十二月二十三日 木曜 午後四時二十分──天香学園校舎屋上

夕日の大半が、高層ビルの向こう側に消えた学園の空から、爆音が響いて来るのを聞き付け、明日香は屋上で真上を見上げていた。

「え……? ヘ、ヘリコプター……? 何であんな物が、こんな所にっっ!?」

「明日香ちゃん!!」

唯、呆然と数機の軍用ヘリを見詰め、屋上の柵にへばりついていた明日香を、バシン! と重たい鉄の扉を思い切り蹴り開けて、屋上に飛び込んだ九龍は呼ぶ。

「九チャンっ! ねえっ、何、あれっ!?」

「明日香ちゃん、携帯貸して! 甲ちゃんの番号、明日香ちゃんなら登録してあるよなっっ?」

「え? あ、うんっ。前に、無理矢理皆守クンから聞き出して、登録してあるよっ。えっと……、はいっ!」

「有り難うっ! ──いい? 明日香ちゃん、落ち着いて、俺の言うことよく聞いて。俺が、安全な所まで明日香ちゃんを連れてくから、そしたらそこで、俺かバディの誰かから連絡入るまで、じっとしてて。判った?」

「う、うんっっ」

青褪め、慌て、としている明日香を何とか宥め、彼女が差し出した携帯をふんだくるように受け取ると、彼は、焦る余りにもたつく指で、何とかアドレスを開き、甲太郎へと電話を掛け始めた。

同時刻──音楽室

「外が騒がしいな…………」

居残って、音楽室にてピアノを奏でていた取手は、耳朶を叩いた騒音──爆音に、鍵盤を弾く手を止めた。

「何だろう……。──あ、携帯……?」

椅子より立ち上がり、窓辺へ彼は寄ろうとしたが、不意に鳴り出した携帯が、彼のその動きを止める。

「はい。取手…………。…………あ……」

通話ボタンを押した途端、小さな機械の向こう側から聞こえて来た、馴染みのあるような、ないような声に、ピクリ、と取手は、肩を震わせた。

同時刻──理科室

「何ですのぉ? お空の方で、大きな音がしますけどぉ」

趣味の一環である爆発物の製造に勤しんでいた途中響き始めた、手許を狂わせ兼ねない大音量に、リカは、綺麗に整えられた眉を顰めた。

「んもう……。折角、九サマの為に……。──あら?」

ブツブツと、理科室の机の上に数多並べた薬品を眺め、カーテンで覆われた窓の向こう側へ視線を戻し、リカは、ピロ……っと鳴り始めた携帯を取り出す。

「リカですのぉ。…………あ、咲重お姉様ぁ」

彼女に電話を掛けて来たのは、咲重のようだった。

きゃぴっとした声で、嬉しそうにリカは受け答え。

「…………え? はーい。判りましたですのぉ」

うふふふふふ……、と楽し気に笑いながら、彼女は電話を切った。

同時刻──保健室

「……来たか」

黄昏が終わり始めた空を所々覆いつつ降下して来た軍用ヘリ達を、保健室の窓辺で見上げながら、瑞麗は煙管に火を点けた。

「…………ああ。私だ。どうだい、そっちは? 君達のことだ、放っておいても平気だとは思うが。気を付けるに越したことは……──。……葉佩と皆守? 職員室へ行くと言って、保健室を出て行ったが、連絡は取れないのか?」

丁度その頃、音楽室や理科室で、取手やリカの携帯が鳴っていたように、瑞麗の携帯も懐より震動を伝えて来て、紫煙を燻らせながら電話に出た彼女は、のんびり受け答える。

「…………判った。校舎の中は私が探してみよう。遊んで欲しいと、ねだって来る者達がいなければ、の話だがな。兎に角、見付け次第連絡する」

彼女に電話を掛けて来たのは、京一か龍麻の何方かだったようで、そうしてみても相手には見えないと判っていながら、彼女は頷きを一つ返した。

同時刻──男子寮正面玄関前

「軍用ヘリだと……?」

怠そうにポケットに両手を突っ込んだまま、寮への戻り道、黒塚に捕まっていた甲太郎は、チッと舌打ちをした。

「何だろう……。皆守君、あれ、何の騒ぎだと思う?」

「…………さあ、な。──っと……」

愛する水晶を抱え、ああだこうだ、甲太郎相手に立ち話をしていた黒塚も、校庭へと降りて行くヘリ達を眺め、肩を竦めて甲太郎は、メロディを奏でる携帯をポケットから引き摺り出した。

「俺だ。……九ちゃんか? 何で、八千穂の携帯──。………………あ? レリック? 喪部の奴か……。………………判った。何とかして、墓地の方に向かってみる。装備は大広間の魂の井戸に運んどく。お前こそ、物騒な連中の相手なんか一々するなよ。……じゃあ、魂の井戸で」

彼に電話を掛けて来たのは、明日香の携帯を借りた九龍だった。

「九龍博士かい?」

「ああ」

見上げて来る黒塚に、手早い連絡を終えた甲太郎は頷きを返し。

「……黒塚。お前、何処かに隠れてろ。万が一、乗り込んで来た連中に捕まっても、下手に逆らうなよ。大人しくしてりゃ、何とかなる筈だ」

「僕は、そんな向こう見ずな真似なんかしないよ。それよりも。拙いんじゃないのかい? 何か、出来ることがあるなら手伝おうか?」

くいっと、眼鏡の縁を持ち上げた黒塚は、うふ、と笑いながら水晶のケースを撫でた。

「お前にか?」

「……ああ、その口調は何となく心外だなあ。──僕は、石達の声が聴こえるんだよ?」

「だから?」

「と言うことは。物騒な連中が近くにいるとかいないとか。九龍博士のバディ──《執行委員》や《生徒会役員》の皆が傍にいるとかいないとか。どの道をどう通ったら安全とか。石達が、僕に教えてくれるってことだよ。石は、どんな所にもあるからね」

「…………お前のその体質が、こんな時に役に立つとは思わなかった」

手伝えることがあるなら、と言い出した黒塚へ、お前に出来ることはあるのか? と暗に甲太郎は言い掛けたが、ふふん、とちょっぴり得意げになった彼の主張に、ああ……、と会得を見せて再び携帯を開き。

「双樹か? 俺だ。お前、今何処にいる? ……女子寮? ……判った。未だ寮の辺りは無事だから、今直ぐ、女子寮の裏口に出てくれ。黒塚が行く。黒塚と合流して…………ああ、そうだ。……お前なら、大人数相手でも何とかなんだろ? ……じゃあな。そっちは任せた」

咲重と連絡を取った彼は、黒塚へ向き直った。

「女子寮裏手で、双樹さんと合流、ね。彼女の行きたい所に、案内すればいいのかな?」

「そうだ。頼んだぜ」

甲太郎が、咲重と打ち合わせたことを伝えるよりも早く、事情を察したらしい黒塚は頷き。

鉱石を愛して止まない彼は女子寮裏口へ、甲太郎は男子寮三階へと、それぞれ駆け出して行った。