完璧に隠れ遂せていると、レリックの兵達は思っていたのだろうが、氣をも探れる彼等を相手に、通常的な気配の殺し方をしてみても、無意味だった。

故に、強く大きい破壊音をさせ、天井を爆発物で破り、ロープ伝いに滑り下りた兵達が、その部屋に立った時、驚きを覚えたのは、強襲した彼等の方だった。

恐らくは、この区画の一つ上の階層から潜り込んで来たのだろう彼等は、部屋に二つある出入り口の双方を押さえ、挟み撃ちの格好を取ったが為、勝てぬ筈は無いと踏んだのだろうけれど、

「甘いんだよ」

真っ先に下り立った兵は、何故か背後で湧いたその一言を耳にした直後、意識を真っ黒に塗り潰し、

「相手が悪かったな」

次の兵は、別の男の声を聞きながら、部屋の床に足着く前に倒れ伏し、

「今回は、俺達が直接の標的じゃないから、おまけ」

別の一人は、三人目の男の声と共に、昏倒した。

…………そうやって、六名程の兵達は、瞬く間に、戦う力も、意識も奪われ、次々、折り重なるように。

「これくらいやっときゃ、当分は立ち上がれねえだろ」

「立ち上がれないって言うか……、多分、全治半年くらい?」

「半年で、済めばいいがな。…………だが、いいのか?」

ものの五分と掛けず、簡単に兵達を伸し、念の為、装備その他を全て取り上げ、扉の向こう側の通路の、溶岩の滝に放り込んでから、又、件の部屋へと戻り、男達を見回す京一と龍麻に、如月は、探るような視線を向ける。

「いいって、何が?」

「トドメを刺しておかなくていいのか? 仲間に回収された彼等が意識を取り戻したら、『力』持つ僕達が、ここの遺跡の《秘宝》に絡んでいると、レリックに知れてしまわないか?」

「あーー、今更今更。それに、五年前の戦いのことも、俺等のことも、『その筋』の連中には筒抜けらしいしよ」

「それは、僕も承知しているが……」

「大丈夫だよ、如月。今日の処は引き下がるしかないって向こうに思って貰えれば、その心配はしなくてもいいと思うよ。もう一度、立て直してここに乗り込んで来るとしても、時間掛かるだろうし、その頃には多分、葉佩君達が、決着付けてるだろうからさ。そうなれば、もう一度乗り込む意味そのものがなくなるって」

「そーゆーこった。ひーちゃんや俺等が直接のターゲットじゃねえ限り、俺達だって、出来れば殺生は、あんま、したくねえかんなー」

如月が向けて来た視線の意味は懸念で、ここで始末をしておかなければ、後々、厄介なことにならないか、と彼は二人に問うたが、京一も龍麻も、自分達の『力』を目的に襲って来るのでなければ、命までは、と気楽に言った。

「…………ま。今回は、だがな。そんな、生温いこと言ってる場合じゃなくなりゃ、そん時ゃ、首でも何でも刎ね飛ばす」

「それに関しては、俺もそのつもり。黄龍や、俺達の『力』目当てのちょっかいには、絶対に遠慮しないって決めたから。でも、今回のレリックの目的は、ここの遺跡の《秘宝》だし、俺達が居合わせてるのは、向こうにとってもこっちにとっても、想定外って言うかだからさ。それに…………」

「それに? 何だい? 龍麻」

「出来る限り、葉佩君には、死体を見せたくないんだ……。彼、一寸、事情抱えてるから、出来ればそういうの、目にさせたくなくって……」

しかし、気楽な物言いも、態度も、直ぐさま一転し、京一は僅かな殺気を、龍麻は憂いを、その身に帯びた。

「……成程。──そういうことなら、僕はもう何も言わない。さあ、先を急ごう」

京一の身を覆った気配からは、彼の心構えの中では、既に、出来れば余り殺生はしたくない、と言っていられる、今回が『特別』で、首でも何でも刎ね飛ばす、との相成る方が『普通』なのだと知り。

龍麻の纏った気配からは、やはり、『今回だけが特別』なのだ、と知って、如月は、くるり、二人へ背を向けた。

──彼等が、中国に渡ってより、五年。

仲間達の誰にも行方を告げず、『世界』へと旅立ってより、一年数ヶ月。

それだけの年月──特に、行方を晦ませていた一年半の間、京一と龍麻が、二人だけで、どのような日々を送って来たのか、言葉と気配より思わず想像してしまって、如月はその時、彼等の顔を見ていられなくなった。

高校三年生だった、五年前のあの一年間が、酷く遠くなってしまった気にすらなった。

なんんだと言いながらも…………、彼等と知り合った始めの内は、仲間達のことを、友ではなく、『戦いを共にするだけの仲間』としか扱えていなかった己も、何時しか、彼等のことを、仲間達のことを、大切な仲間と、大切な友と想い。

沢山のことを語り合って、沢山の想いを分け合って、泣いて、笑って、怒って、騒いで……、として来た、生涯忘れ得ぬあの一年が、酷く、遠くなってしまったような…………────

「……如月」

だが。

刹那、そんな想いに満たされ、二人に背を向けた彼の肩を、ポンと京一が叩いた。

「色々諸々、片付いたらよ。麻雀でもやろうぜ。お前んトコの店に、蔵掃除しに行くって、ひーちゃんが約束しちまってるし。そしたら、久し振りに、ムサいツラ突き合わせて呑みながら、打たねえ?」

「あ、俺も混ざる! 聞いてくれよ、如月! 俺、少しだけだけど、麻雀出来るようになったんだー」

龍麻は、進歩したんだ! と、嬉しそうに、如月の顔を覗き込んだ。

「本当かい? 龍麻」

「クイタンありの、ご祝儀無しの赤なしで、チョンボは全部見逃し、で以て、途中で飽きねえように、必ず東風戦とんぷうせんって条件で、だけどな。……なー? ひーちゃん?」

「うるさいな! それでも、進歩は進歩っ!」

「……有り得ない条件だな。…………でも、まあ……昔は、龍麻とは打てなかったからね。面子を集めるとしようか。──ああ、そうだ。どうせなら、皆で共謀して、京一をビリに追い込んでみる、とか。どうだい?」

「おおおっ。乗った! それ乗った!」

「お前等なー……。何で、標的が俺なんだよっ。そういうのは、村雨の奴捕まえてやりやがれっ!」

………………高校時代は。

青春時代だった、あの頃は。

もう、遠いのかも知れない。霞んでしまう程に。

彼等の中の何処かが、時と、人生と、運命に押し流され、何時しか変わってしまったように、己の中の何処かも、時と、人生と、運命に押し流され、何時しか変わってしまった。

流れたのは、たった五年の月日でしかないのに。

けれど、目の前の彼等は、少なくとも今は、あの頃のままの彼等で。

京一も、龍麻も、馬鹿なことばかり言って、うるさくはしゃぐ、あの頃のままの二人で、だから如月は、半ば冗談、半ば本気の科白を口にしながら、にこりと、穏やかに、優しく笑った。

「だからよー、ひーちゃん。半荘はんちゃんくらい出来るように……──。……何だぁ? 如月」

「だってさー、半荘、長くって飽き──。……あれ……」

想いを抱え、笑った彼の傍らで、麻雀絡みの言い合いを続けていた二人は、ふ……っと、彼の笑みに目を留め、言い合いを引っ込める。

「え? 二人共、どうかしたかい?」

「どうかっつーか……。……お前、何時の間にか、そんな風に笑えるようになってたんだなー、って思ってよ」

「ホントホント。一寸びっくり。五年って、思ってたよりも長かったんだなあ……。でも、いい進歩?」

「そりゃそうだろ。人間、きちんと笑えた方が、いいに決まってる」

一体彼等は、何に驚いたのだろう、と訝しんだ如月に、京一も龍麻も、さらっと言いつつ、笑んで。

……だから。

時の流れも、そう悪い物ではなかったのかも知れないと、如月は、もう一度笑った。