天地無双が生み出した巨大な氣塊と、黄龍が生み出した巨大な氣塊は、喪部へと迫る途中、一瞬だけ軽く触れ合い、稲光りをも纏わり付かせながら、バチリと激しく共鳴しつつ微か弾け、周囲の大気と自身の氣を渦のように巻かせ、『獲物』を包み、ドン……、という衝撃音と共に爆ぜた。

喪部を、中心に包み込んだまま。

「凄…………」

──昼間、保健室で瑞麗が言っていた、いいもの──今生の黄龍と剣聖の『本気』を目の当たりにし、九龍は、うわあ……、と息を飲む。

「……まさかと思うが。これで終いか……?」

「幾ら何でも。優れた遺伝子とかを持ってる優れた生き物で、生き物の、この世の、頂点に立つのに相応しいんだろう? 彼」

「とは言っても。所詮寝言だかんなー」

「確かにねえ……。寝言って、寝て言うもんだし」

ガツっと床に両膝を付き、何かから庇うように両手で顔を覆った喪部を見下ろして、情け容赦無いことを、京一と龍麻は言い合った。

「どうして……? 何故だ、どうしてっ!?」

そんな二人が見下ろす先で、喪部の変生は、徐々に解け始め。

「青春真っ盛りな高三の頃、一年間、延々鬼共とやり合ったのは伊達じゃねえぞ?」

「だからどうだ、って話だし。彼も、引き合いには出されたくないだろうけど、俺達、信念はお前よりも遥かに真っ当で、ずっとずっと強かった『鬼』を知ってるよ。お前なんか、彼の──天童の足許にも及ばない」

「クソ……っ。忌々しい、宿星持ち共…………っ。古の昔、僕達異形を生み出した龍脈の──源は所詮同じ龍脈の力を得た、人ならざる『力』持つ者のくせに……っ。この世を、歴史を、一瞬にして塗り替えられる黄龍の器であり、器を護る剣聖のくせに……っ。何故、ロゼッタの犬なんかに肩入れするんだっ! その『力』は、僕達にこそ相応しいのに! ヒトなんかの為に在っていいものじゃないのに! どうして、ヒトならざるヒトの貴様達はっ!!」

本気で飛ばしたら、存外に呆気無く勝負は片付いてしまったらしい、と、詰まらなそうに肩を竦めた京一と龍麻を激しく睨み上げ、変生の殆どが解けてしまった喪部は、呻きつつ叫んだ。

「……てめえが何を言ってやがるのか、俺には今一つ理解出来ねえが。そうまで言うなら、その首、今直ぐ叩き落としてやるよ。……黄龍の器だろうが、今生の黄龍だろうが、剣聖だろうが、こいつも 俺も、ヒトならざるヒトなんかじゃねえ」

吐き出された言葉に、さっと京一は表情を塗り替え、頬より感情の色を消すと、右手のみで柄を掴み、刃先を床へ向ける構えを取った。

「黄龍の器の、何処がヒトだって言うんだい? 黄龍の器はヒトなんかじゃない。それを守護する剣聖だって。選ばれた、一握りの者達だ。…………ヒトの訳がないだろう? 黄龍の器が望めば、この世も歴史も、一瞬にして塗り変わる。器の最大の護人の剣聖が望んでも、結果は同じ。一瞬にして、この世も歴史も。……そんな『力』を持つお前達が、人の振りをすることの方が間違ってるっ! そうまでして、無能な人間に肩入れするくらいなら、その『力』を僕に寄越せっ!」

「…………………………俺達ゃ、ヒトだよ。ヒトだから、こうしてんだよ。大切なモノを護る、唯それだけの為にな」

キラリと、白刃が、滲み出る溶岩の赤を弾き返しても、龍麻にも京一も九龍にも理解出来ないことを吐き出し続ける喪部に、京一はポツリ言って、空気を切り裂きつつ刀を振り上げた。

「……ああ、そうか。選ばれた、一握りの者なのに。宿星を持ち、龍脈の力を与えられた、ヒトならざるヒトなのに。君達は酷く愚かだから、自分達を満足させる為だけに、そいつに肩入れしてるのか」

と、彼の得物が振り下ろされる寸前、喪部は、三人の顔を見比べ、ニヤリと嗤った。

「…………何だと……?」

「違うのかい? ……まあ、気持ちが解らないではないさ。選ばれた者は時に、選ばれたことに戸惑い、選ばれなかった者に引け目や憐れみを感じたり、同情を寄せたりするかも知れないしね。…………君達は、憐れんでるんだろう? 愚かに出来ているから、贖罪のつもりもあったりしてね。陰の器になり損ねた──

──黙れっ!!」

「黙れ? 図星を指されたから、黙れと言うのかい? だが、事実だろう? 君達は、生まれながらにして宿星に選ばれた、黄龍の器であり、剣聖であり。でも、彼は、歪に選ばれて、しかも、陰の器の材料にさえなれなかった、所詮出来損ない以下の──

──喪部……? お前、何言っちゃってんの?」

「喪部っ! それ以上言うことは、俺が許さないっ!!」

嗤いを浮かべ、京一に阻まれても喪部は喋り続け、彼が言うことの何一つ理解出来なかった九龍は首を傾げ、龍麻も大声で怒鳴った。

「本当のことを言って、何が悪いんだい?」

「……っ。……京一っ!!」

「応っ!」

厭らしく歪めた瞳に、九龍のみを映しつつ、九龍は知らない……京一や龍麻は九龍に知らせたくない、五年前の出来事を滲ませる喪部を黙らせようと、龍麻は床を蹴り、京一は、止めてしまった刀を再度翻し。

「残念だけど。この場で喰い殺されるのは君達だよ。君達が、絶望に泣き叫ぶのはこれからだ。……場所を選んで戦うべきだったな、黄龍の器」

変生が全て解けてしまった所為で、荒く肩で息しながらも、喪部は右手を龍麻へと翳した。

伸ばされた指先からは、陰の氣が迸って。

「……あっ…………っ」

「うわっ……っ」

異形の陰氣をまともに喰らった龍麻も、余波を受けてしまった九龍も、声を詰まらせた。

「ひーちゃんっ! 九龍っ!」

呻きを聞き、チッと、八相斬りで喪部を威嚇し身を引いた京一は、頽れてしまいそうな二人共を、何とか抱き抱える。

「しっかりしろっ。ひーちゃんっ。九龍っ」

「俺、は……大丈夫、で、す……。『お守り』、頑張ってくれてる……みたい、で……」

「……平気……なんだ、けど…………っ。ごめ……。苦し…………っ。氣、吸い取られたみたいな感覚…………っ……」

すれば、きつくはあるけれど、『お守り』のお陰で何とか、と頭を振りつつも九龍は自力で立ち、でも龍麻は、ずるっと、京一の腕の中で一層姿勢を崩した。

「ひーちゃんっ。龍麻っ!」

呼吸が荒くなって行く一方の龍麻に、京一は、自らの氣を注ぎ込み始め。

「喪部っ! 龍麻さんに、何したんだよっ!?」

胸許の『お守り』を服の上から強く押さえ、九龍は怒鳴る。

「簡単なことだよ。器である彼の中には、黄龍がいる。龍脈の力の源が。……葉佩。幾ら君でも、いい加減気付いているんだろう? この遺跡を守る化人の《魂》は、龍脈の力と、《墓守》という容れ物を使って永き時を渡り、現代に伝えられた。だと言うなら、龍脈の源である黄龍の力そのものを使えば、《墓守》という容れ物がこの場になくとも、化人の《魂》を呼ぶことくらい出来るさ。黄龍の力は、強大なんてものじゃないんだから。……だから。少し、黄龍の力を分けて貰ったのさ。──さあ。戦えよ。泣き叫んで、命乞いをしながら喰い殺されろよ、僕の目の前で」

力無く『剣聖』に抱かれている『黄龍の器』と、唯人である宝探し屋を、ゆっくりと、愉快そうに交互に見遣って、喪部は、蹌踉よろめく体を引き摺り、後ろに下がった。

「いっ…………! 痛っ……」

「龍麻っ。龍麻っっ!! おいっ!!」

「喪部、お前、未だ訳判んないこと……って、龍麻さんっ!?」

ジリリと、彼が三人から距離を取り始めれば、龍麻の苦悶の声は又高くなって、京一は刀を振り、結界を整えることに集中し始め、九龍も、青年達の傍らに駆け寄って、既に、自力では起き上がることも出来なくなっている龍麻の体を支えるのを手伝った。

────だから。

三人の誰も、空間の片隅で、ザワリ……と音が湧き、何処より姿現した《黒い砂》が、壁へと吸い込まれて行くのも、壁が生み出した光が天井に反射し、《墓守》である化人を招いた瞬間も、見ることが出来なかった。