同時刻──講堂
従順に講堂に集まって来た、生徒や教職員達を一瞥し、マッケンゼンは、下卑た笑い声を立てた。
「げははははは! ようこそ、我がレリック・ドーン主催のパーティーへ!」
おどけた素振りで言い放ち、講堂の高い天井へとハンドガンの銃口を向けた彼は、数発分の銃声を響かせ、人々を威嚇する。
「きゃあっ!」
「銃っ! あの人、銃持ってるっ!」
「本物だ……。じゃあやっぱり、先生が撃たれたって話は…………」
「嫌ぁぁっっっ!!」
玩具のそれとは思えぬ音と、パラパラ、天井より降り注いで来た細かい破片に、生徒達は一斉に悲鳴を上げる。
「そうだ! 叫べ、叫べ! 泣き叫べ! ……いいねえ。何よりも、耳にいい」
講堂を満たし始めた悲鳴に、又、彼は愉快そうに笑い。
「おいっ? どうした? 応答せよ! 何が遭ったっ!?」
「……? 何事だ?」
しかし、傍らより聞こえて来た通信兵の焦りの声に、すっと笑いを引っ込めた。
「突然、アルファ班とブラブォ班からの通信が途絶えました! チャーリー班との連絡も取れません!」
「何だと……? さては、モノベめ、しくじったなっ! おい! お前達はここを見張っていろっ、俺は《遺跡》に向かうっ!!」
各部隊の者達との連絡が、次から次へと取れなくなっている、との報告を受け、顔色を変えたマッケンゼンは、巨体を揺らし、講堂から駆け去って行った。
「…………何……? 警察か何か?」
「来てくれたのかな……」
「判んないけど……。でも、あいつ、慌てて出てったし……」
焦りを隠すことも出来ぬまま講堂を出て行った彼の様子に、生徒達はヒソヒソと話し始め。
「そこ! 何を勝手に話している、大人しくしないかっ!」
小声を洩らし始めた一団へ、兵士の一人は銃口を向けた。
「ぽいっ、ですっ!」
────と、突然、講堂の片隅で爆発が起こり、出入り口を固めていた数名の兵士達が吹っ飛んで。
「この曲を聴かせてあげよう……」
「何だっ!? うわあああっ!」
別の兵士達数名は、両耳を押さえ、床の上でのたうち回り始め。
「死に急ぐか!」
更に別所では、木刀に打たれた男達が次々と倒れた。
「一体、何が……。──き、貴様!?」
「ふふふっ」
仲間達が次々と倒されていく姿に動揺した、中隊長らしい年配の男は、銃口を振り回しつつ辺りを窺って、何時しか背後に立っていた女生徒へと狙いを定めたけれども。
「う…………」
彼も、彼の周囲にいた兵達も、不意に漂い始めた甘い香りに意識を奪われ、昏倒した。
「もう、楽しい夢の中かしら? そんなマスクくらいじゃ、あたしの香りは防げないわ」
「双樹」
「……阿門様。講堂の方は、無事に」
彼等を昏倒させた甘い香りを生み出した主──咲重は、やって来た阿門に声掛けられ、にこり、微笑んでみせる。
「遅くなった。途中で邪魔が入ってな。一人で大丈夫だと言い張るので、夷澤に任せては来たのだが……。──ご苦労だった。もう一仕事、頼む。俺は、学内を巡って来る」
「お気を付けて。お任せ下さい、皆の記憶の辻褄は、上手く合わせておきます」
「うむ」
咲重に声を掛け、それぞれの役目を終えこちらへと向かって来ている、リカや取手や真理野をちらりと見遣り、レリック・ドーンの手より解放されつつある講堂を見渡してから、阿門は再び、学内の何処へと消えた。
同時刻──墓地
「あ? 甲太郎かっ!? お前、何処の誰と電話してやがった、このクソ忙しい時にっ!! ……都合って……、そりゃそうかも知んねえけどよ! ──連中が、《墓》に? 喪部の奴もか? ……判った。俺とひーちゃんは、丁度今、墓地に着いたトコだ。……大広間の魂の井戸? お前はそこにいるんだな? 九龍も、そこに来んだな? 判った、なら、九龍が来るまで、お前はそこ動くんじゃねえぞ。俺達は一足先に、喪部の奴追っ掛ける。……おう。じゃあ、後でな。気ぃ付けろ」
墓地の入口へと駆け込んだ途端、鳴り出した携帯を乱暴に取り上げ、電話を掛けて来た甲太郎と、勢い怒鳴り合いつつ京一は打ち合わせた。
「皆守君? やっと、連絡取れた?」
「ああ。もう、この下にいるとよ。九龍も、こっち向かってるそうだ。……ったく…………。まあ、あいつにはあいつの都合があるって言い分が、判らねえ訳じゃねえけどよー」
「皆守君は副会長さんなんだから、きっと、学園の為にしなきゃならないこともあったんだよ。彼、案外真面目だからさ」
「まーなー……。ま、いいか。──さーて、行くとすっか、ひー…………。──誰だっ!?」
電話を切っても尚、ぎゃあぎゃあと文句を垂れる京一を龍麻は宥め、二人は、遺跡へと続く穴へと足先を向け……、が、感じ取った気配の先へ、京一は、先程よりずっと抜いたままの刀を構えた。
「大人しく、出て来……──。あれ? 如月?」
「何だ、お前かよ。何やってんだ、んなトコで」
──鋭い氣を放った彼等の前に、臆することなく姿見せたのは、如月だった。
敵ではなく、仲間であり友である彼の登場に、少しばかり肩の力を抜いた二人は、不思議そうに顔を見合わせ。
「配達の序でに、様子を見に来た、と言うか。まあ、そんな処だ。唯事でない騒ぎが起こっていると判ったからね」
当人に曰く、『顧客へのサービス』な忍び装束に身を包んでいる如月は、彼にしては至極いい加減な理由を口にする。
「ああ、宅急便の仕事か。こんな時にまで、ご苦労なこった」
「如月なら、どうってこともないんだろうけど……。何て言うか、仕事熱心だよねー……」
「……そんなことよりも。京一、龍麻。君達は、ここで何を?」
語られた『いい加減な理由』は、真実いい加減なもので、亀急便の配達、を大義名分として、龍麻や京一の様子を見る為に学園に忍び込んで来ていた彼は、詳しい事情を問い。
「実はさ……──」
龍麻は簡潔に、今、学内で起こっていることを伝えた。
「成程……。じゃあ君達は、その喪部とかいう異形を追って?」
「そういうこった。……じゃあな、如月。俺達、急いでんだよ」
「うん。御免、如月、又──」
「──待ちたまえ。僕も一緒に行こう。そういうことなら、人手は多い方がいいだろう?」
そういう訳だから、と説明を終えるや否や、京一も龍麻も如月へと背を向けたが、忍びの彼は、己も共に行くと言い出し。
「…………まあ……、手は多い方が、な」
「そうだね……。……じゃあ、如月、宜しく」
一瞬のみ悩みはしたが、有り難い申し出に素直に甘えることにし、如月を伴い、彼等は遺跡へと下りた。