午後五時──廃屋街

六人ずつの小隊を組み、学内の隅から隅までを掌握しようと動き始めたレリック・ドーンの兵達の目を逃れ、遠回りにはなるけれど……、と歯噛みしつつ、九龍は廃屋街の中を抜けていた。

「うう……、貴様等は、一体……?」

人気ないそこを、縫うように彼が進んでいたら、近くより喧噪が湧き、やがて、レリックの者らしい男の呻き声が聞こえ。

はっと、彼は物陰に身を潜める。

「自分は、墨木砲介でありまスッ!」

「モウ気ヲ失ッテイマスヨ。ナムアミダブツデス……」

が、直ぐに、馴染みある声も聞こえて。

「砲介! トト!」

九龍は、潜んでいたそこより飛び出た。

「隊長!」

「ゴ無事デシタカ、我ガ王」

「うん! 二人共、無事で良かったー! 二人も、充か咲重ちゃんに?」

「そうでありまスッ! 生徒会長ドノより、神鳳ドノ伝で、迎撃の命が下ったでありまス!」

「ココハ、僕達ガ守リマス。我ガ王ハ、早ク《墓》ヘ」

「廃屋街の敵は、一掃済みでありマス!」

「おうっ。サンキューな、二人共! 気を付けて!」

これまでに行き会ったバディ達のように、墨木もトトも、学園の為に戦っていたのだと知り、笑みと励ましを送って、レリックの存在を気にせずとも良くなった廃屋街を一気に駆け抜け、外壁沿いに、匍匐前進で、ヘリの安全を確保している兵達のいる校庭をやり過ごし、整備員室近くを通り、武道場や弓道場脇に、彼は辿り着く。

「……九龍君?」

「あらっ。ダーリンっ!」

「うおおっ! 充に茂美ちゃんっ。心臓に悪いから、弓とダーツ、引っ込めてっ」

何とか進んだそこで、彼は今度は、神鳳と朱堂に行き会い。

蠢く気配に、レリックか、と弓矢とダーツを構えながら近付いて来た二人に、慌てて九龍はホールドアップしてみせた。

「無事でしたか。良かった……」

「ダーリンが何ともなくて、アタシ、泣けて来ちゃったわっ」

「俺もー。二人共、無事で良かった……。もしかして、こっちに来たあの連中は、二人が?」

「ええ。阿門様の御命令で。どうしてかは僕にも判りませんが、阿門様は事前に、あの礼儀知らず達が乗り込んで来ることを、ご存知だったようなんです。それで、双樹さんと僕とで、手分けして、執行委員だった者達に連絡を取って」

「そうそう。そういう訳なのよ! アタシも頑張ったわー」

「あ、うん。《生徒会》は《生徒会》で動いてるって、校舎の中で行き会った皆に教えて貰った。──さっき、腹立つ放送掛かったけど……、生徒の皆、講堂に向かったのかな?」

気配の主を知り、武器の構えを解き、事情を語る神鳳と朱堂の声に耳貸しながら、へぇ、帝等がね……、とは思ったものの、それを顔には出さず、ふんふん、と九龍は頷いてみせ。

「そのようですね。あの放送が掛かった直後に、教員の一人が撃たれたらしいんですよ。それが、目撃者達から噂として生徒達に伝わったようで、皆、大人しく従ったみたいですね」

「………………武器の一つも持ってない筈の相手、撃ちやがったんだ、あいつ等……」

「でも、一命は取り留めたみたいよ。それに、従ってる限りは、あいつ等も無闇に撃ったりはしないんじゃないかしら?」

「……多分ね。連中の目的はあそこの《秘宝》だから、皆が大人しくしてれば、意味の無い発砲も、これ以上はしないと思うけど……。…………急がなきゃ……」

続き聞かされた、教師が狙撃されたとの事実に、彼は、地面を踏み鳴らして憤りを露にし、不安そうな表情を浮かべた。

「マミーズ辺りは、肥後君と、舞草さんと、千貫さんが守ってくれているそうです。千貫さんの話では、蓬莱寺さんと緋勇さんも、動いているようですね。……本当に、何者なんです? あのアルバイト警備員さん達は」

「だから、あの二人は俺の兄さんだって。気にしない気にしない。……でも、二人が一旦墓地を離れたとなると…………。──御免、充、茂美ちゃん! 俺、行く! 二人共、気を付けてな!」

その上、この騒ぎの所為で、遺跡を見張ってくれていた龍麻達が、墓地から離れざるを得なくなったと知って、彼は、二人を残して駆け出した。

「あ、九龍君!」

「《墓》に行くのねっ? 無事でいてね、ダーリンっ!」

又後でー! と手を振りながら叫び、走って行く九龍の背へ、神鳳と朱堂は、気遣わし気な声を送った。

同時刻──天香遺跡大広間 魂の井戸

武道場近くで九龍がバディ達と行き会っていたその頃、ここ最近、九龍が愛用している武器や装備一式と、弾薬や救急アイテムも詰められるだけ詰めたスポーツバッグを担いで、甲太郎は、寮へと駆け込んで来た誰かが齎した、教員狙撃の目撃談があっという間に広まったが為、大人しく、レリック・ドーンの放送に従う気になったらしい生徒達が講堂へ向かう波に紛れ、武装兵達に見咎められることもなく、遺跡大広間の、魂の井戸に辿り着いた。

無事に到着出来たそこに滑り込み、誰の気配もないのを確かめてから、薄い隙間だけを残して扉を閉め、外の様子を窺えば、騒々しい音と共に、幾人かの者達が、墓地の穴より大広間へと降下して来たらしいことが察せられ、レリック達よりも先に魂の井戸に滑り込めた己のラッキーと、間に合わなかった九龍のアンラッキーとを秤に掛けつつ、甲太郎は気配を消した。

そのまま向こうの気配を探れば、侵入者達は脇目も振らず、一つの扉を目指したのが判り。

どうやらそれは、十一番目の扉──《墓守》としての甲太郎が守るべき区画へと続く扉らしいと、そこを守護している当人は、どう手を打つべきか、一瞬考え倦ねたが。

己と戦い、化人を出現させ、且つ倒さなければ、区画が解放されることはないし、阿門が守護している場所への扉が開かれることもない筈だと自分に言い聞かせた彼は、大広間に喧噪を撒き散らしつつ扉を潜って行く男達の気配が消えるのを待って、携帯を取り出した。

「阿門か? 俺だ。今、《墓》にいる。レリックの連中が────ああ、あそこに向かった。そっちは? …………判った。こっちは多分、何とかなる。『援軍』がいるしな。……じゃあな、切るぞ」

──レリック・ドーンも、誰にも探られたくない痛い腹を抱えているだろうが、痛い腹を抱えているのは《生徒会》も同様で、《生徒会》との関わりを持たない生徒や教職員や近隣住民に、然るべき筋に通報されたとしても、無闇に痛い腹を探られる訳にはいかない、の部分でのみ、双方の利害は遺憾ながら一致するので、通信手段を奪うような、手の込んだ真似まではしないだろうと踏んだ通り、何も労せず、彼は阿門と連絡を付け、二言、三言で電話を切ると、今度は、京一の携帯を鳴らした。

「京一さ──。……何で、いきなり怒鳴るんだ、あんたはっ! あ? 何処に電話って……俺にだって都合ってもんがっ。……ああもう、だからっ! 連中が、《墓》の奥へ向かった。────そうだ。俺は、大広間の魂の井戸にいる。九ちゃんが、今こっちに向かってる筈で……。……ああ。ここで落ち合うことになってる。…………判った。そっちは、墓地に着いたんだな? なら、九ちゃんと合流したら、あんた達を追い掛ける。じゃあ、後で」

繋がった途端、耳を塞ぎたくなる程の大声を京一に出されたらしい彼は、不快そうに怒鳴り返してから、彼等の今を確かめ、自分達の今を伝え。

一刻も早く、無事に、九龍が魂の井戸に辿り着くのを待つしかすることがなくなってしまった自身を宥めつつ、恋人の到来を待ち侘びた。