「《転校生》──葉佩九龍。こうして、二人きりで話をするのも久し振りだな」

「あ、そうかもね。二人っきりってのは久し振りかも。誘ってくれれば、俺は何時でもお相手するよーん」

「では、今。……丁度、お前に会いたいと思っていた。《生徒会長》としてな」

「《生徒会長》としての帝等に次に会うのは、あそこで、だと思ってたんだけどな、俺は。出来ればさー、校舎の中でくらい、友達として会わない?」

「……俺は、お前を友とは思っていない」

「おーや、つれない」

相変わらずの黒コートに、相変わらず両手を突っ込んだまま、現れた時よりも己へと近付いた阿門へ、嘘か真か、九龍が親愛をぶつけてやれば、阿門は僅か肩を竦めた。

「葉佩九龍。再三に亘る俺の忠告も、お前には無駄だった。《転校生》というのは、皆同じなのだな。好奇心が強く、平然と校則を破り、学園の秩序を乱す。その反体制的な言動は他の生徒や教師達に伝染病ウィルスのように広まって、放置すれば、悪影響を与え兼ねない」

「…………やー、幾ら俺でも、病原菌扱いされるのは、ちょーーーっと心外なんだけど。……宝探し屋が、好奇心旺盛でなくてどうすんだっての。好奇心の持ち合わせがない奴が、宝探し屋なんかやる訳ないっしょ? 平然と校則を破るのだって、俺の立場から言えば当たり前。墓地に行っちゃいけないって校則破んなきゃ、俺、仕事になんないし。それが、学園の秩序を乱してるって言われちゃえば、反論の余地はないけどさ。帝等の言う『学園の秩序』ってのは、『この場所の秩序』っしょ? 本当の意味での、『天香学園の秩序』じゃないっしょ?」

「それは、屁理屈と──

──俺の言うことが屁理屈ってんなら、俺も言わせて貰う。『秩序』の為に、あんなんが眠ってるここに、こんな学園拵えた、帝等のご先祖様がやったこと、言い訳してくれよ。……出来る? 出来ないだろ?」

「……貴様…………」

「…………仕方の無かったことなのかも知れない。帝等のご先祖様は、ご先祖様なりに、精一杯のことをやったのかもだけどさ。この地の──この世界の為に。……帝等のご先祖様の所為じゃないよな。勿論、帝等の所為でもない。あんな物をここに拵えて封印した、どっかの誰か達に責任ってのはあるんだって、俺も思うけど。…………でもな、帝等。唯、守り続けるだけじゃ、唯、押し付けられた使命に従順なだけじゃ、何も変わらない。何時まで経っても、今の繰り返しが続くだけだ。────これを、帝等に言うのは、三度目になるけど。俺は、あそこの全てを解放してみせる。『想いの墓場』を、只の遺跡にしてみせる。下らない使命も、下らない運命も、一七〇〇年もの間繰り返されて来た不幸も、全部、断ち切ってやる」

肩を竦める、という、誰もがする仕草を阿門が見せたのは一瞬のことで、直ぐさま彼は、ヒトとは少しばかり隔たりを感じる風な雰囲気を取り戻し、不躾な言葉を淡々と吐いて、九龍はそれに、同じく不躾な言葉と正直な思いを投げ返した。

「……その為に、お前は全てと戦うのか。何が、お前の前に立ちはだかっても」

「…………うん。そのつもり」

「葉佩九龍。……お前は本当に、己がその想いの為に戦っていると、断言出来るか?」

自身も思う処があるのだろう『先祖』のことを持ち出され、一瞬顔色を変えたものの、憤りは直ぐさま流したのか、阿門は又、淡々と言葉を重ね始めた。

「へ? えーーーと……、どういう意味?」

「……全ての生物の行動は、ある物に起因している。……遺伝子だ。お前の行動も、遺伝子が引き起こしている結果に過ぎない」

「あーーー……。『セルフィッシュ・ジーン』の話? 人は、遺伝子という存在を生き残らせるべく、盲目的にプログラムされたロボットにしか過ぎないって、あの説っしょ? この辺は、俺よりも甲ちゃんの方が得意な分野の話だけど、俺も、それくらいは知ってるよ。……でも、だから? それが、どうしたっての」

「人は絶対に、己を象り、司る遺伝子に勝つことは出来ない。もしも、運命という極めて抽象的なモノさえも、遺伝子に関係しているのだとしたら、尚更。俺達が、両親から受け継いだ遺伝子は、数百万年に亘る祖先の経験の影響を受けている。人は、『己が己として在る』前に、既に出来上がっている。遺伝子の乗り物として、な。……だから。もし、お前の遺伝子情報に、俺に敗北する未来が書き込まれていたら、お前は決して、俺に勝つことは出来ない」

「………………かもね。もしも、運命というモノすら、産まれる前から遺伝子に書き込まれてる絶対不変の物なら、帝等の言う通り、俺の遺伝子に、帝等に勝てないって記録されてれば、俺は絶対に勝てないんだろうね。それくらい、遺伝子は絶対かも知れない。遺伝子がどうだろうと、人には心があるって言ってみたくもあるけど、心でさえ、ミーム──心の中の情報単位に左右される、なんて説があるそうだから? 運命も、心も、魂も、数百万年に亘って連綿と受け継がれて来た二重螺旋構造と、それに基づき造り上げられた臓器と肉塊が生み出す、幻影にも似た、単なる記録でしかないかも知れない。………………でもな、帝等。例え、この世の真理がそうだとしても。遺伝子に、何がどう刻まれていようと。そんなの、俺には関係ない。俺は、俺の想いに、正直に生きるだけ。──やってみなけりゃ判らない。運命なんて、クソ喰らえだ」

揺るがぬ瞳で、ヒトの全て──運命さえも司るかも知れない遺伝子の絶対を語る阿門に、九龍は噛み付くように言い返し。

「そうか。だと言うなら、お前に、『この世の理』を教えてやる。俺の《力》を見せてやろう──

京一直伝の一言を彼が最後に告げたら、ふっ……、と阿門は笑って、《力》を、と呟いた。

途端、辺りより、砂が蠢くような音がし始め、音はやがて、ざわざわと大きくなって…………──

「あの…………」

──と。その音を遮るように、か細い声が、阿門の背に掛かった。

「何だ、お前は?」

「あれ、五葉」

阿門と九龍が、声へと視線を巡らせれば、そこに立っていたのは響だった。

「あの……、《生徒会長》さんですよね?」

「だから、何だ?」

「ぼ……僕は、うっ、生まれ変わったんです」

九龍に呼び掛けられても、響は、決意を秘めた風な目で、じっと阿門だけを見詰め、訴えを始める。

「……? 生まれ変わった?」

「僕は、もう昨日までの僕じゃない……。貴方を倒して、僕が強いことを証明してやるんだ」

「突然現れて、何を言っているのか意味が判らないが、お前が俺を倒すだと? お前如きが、俺を倒すことなど出来ない。止めておけ。──葉佩。命拾いしたな。邪魔が入ってしまった。今回は見逃してやろう。そこの下級生に感謝するんだな」

自分は生まれ変わっただとか、貴方を倒すだとか、己を見詰めながら言う響に、阿門は不思議そうな顔をし、九龍にも、響にも背を向けた。

「待ってっっ!!」

「あ、帝等! って、五葉? ────うわっ!!」

無防備に晒された黒コートの背に、響は声を張り上げ、阿門も響も止めようとした九龍の目の前で、廊下の窓ガラスが、先日のように一斉に割れた。

「ガラスが……? お前がやったのか?」

高い悲鳴にも似た声で響が一声を放ったたけで、バリン! と音を立てて砕け散った数多の窓ガラスに、流石に阿門も足を留め、響の前へと踵を返す。

「………………」

「成程……。俺に挑むだけの《力》を持っているという訳か。だが、その《力》、何処で身に付けた?」

「あ……、あっ、赤ん坊の頃から、僕が大声を出すと……。夜泣きの度にガラス戸が震えたり、苛められて泣いて帰る途中、街灯の蛍光灯が破裂したり……」

眼前に立ちはだかった阿門に、ひいっと小さく息を飲みつつも、両手を握り締め、響は話し出した。

「赤子の頃からだと?」

「その所為で、近所の人や友達皆、僕のことを、怪物とか、呪われた子だと……。でも、成長するに連れ、原因が判って来たんです。原因は……僕の声にあるって。どうしてだか判らないけど、感情が昂ると、僕の《声》は高周波を帯びるんです。だから、僕は、ずっとマスクで口を塞いで隠して来ました。誰にも、この《力》を悟られないように……」

「先天的な、遺伝子異常か。極稀だが、それにより、生まれながらにして《力》を持つ者がいるというが……」

「うーーん……。五葉の《力》の件に関しては、帝等の今の意見に賛成するしかないかなー……」

打ち明けられた彼の秘密に、思わず、と言った態で、阿門と九龍は、視線を合わせた。

「でも、僕は…………、僕はもう、こそこそ隠れて過ごさなくていいんですよ。この《力》が必要だと言ってくれた人がいたから」

うっかり、横目で阿門と見詰め合ってしまって、さて、この雰囲気では一戦始まるかも知れないけど……、と九龍が二人の出方を窺った間に。

響は、酷く誇らし気に胸を張り、きっと、阿門を見据えた。