「やっぱりって、どういう意味ですか?」

「あーー、だからよ。その……本当のこと言っちまうとな。先週にはもう、喪部はレリックの一味だって調べは付いてたんだ。でも、向こうの出方だったり、何かやらかすだろうタイミングだったりが掴めねえ内に、そのことお前に教えちまったら、むかっ腹立てて、下手したら後先考えずにあいつに突っ掛かりそうだと思ってよ。何時、お前に喪部のこと教えたらいいか、様子窺ってたんだよ」

「えええええー……。判ってたのに、教えてくれなかったんですか? 狡いですよ、あにさん達ー……。って、でも……確かに、もっと前に教えて貰ってたら、俺、一人でエキサイトしてたかも……」

「ま、細かいことは言いっこなしだ。黙ってた代わりに、喪部のこと見張ってた『労働』で勘弁してくれや」

何で、京一はしみじみ溜息を零すのかと、不思議に思いつつ九龍が彼を見遣れば、ははは……と微妙な誤摩化し笑いを浮かべながら、京一は、実は……、と喪部の正体に関する真相を掴んでから、こうして九龍に伝えるまでにはタイムラグがあったことを白状し。

「一週間、間置いて貰ったのは、却って良かったのかな……。何か、気遣って貰っちゃってばっかで、すいません」

この期に及んで、この人達は、未だ自分に内緒にしていたことがあったのか! と拗ねて膨らませた頬を萎ませ、九龍はぺこり、頭を下げた。

「恐縮されると困っちゃうんだけど……。大したことをした訳でもないしさ。──それよりも。これは、俺と京一の勘でしかないんだけど、喪部が《鍵》を手に入れた以上、動きは早いと思うんだよね。明日……遅くとも、明後日辺りには、某かを仕掛けて来ると思う。……明日は祝日だから、二人共休みだよね?」

何時も何時も、手間掛けさせて御免なさい、との態度を見せた九龍に、龍麻は首を振ってみせて。

「それが……、この学校、明日は休みじゃないんですよ。……だよな? 甲ちゃん?」

「ああ。理由は俺もよく知らないが、二十三日は休みじゃない。多分、冬休みの帳尻合わせか何かだと思うんだが、授業がある」

「そっか……。向こうが動いて来るかも知れないなら、早い時間から、葉佩君達も動ける準備しといた方がいいと思ったんだけど。うーーん……」

何故か、祝日だと言うのに授業が組まれているという、少々特殊な天香の事情を知って、彼は、どうしよう、と悩み始める。

「まあ、幾ら何でも昼間の内から仕掛けて来ることはない……と思うんですけど……」

「どうだかな。テロリストみたいな集団なんだろ? レリックってのは。手段を選ばない相手なら、何時何処で、どう出て来るかは読めないぜ」

「だな。俺も、甲太郎の意見に一票だ。……つっても、お前等にゃ学生の都合ってのがあっから……取り敢えず、お前等の手が空くまで、遺跡の方は俺等で面倒見てやるよ。明日は、俺達休みだしな。…………それに、向こうの事情やあの遺跡の事情がどうだろうと、今回ばかりは俺達も手を出させて貰う。異形と戦うのは、俺等の仕事だ」

「え、でも…………レリックって、本当に物騒なテロリストですよ?」

「うん、それは判ってる。判ってるから、余計に。──葉佩君はトレジャー・ハンターで、あの遺跡から《秘宝》を探し出すのが仕事で、君の望みは、あそこの全てを解放することだろう? でも、俺達はそうじゃないし。仕事って言うか……異形と戦うのは、俺達の、宿命みたいなものだから」

「けど…………」

「……九ちゃん。二人は、俺達よりも遥かに、異形と戦うことには長けてる。任せた方がいい。異形絡みのことに関しては、俺やお前が下手に絡んだら、二人の足手纏いになるかも知れない。……違うか?」

「う、ん……。それはそうだけど……」

「喪部やレリックがあそこに絡んで来たのは、言ってみりゃイレギュラーみたいなもんだ。喪部は、《墓守》じゃない。だから、京一さんも龍麻さんも、手を出すと言ってくれてるんだろう? だったら、足手纏いな俺達は、喪部達の動きに、《墓》の深部や最後の封印のことが関わって来るまでは、大人しくしてた方がいい。この『兄さん達』がどれだけ強いか、お前にだって判ってるだろ?」

「…………そ、だね。うん……。────すいません、龍麻さん、京一さん。お言葉に甘えます。……御免なさい、大変で厄介な戦い、お任せしちゃうことになっちゃうかも知れなのに…………」

龍麻が始めた思案に、九龍も甲太郎も京一も、思い思い口を挟み、異形との戦いは自分達の宿命だから、請け負う、と言い出した青年達に異議を唱えようとした九龍は、甲太郎に嗜められ、酷く申し訳なさそうに、身を縮めて俯いた。

「気にすんなって。適材適所って奴だ。お前達はお前達にしか出来ないことをすりゃいいし、俺達は俺達にしか出来ないことをすりゃあいい。それだけのこったろ? 今まで、滅多にはお前の戦いに手を貸してやれなかったんだ。手助けしてやれる時くらい、甘えといてくれや。でなけりゃ、年上の俺等の立場がねえしなー。な? ひーちゃん」

「そうそう。たまには甘えとけばいいんだよ、年上のお兄さん達に。こういうことでしか、俺達は協力してあげられないしさ。──さて、と。仕事の続き行こっか、京一。あ、二人共、寮に帰るの面倒臭かったら、ここで寝てっていいからね?」

だが、サボリ中だった仕事に戻るべく、すっと椅子から立ち上がった京一は、廊下へと向かいながら、ぽんぽんと、九龍と甲太郎の頭を叩くように撫でて、龍麻は、少年達それぞれに、にっこりと笑み掛け。

「あ、はーーい」

「何だ、二人揃って、サボりの最中だったのか?」

「いーんだよ、抜け出す奴もいねえし、侵入して来る奴も、滅多にゃいねえんだから。──じゃあな。お休み。又、明日な」

「行ってらっしゃい」

「ああ。又、明日」

九龍と甲太郎は、見回りの仕事に戻って行った青年達を、揃って見送った。

「……目一杯お言葉に甘えさせて貰って、このまま、泊めて貰っちゃおっか、甲ちゃん」

「そうだな。流石に眠い。限界だ……」

「もしかして、甲ちゃん、不眠の自己記録打ち立てたんでない?」

「……正直、ここに来てからは、気力だけで起きてたのは確かだ」

「あっは。頑張っちゃったんだ」

「まあな……。……何と言うか、その……悔しくて」

「悔しい? 何が?」

「認めたくないんだが。本気で、心底認めたくないんだが、どうにも、色々な意味で、あの二人には敵いそうにもないからな。細やかな見栄を張りたくなったと言うか…………」

「………………うわー。どうしちゃったの、甲ちゃん。明日──もう、今日か。今日の天気を心配したくなるくらい、素直なこと言い出しちゃって」

「……うるさい。しょうがないだろ、流石に、認めざるを得ない。…………ああ、腹立たしい事この上無いぜ。馬鹿なあの二人に敵わない、とか思う瞬間があるなんざ……」

それじゃー、と見送った二人が消えて、泊まって行け、との言葉に甘え、のそのそ、何時もの和室に向かいながら、流石に眠い、と呟き始めた九龍と、急に、これ以上起きていられない、との顔付きになった甲太郎は、ボソボソ、小声で言い合い始める。

「でも、甲ちゃんの気持ち、判るなあ……。俺も悔しいもん。何てーの? 男として悔しいっての? あの二人って、時々、ノリが猛烈に体育会系でさ、京一さんは、下ネタとか平気でかっ飛ばすお調子者だったりするし、龍麻さんは、おっとりさんで変な処天然な人だけど、二人共純粋に強いし。やっぱり俺達よりも大人で、気が付いた時には甘やかされてた、なんてこともあったりしてさ。……本当の兄貴が一遍に二人も出来たみたいで、俺は嬉しいんだけど。敵わない部分ばっかりってのは、悔しいんだよなー……。張り合おうってのが間違ってるかもだけど、張り合いたい」

ぞんざいに開けた押し入れから、ずるりと布団を引き摺り出し、適当に敷きながら語る彼等の話は、そんな風なもので。

「ま、向こうは『年寄り』で、俺達は若者だからな。年の功の部分を差っ引いて考えりゃ、いい勝負になるのかも知れない。どいつもこいつも、馬鹿だしな」

「……その『馬鹿』の中には、言うまでもなく、甲ちゃんも含まれてるよな?」

「………………遺憾ながら」

言いたい放題言いながら、整えた一つの布団に、二人は仲良く潜り込んで、部屋の灯りを落とした。