開かれた扉の向こう側──黄泉の墓室では、『ガタイのいい、頭から社を被った化人』が、ずらりと居並び、彼等を待ち構えていた。
「うわお」
「全部で、六匹」
表情を消しているのか、それとも『最初から』表情がないのか、ぴくりとも動かぬ顔をこちらへと向け、迫って来る化人達に、九龍はひくりと頬を引き攣らせ、甲太郎はさっと、数を数える。
「もう一寸、火力のある武器、調達しとくんだったかなー……」
「例えば?」
「JADEさんの所で売ってる、M203GL辺り」
「……グレネード・ランチャーだろ? あれ。お前、そんな物振り回す気か? と言うか……その前に、そんなもんまで売ってんのか?」
「売ってる。ナチュラルに。──JADEさん、あれ、もう少し安くなりません?」
「ならない。百二十万は、お買い得な値段だと思うが」
手強そうな敵を前に、ブチブチと言い、AUGを構えつつ、如月との値引き交渉を九龍は始め、九ちゃんが金欠になる訳だ、と甲太郎は呆れの溜息を付き、如月は、びた一文負からない、ときっぱり言い切り。
「百二十万のグレネード・ランチャー……。……京一、ここ、日本だよね? アフガニスタンとかじゃないよね?」
「中央アジアでも、中近東でもねえな。つか、あの辺ならもっと安いぜ?」
やはり、レリック達は上かと、龍麻と京一は、仲間の相変わらずの商売人振りに肩落としながら天井を見上げた。
「貴様等ぁぁぁぁぁっ!!」
この分では、先程のように、こちらが化人を倒すのをレリックの連中は待つだろうと、先ずは化人達を始末すべく一同が身構えれば、バンッ! と、潜ったばかりの扉が開き、怒声を放ちつつ、マッケンゼンが、数名の部下達と共に乗り込んで来た。
「貴様等だな? 我がレリック・ドーンの精鋭達を襲ったのはっ」
「……誰だよ、お前」
怒り心頭の顔付きで、荒々しく乗り込んで来た彼へ、京一が刀の切っ先を向けた。
「俺様は、マッケンゼンだ。我が、栄光あるレリック・ドーンの──」
「──お前、うるせえよ。もう少し、静かに喋りやがれ」
「何だと? この俺様に向かって、貴様、何と言う口の利き方をっ! ──掛かれっ!」
────《秘宝》が眠る遺跡を有すると言った処で、所詮、襲撃先は日本の私立校、労することなど何一つなく占拠を終え、《秘宝》の簒奪は叶うだろうと踏んだ、その計算はすっかり狂い、唯でさえ虫の居所が悪かったのに、赤茶の髪した、軽薄そうな若造──京一に、言葉と態度で歯向かわれたマッケンゼンは更に激高し、部下達に、戦闘開始の命令を下すと、右手に銃を構えつつ、左手で爆薬を掴み、いきなり放って来た。
「……っ! 散れっ!!」
放られたそれを目で捉えた京一の怒鳴り声に、一同はそれぞれ壁際へと飛び退き、室内の中央辺りで破裂した爆薬の破壊音を合図としたのか、再びの破壊音と共に天井が二箇所程破られ、マッケンゼン達とは又別の一個小隊が、上階層から伝い下りて来て。
化人も含めた敵味方、入り乱れる形で戦闘は始まった。
「如月、九龍と甲太郎頼むっ!」
「判った! 葉佩君、皆守君、こっちにっ!!」
「京一、避けてっ! ──秘拳・鳳凰っ!」
流石に、こうなってしまっては、初手から飛ばすしか手はないと、京一は少年達のことを如月に任せ、龍麻は、威力の高い奥義を手加減無しに放ち。
「飛水流奥義、瀧遡刃!」
「やっぱ、AUGじゃ生温かったかもっ!」
「馬鹿っ! 九ちゃん、避けろっ!!」
剣を構え、ゆらりと近付いて来る化人達へ、如月も秘奥義を振るい、九龍は強く引き金を引いて、前へと突っ込み過ぎた九龍の襟首を、甲太郎は掴んで引き摺った。
「銃弾が避けられないんなら、前になんか出るんじゃないっ!」
「何処にいたって、銃弾なんか避けられるかーーーっ!!」
「だったら伏せてろっ」
「伏せてたら、化人倒せないでしょーがっ!」
「お前等、こんな時にまで漫才してんじゃねえっ!! ──如月っ!」
「言われなくともっ。──幻水の術!」
「地摺り青眼っっ」
引き摺るだけでは留まらず、頭を押さえ身を屈めさせ、甲太郎は、人には不可能なことを叫び、だから九龍はぎゃあぎゃあと喚き返して、そんな彼等の眼前で、如月と京一の奥義が又炸裂し。
「京一! 如月っ!」
「応っ!」
「ああっ!」
そこに掛かった龍麻の鋭い声に応え、京一と如月は、甲太郎と九龍の腕を引っ掴んで、パッと散った。
「秘拳・黄龍っ!!」
途端、鈍い衝撃音が湧き、と同時に、辺りの全てが、一瞬、黄金色に染まって、甲高い龍の鳴き声がした、と九龍と甲太郎が咄嗟に思った直後。
視界を染めた黄金色は綺麗に褪せて。
青年達に引き摺り倒された少年達が立ち上がった時には、化人は皆姿を消しており、兵達は軒並み、床に倒れていた。
「……あれ? 手加減し過ぎた? ちょーーっと、不出来だったかな、今の黄龍」
「そうとも限らねえんじゃねえ? 腹の脂も面の皮も、大層厚いんだろうぜ」
…………が。
唯一人、マッケンゼンだけは、傷負いながらも未だに立ち続けていて、氣の出し惜しみをし過ぎたかと、龍麻は渋い顔をし、京一は、口ではそんな風に言いながらも、マッケンゼンが、手加減がなされていたとは言え、龍麻の最大奥義に耐え得るだけの何かを持っている、と悟って、改めて、刀を構え直した。
「今のは…………。……そうか、お前が? お前が……お前達が、そうなのか? 五年前から噂だった、今生の黄龍の化身と、黄龍を護る宿星の者達なんだな? まさか、こんな所で出会えるとは思ってもいなかったぞ。──いい、手土産になりそうだ」
黄龍をその身に浴び、けれど踏み止まった彼は、ペロリ、頬を伝った自らの血を嬉しそうに舐め、絡み付くような視線で、龍麻を眺めた。
「………………今生の黄龍だと承知して、こいつに、手、出す気か?」
「だったら、何だ?」
「だってなら、お前の命もここまでだ。……させねえ。絶対。俺がいる限りはな」
その視線と龍麻の間に、京一が立ちはだかった。
「ケッ。小僧が…………」
表情を消し、瞳の鳶色を濃くし、声の抑揚を失くし、そうして、佇むように立った彼を、マッケンゼンは唾棄する風にして、口の端に太い葉巻を銜え。
「俺様に勝てるとでも、思ってるのか? 甘いぜ、小僧。それに。貴様は一つ、誤解をしてやがる。そっちの黄龍だけでなく、貴様自身も手土産の一つだ」
「土産? 豚が豚小屋に帰るのに、土産なんざ要らねえだろうが。──九龍。甲太郎。今の内に、先に進めるか調べて来い。進めねえんなら、終点の扉を開く鍵、探して来い」
「でも…………」
「でも、じゃねえ。──行けっ!!」
「は、はいっ!」
────葉巻の先に火が移されるのを見詰めながら、京一が怒鳴り、弾かれたように九龍は走り出した、その時。
「え……?」
「何が……?」
黄泉の墓室、と名付けられたその部屋に、一発の、銃声が響いた。