天井も壁も床も全て、暗く赤黒い色した、岩石のような物で造り上げられているそこに一歩踏み込んだ途端、『H.A.N.T』が、大気温度の急激な上昇を伝えて来た。

「あ……つい? うぇ。暑っ!」

「何もしたくなくなる暑さだな」

『H.A.N.T』の合成音が示す通り、区画の中は、むっとする以上の暑さで、九龍は嫌そうな顔をし、甲太郎は天井を仰ぐ。

「ああ、そうか。ここの壁とか天井とかって、冷え固まった溶岩なんだ」

「凝った作りだ」

「や、そういう問題でもないかと。しっかし、狭い所だなあ……。ま、いいや、甲ちゃん、先行こ、先」

────順番から行って、ここを守っているのは甲ちゃんの筈で。

だとすると、本来なら、俺はここで甲ちゃんと戦わなくちゃならなかった筈で。

俺も複雑な気分だけど、甲ちゃんも複雑な気分だろうなあ……、と。

目が合わせられないと言わんばかりに、天井へと視線を流した甲太郎の態度を盗み見た九龍は、「甲ちゃんが、嘘を吐かなきゃならない話の流れになったら……」と、多くを語らず奥へと進んだ。

「やっはり、荒らされてるな」

「或る程度は覚悟の上。向こうさんがゴールに辿り着く前に、兄さん達が追い付くこと期待して、俺達は後追っ掛けるしかないっしょ。都合良く事が運んでれば、二人も、罠に引っ掛からずに済むしさ」

「……確かに」

『常世国入口』と、神代文字で記されているプレートが掲げられた狭い通路状のそこにも、次にあった『海坂の間』にも、爆破されたような痕があり、壁のあちこちに銃弾がめり込んでいて、あーあ……、と言い合いながら、彼等は駆ける脚を早める。

「あ、ほら。思った通り。溶岩通路の真ん中に、飛び石が出てる。誰かが、罠を解いたんだ」

「どうせ、レリックの奴等が解除したんだろうが、手間が省けて有り難い」

その先には、何処からどう流し込まれているのか思わず考え込んでみたくなる、煮え滾る溶岩の流れで満たされた溝があって、でも、溝の中央には、向こう側に飛び移る為の踏み石が一つ、競り上がっていた。

「んじゃ、飛びますか」

「……落ちるなよ。間違っても、ふざけるなよ」

「信用ないなー…………」

「何やらかすか判らないのが、九ちゃんだからな」

失礼な釘を、きっちりと甲太郎に刺されてから、九龍はそこを飛び越え、彼等は更に、奥を目指した。

時は、少々遡り。

時刻にして、午後五時を数分程過ぎた頃。

喪部達の後を追い、龍麻、京一、如月の三人は、溶岩流れるその区画に潜り込んだ。

「うお、あっちぃ! 何なんだよ、ここの暑さっ」

「俺、暑いの苦手なんだよなあ……」

「……君達も、立派な武人なのだから、たまには、心頭滅却すれば火も又涼し、くらいのことを、言ってみたらどうだい?」

今日は、一日中でも墓地に忍んで、喪部の動きを見張っているつもりだった京一や龍麻は厚着をしていたので、踏み込んだ途端、区画の大気温度には全くそぐわないその格好の内側を、タラリと汗が伝い始め、京一は喚き出し、龍麻は心底嫌そうな顔をして、相変わらずだ……、と如月は呆れたようにこめかみを押さえた。

「馬鹿をやっている場合ではないだろう? 先を急いだらどうなんだ」

「あ、そうだった」

「判ってるって。うるさく言うなよ、骨董屋」

至極真面目な質の、口うるさい彼の声に背を押され、つい先程、レリックの者達に踏破されたのが手に取れる区画の中を、足早に、気配と氣だけは殺しつつ、彼等は進んだ。

人一人が通るのが精々の幅しかない通路状のそこを、京一を先頭に、如月を殿しんがりに行き、爆破されて崩れた壁や、何をしようとしたのか、銃弾がめり込んでいる壁を横目で眺め、溶岩の流れる溝は、中央に競り上がっていた飛び石を利用し、難なく乗り越え。

左側面の壁を、やはり溶岩が滝のように流れ落ちている通路もやり過ごして、次に見えて来た扉に手を掛ける直前。

「…………いやがる」

「やっと、お出ましだね」

「人の気配と……ヒトならざるモノの気配、か。……多いな」

その先より漂う、人と、ヒトならざるモノ達の気配に、三人は一様に、表情を厳しくした。

「……ひーちゃん。如月。いいな? 開けんぞ?」

しかし、微塵も躊躇うことなく、京一は扉に手を添え。

「大丈夫」

「ああ。何時でも」

龍麻も、如月も、肩越しに軽くだけ振り返った彼に、こくりと頷いた。

「行くぜ!」

頷きを合図に、思い切り扉を開き、素早く中へと飛び込んだ京一は、今宵は何時になったら鞘へと収められるのかも判らぬ白刃を翻し、未知のそこの状況を探る為、又、改めて体勢を整える時間を稼ぐ為、剣掌奥義・円空旋と、剣掌・旋を立て続けに放って、姿は見えぬ、が、手に取るように感じられる気配達を、一先ず吹き飛ばし。

その脇から、龍麻と如月は左右同時に飛び出し、龍麻は巫炎を、如月は水裂斬を、それぞれ繰り出した。

「…………あ、あいつ、炎に弱いみたいだ」

「なら、あの、顔色の悪い二匹は任せたよ、龍麻」

「にしても……、何だ? あのガタイのいい連中。何で、頭に社なんか被ってんだよ」

「さーて。葉佩君達曰くの、『何処か遠くから来た馬鹿野郎達』のセンス?」

「いい趣味じゃねえな。ま、馬鹿野郎共なんだから、それも当たり前か」

「……相変わらず、君達二人は、無駄口を叩きながら戦うのが好きだね」

何と名付けられているのか彼等には判らないから、顔色が悪い化人、としか言えない、二匹の、老人のような呻き声を上げるそれは、火炎に弱いらしいと気付き、その相手を龍麻が請け負い、京一と如月は、三体程の、『ガタイのいい、頭から社を被っている謎化人』の相手に廻って、隙なく忍び刀を構えつつも、呆れの溜息を零した如月を他所に、龍麻と京一は、手足と共に、口先をも動かした。

「いーだろうが、別に。余裕だと思っとけ。──チッ、鬱陶しいな。何時までも、こいつ等と遊んでる暇はねえんだよっ」

「それには、同感だ」

「……と、いう訳で。──退け、ひーちゃんっ。如月っ。剣聖・天地無双っ!!」

この程度の相手なら、と余裕綽々の素振りではありつつも、時間が勿体無いと、予想外に粘る化人達を一掃すべく、龍麻と如月を飛び退かせ、京一は、最大奥義を放った。

いかを掌中で握り締めた如くな光と、大気と大地に有り得ぬ程の『重み』をも生む、京一の氣を源とした奥義は、古の時代の剣を構えていた化人達を、生まれた浮揚感と、次いで齎された、明らか過ぎる重力の中に巻き込み。

「久し振りにカマした天地無双の割にゃ、まあまあ、か?」

「そーだねー。京一の自己採点は、八十点ってトコ?」

「七十五点。ちーっと、この後のこと考え過ぎて、氣、出し渋っちまった」

断末魔の声と共に押し潰された化人が消えるのを待って、京一は肩に刀を担ぎ、龍麻は拳を下ろし。

「一体、中国でどんな修行をして来たやら…………」

五年前よりも、遥かに威力を増している、なのに『自己採点』では七十五点、な天地無双を目の当たりにして、如月は苦笑を浮かべた。

「さて、と。次は──

──ヒト」

「レリック・ドーン、か」

一戦終えた後の、狭いその部屋の直中に立ち尽くし。

軽い運動をしている風な態のまま、彼等は、それぞれの瞳の色だけを、少しばかり、濃くした。