定? 何の?」

「ここの、足許の。──昨日だったか、九龍と甲太郎が言ってたろ? 残りの扉は、後三つだって。今夜、『何時もの』があったから、ってことは、三つの内の一つが開いたってことで、だから、残りは二つだろ? でもあの鍵は、ここの最後の封印を解く鍵なんだろ? 残り二つの扉の内、一つが最後の区画への扉だとしたら、遺跡の最深部に辿り着くにゃ、後一つ、解放しなきゃなんねえ区画があるってこったろ?」

「……あ、そっか。何でだか知らないけど、扉が一つ開く度に、溝の蓋みたいなのが嵌まってく、円形の床もあるし……。……あれ、何なんだろ?」

「さあな。それを考えるのは、九龍の仕事だ。知恵の部分じゃ、どうしたって俺達にゃ、手伝えることは少ねえし。出来ることは別にあるしよ」

「うん。じゃ、何はともあれ潜ろっか、京一。葉佩君達が戻って来ない処を見ると、あの《鍵》、探してるのかも知れない。無駄な労力使わせるのは、可哀想だからさ」

喪部が手に入れた《鍵》が、本物であれ偽物であれ、少なくとも今晩は成り行きを見守って、大人しくするしか術はなかろうと、月光浴びながらその場で語らった二人は、んーーー、と揃って伸びを一つし、気楽な足取りで、ひょいっと《墓》へ潜って行った。

散歩気分で潜った遺跡の、砂だらけの区画の入口近くで、京一と龍麻は九龍達を捕まえ、一言、「《鍵》の行方を知ってる」とだけ告げ、彼等の探し物を打ち切らせた。

そして、五人揃って地上へと戻り、流石に疲れたので一足先に部屋に戻る、と言い出した夷澤と、そういうことなら、と自宅に戻って行った瑞麗の二人と分かれ。

「あーのーー……」

「判ってるって。風呂だろ? 砂浴びした雀みたいになってんぞ、お前等」

物言いた気な、熱烈な視線を送って寄越した九龍のリクエストを京一が汲んだ為、四人は『第二基地』へと傾れ込み、『砂浴びした雀二羽』が風呂より戻って来るのを待って、青年組は、少年組に、喪部が《鍵》を手に入れたことを教えた。

「まーーーーーた、あいつですか……。…………やっぱり、カレー爆弾ぶつけてやろっかな。さもなきゃ、賞味期限切れの牛乳爆弾」

「カレーを粗末に扱うなっつってんだろうが。賞味期限切れの牛乳にしとけ。結構な嫌がらせにはなる。──それにしても、喪部の奴が、《鍵》を、とはな。厄介だ。取り返すにしたって……」

淹れて貰った、眠気覚ましの濃いコーヒーを啜りながら、青年達に教えられた事実へ、九龍も甲太郎も、揃って渋い顔をする。

「ま、今日、明日中には、向こうも動いてくんだろ。それまでは、様子を見るしかねえな。あの桐箱の中味がホンモンかどうか、疑わしいしよ」

「……ですな。──それはそうと。何で、京一さんと龍麻さんは、喪部が《鍵》手に入れたこと、知ってるんです?」

「…………そろそろ、葉佩君にも教えといた方がいいか。俺達の仲間に、M+M機関で退魔師やってるのがいるって言ったろう? 彼が調べてくれたんだ、喪部は、レリック・ドーンに加担してるって」

「えっ? 喪部が、レリック・ドーン? それ、マジですかっ!?」

「うん。マジ」

「うっがああああああ! ヘラクレイオン遺跡で俺の初仕事にケチ付けて、ここでもケチ付けるってか、テロリスト集団共めーーーーーーっ!!」

「そーゆー反応すると思ったんだよなー……」

《鍵》を手に入れられてしまっただけでも腹立たしかったのに、あまつさえ、喪部はレリック・ドーンの一味だ、と龍麻に知らされ、両手で握り拳を作り、がたりとダイニングの椅子から立ち上がって雄叫んだ九龍を眺め、あー、やっぱりなー、と京一は、苦笑混じりの溜息を付いた。