午後四時四十分──生徒会室
「随分と、勝手な真似をしてくれる」
鳴り響いた校内放送を聞き終え、阿門は眉を顰めると溜息を付き、先程から幾度となく鳴る携帯を、再度取り上げた。
「……双樹か? 校舎の方に──そうか。ならば、そちらは任せる。……ああ、無理はするな。体育館周辺の施設の方には、神鳳と朱堂が向かった。講堂には、俺も行く。……ではな」
連絡を付けて来た咲重に抑揚なく伝えると、佇み続けていた窓辺より、学内中に散って行くレリック・ドーンの部隊達を眺め、電話を切って、彼は踵を返した。
「阿門さん」
「夷澤か。どうした?」
「俺も行くっす」
「…………そうか」
生徒会室を一歩出た廊下には、夷澤が控えており。
共に行く、と言った彼に一瞥だけをくれ、阿門は廊下を進んだ。
「神鳳さんと双樹さんは?」
「それぞれに、それぞれの役目を果たさせている。お前が気にすることではない」
「そうすか。…………こんな時だってのに、『休職中』とかの副会長は、何もしないんすか? 何処の誰なんです、副会長って」
「……それも、お前が気に掛けることではない。それに。レリック・ドーンとかいう連中が、あの《遺跡》を狙って学園に乗り込んで来るだろうと、事前に俺に伝えて来たのは《副会長》だ。あの者とて、働いていない訳ではない。お陰で、先に手が打てた」
「へ、え……」
夷澤はその正体を知らない、《副会長》のことを話しながら。
阿門と夷澤の二人は、堂々と正面から、生徒会室のある棟より、歩道へと出て行った。
同時刻──校庭
「放送室の占拠は終わったらしいな。総員、配置に付いたかぁっ!?」
プロペラの回転を止めた数機のヘリをバックに、校庭の直中に立つ、巨大と言える体躯をした男は、ふんぞり返って声を張り上げていた。
「マッケンゼン」
「おお、モノベ」
「お前が、支援部隊を指揮して来るとはな。──ペルーの遺跡以来か?」
「もう、そんなになるか? だが、又、こうしてお前と組めるとは、嬉しいぜ、モノベ」
校内のあちらこちらに散開して行った、アーマーを着込んだ部下達を、高笑いと共に見送っていた男──マッケンゼンに、のんびりとヘリより降りて来た喪部が声を掛け、彼等は暢気に会話を始める。
「《鍵》は手に入ったのかよ?」
「優れた僕が、手に入れられない物はない」
「流石だな」
「それよりも。《秘宝》を手に入れるまで騒がれると厄介だ。どれぐらいで、この学園を制圧出来る?」
「十五分」
「九分だな」
「それは、無茶──」
「──マッケンゼン」
「……判ったよ。十三分でどうだ?」
「…………仕方無い。──それじゃ、《遺跡》へ案内しよう」
交わす言葉も、風情も、のんびりとしたそれだったが、彼等が話している内容は、決して穏やかなものなどではなく。
「その前に、辺境の島国の猿が、恐怖に慄いている姿を見たいもんだなあ」
レリック・ドーンの戦闘部隊を率いて来た彼は、悪趣味なことを言い出した。
「僕達の任務は、《遺跡》へ行って──」
「──いいじゃないかよ。略奪も殺戮も、楽しまないとな。それに、俺様は、ガキが泣き叫ぶ声を聞かないと盛り上がらないんだよ。俺様が、《オデッサ機関》にいた頃から今日まで、何で挽肉製造機と呼ばれているか知ってるだろ?」
「……僕は、ナチズムに興味は無いよ」
「詰まらないこと言うなよ。さぁ、行こうぜ、モノベ」
──第二次世界大戦後に生まれた、ナチスの戦犯の逃亡を助ける組織の一つ、オデッサ機関。
そこよりレリックへと『転職』を果たしたマッケンゼンの、年季の入った悪趣味に、流石の喪部も嫌そうな顔をしたが、マッケンゼンは仲間の態度を笑い飛ばし、講堂へ行こうと彼の肩を叩いた。
「行くんなら、お前だけ行くんだな。僕は、先に《遺跡》に向かっている」
けれど、どさりと肩に乗った、ソーセージの如くな指先を喪部は払い落とし、踵を返した。
「全く……。日本人ってのは真面目過ぎていけないぜ」
校庭を横切って行くその背へ、詰まらない、とマッケンゼンは肩を竦め、控えていた数名の部下を引き連れ、のしのしとした足取りで、講堂へ向かった。
同時刻──中庭
M―16アサルトライフルを構えた武装兵達に、男性教諭と、数名の生徒達が囲まれていた。
「なっ……何なんだ、君達はっ!」
「校内放送が聞こえなかったのか? 我々は、レリック・ドーンだ。この学園は、我等が占拠した」
「レリック・ドーン? 何だ、それはっ。……誰か! 誰か、警察を──」
「──抵抗する者は、容赦無く射殺すると告げた筈だ」
兵士達が構えているそれが、紛れもない実銃だという実感が湧かぬのか、教師は無謀にも兵達に食って掛かり、ガスマスクで顔を隠した兵の一人が、事も無げに引き金を引いた。
「うぎゃあああああっ!!」
タン……、と、思いの外軽い銃声が響き、潰れた声の悲鳴を放った教師は、もんどうり打って、中庭の煉瓦の上に倒れた。
「きゃあああああっ!」
「ひ、ひぃぃぃ……っ」
軽過ぎた銃声、上がった悲鳴、肉を貫いて行った弾丸、煉瓦を染め出した夥しい血。
それ等を聞き、そして見た生徒達から、叫び声が放たれた。
「た、助けてぇぇぇっ!」
「嫌ーーーーっ!!」
銃声と血と悲鳴はパニックを齎して、そんなことをしたらどうなるかすら考える間もなく、生徒達は一斉に、思い思い駆け出し。
「貴様達!」
兵士達は次々、ライフルを構え直した。
「螺旋掌!」
「奥義、円空旋!」
──と、バラバラと、革靴の足音響かせ散って行く生徒達の間から、二つ、人影が飛び出て、影達は、強い声で一声ずつ叫ぶと、拳を、剣を振るい、武装兵達を吹き飛ばした。