同じ布団の中に潜り、抱き合うように、身を寄せ合うように、眠りに落ちようとした彼等だったが、気合いや見栄で起き続けていられる限界さえも、実の処は疾っくに越えてしまっていたにも拘らず、二人揃って、中々、眠りの入口を探せなかった。

それぞれ、寝た振りだけはしていたけれど、甲太郎も九龍も、閉じた瞼の裏側で、想いを巡らせてしまっていた。

────彼等の背中を見ていると、時折、本当にどうしようもなく、悔しい、と思う。

雄の本能が思わせる感情でしかないのだとしても、いや、だからこそ、どうしても悔しい、と思う瞬間を迎えることあるのを留められず、なのに、九龍がそうであるように、もしかしたら、兄がいるというのは、こんな風な感じなのかも知れない、とそんなことを感じる瞬間があるのも確かで。

もしも、出来の悪い兄のような彼等と、そして九龍と、もっと早くに出逢えていたら、京一が「クソ喰らえ」と言った己が運命は、遥かに違っていたんじゃないか…………、と。

甲太郎は、眠った振りをしつつ、つらつらと考えてしまい。

────幾ら、あの《墓》の解放とは直接関係のない相手であり、関係のない戦いであるとは言っても。

異形との戦いは、彼等、『宿星の者達』の宿命であるとは言っても。

そこの全てを、おんぶに抱っこ、では申し訳ない事この上無さ過ぎる。

疾っくの昔に覚悟を決めたし、疾っくの昔に開き直りもしたけれど、あの《墓》の全てを解放したい──いいや、してみせる、と決めたのは、結局の処、己自身の為で、己自身の『欲』の為で。

誰に、何に止められても、進むのを止めない、との決意の全て、『我が儘』でしかないのに…………、と。

九龍も、眠った振りをしつつ、悶々と考えることを止められず。

その夜も、彼等二人とも、揃って、上手く眠ることが出来なかった。

十二月二十三日、木曜の朝は、布団から抜け出たくない、と心底思う程、酷く寒い朝だった。

空模様も決して良いとは言えず、天気予報は、このまま天気と気温が下り坂を辿り続ければ、五年振りに、ホワイトクリスマスになるかも知れない、と告げていた。

ここ最近は頓に、真っ当に勤めているとは思えぬアルバイトの夜勤から帰って来た青年達と入れ替わるように、寝不足が過ぎてしまって半分も開かない目を擦り擦りしながら、もぞもぞと起きて来た九龍と甲太郎は、警備員のマンションを出て一旦寮へ戻り、着替えや支度を整えマミーズへ行って軽食を摂って、ふらふらした足取りで登校した。

「おっはよー、九チャン、皆守クン。寒いねー、今朝はベッドから出るのが辛かったよ」

何処にも覇気の感じられない歩き方で歩道を行く彼等に、やって来た明日香が声を掛けた。

「あー、おはよー、明日香ちゃーん……」

「朝から元気だな……」

「え、どうしちゃったの、二人共? 二人して、顔に、寝不足です! って書いてあるよ?」

唯でさえ緩かった歩調を更に緩め、のそお……と振り返った二人の、どんよりとした表情に驚き、彼女は声を張り上げる。

「ふぁーあ、うるせぇなぁ。朝っぱらから大声出すんじゃない」

「だってさ」

「夕べ、急にファントムが出てさー……。その所為で、俺も甲ちゃんも『労働』しなくちゃならなくてねー。で、寝不足って奴」

「成程……。何とかなったの? 呼んでくれれば良かったのにぃ」

「御免。色々、手とか打ってる暇ないくらい、急だったんだ」

彼等が酷い寝不足な理由は、何時ものことの所為だ、と知って、彼女は少しばかり拗ねてみせ、八千穂の声が頭に響く、とあからさまに顔を顰めた甲太郎の横で、九龍は誤摩化しを言った。

「あ、そうなの? それじゃ仕方無いね」

「うん。御免ね? ああ、それにしても眠い…………」

「……九ちゃん、保健室に行かないか? 限界だ。本当に俺は限界だ……」

「行く。行く行く。大賛成。俺、このまま起きてたら死ぬ。マジで」

言い訳を、明日香がすんなり受けるのを待ち、甲太郎は、保健室へ行こうと九龍に誘いを掛け、一も二もなく、誘われた彼はそれに乗り。

「んもう、二人して……。でも、仕方無いか。なら、今日はあたしが上手く誤摩化しといてあげるよ!」

「悪いね、明日香ちゃん」

「任せた、八千穂」

歩道を辿り終え、昇降口を抜け、明日香は自分の教室へと、九龍と甲太郎は保健室へと、それぞれ分かれた。

「うーーー、ベッドぉぉ……。保健室のベッドぉぉ……」

「直ぐそこだ。直ぐそこに、ベッドが…………。布団が……」

明日香が三階へと続く階段を昇って行く足音を遠く聞きながら、今の彼等にとっては理想郷にも等しい、目前の保健室へと足を向け。

「九龍センパイ」

理想郷への扉に手が届く! と思ったその瞬間、二人は少年の声に呼び止められた。

「おはようございます。昨日はどうも」

「あ、凍也。おはよー。体、大丈夫?」

「ええ、まあ。お陰様で。……センパイって、フレンドリーっすよね。そういうの慣れてないんで、どういう態度で接すればいいのか……」

何だよ! と振り返ったそこにいたのは夷澤で、おお、と九龍は、理想郷への一歩目を阻止され、急速に『機嫌が悪いですオーラ』を放ち始めた甲太郎を気にしつつも、友情笑顔を浮かべ、彼の浮かべるその笑みに、夷澤は、えーと……、と戸惑いながら一歩引いた。

「フレンドリーにはフレンドリーで返す。それが、世界の鉄則だ」

「……何の世界っすか。俺には理解し難いっすよ。──センパイ。実は一寸、センパイの耳に入れておいた方がいいと思うことがあったんすよ」

「お? 何々?」

「俺と同じクラスに、響ってのがいるんすけど」

「知ってるよ。五葉っしょ? 響五葉」

「あ、知ってたんすか。どうも、今朝から響の様子がおかしくて……。俺が操られてた件もあるし、気を付けた方がいいんじゃないかと……。それに、色々とセンパイを狙ってる奴も多いと思うんで」

「ふーん……。五葉がなあ……。どーしちゃったんだろ。何か遭ったのかな、五葉。又、苛められっ子に何かされたとか……」

「さあ……。俺には、何とも」

「どう思う? 甲ちゃん?」

「……どうでもいい。今は何も彼もがどうでもいい。寝てから考えろ。俺も、寝不足が解消された後になら考えてやる。それに、どの道もう授業が始まる。昼休みまでは放っといても問題無い筈だ」

「…………お、それもそっか。うん」

「兎に角、そういう訳で。俺の言いたいのはそれだけっす。それじゃ、失礼します」

「おう。サンキューな、凍也。──さ、甲ちゃん、寝よう! ルイ先生に頼み込んで、目一杯寝ようっ!」

「ああ。カウンセラーに駄目だと言われても寝る。俺は寝る……」

一報を告げ、ぺこりと軽く頭を下げて去って行く夷澤へ、又なー、と九龍は声を掛け。

曰く『駄犬』をあっさり無視し、甲太郎は保健室の扉に手を掛け。

「どうしたんだ、朝から」

「おはようございます、ルイ先生。──先生! 後生です、寝かせて下さいっ! も、死ぬー!」

「やれやれ…………」

一時限目の授業が始まる直前だと言うのに、何をしに? と定位置の椅子に腰掛けたまま振り返った瑞麗に、九龍は、渾身の訴えをぶつけた。