「ひーちゃんっ。ひーちゃんっ! 龍麻っ!」
──皺が付くだろうことも気にせず、九龍が懐に写真を突っ込んで直ぐ、部屋の片隅で、龍麻へと呼び掛ける京一の声が上がった。
「ああああっ! 龍麻さんっ!!」
「おい、大丈夫なのかっ?」
「龍麻っ! 京一、龍麻はっ!?」
化人を倒し遂せ、ホッと一息を付いた途端、そうだ! と彼のことを思い出した九龍も甲太郎も如月も、慌てて京一や龍麻の傍らに駆け寄り、二人を取り囲んだ。
「う、ん……。平気…………。もう、大丈夫そう…………。……良かった…………」
「それは、俺の科白だっての。馬鹿野郎…………」
京一に揺り起こされ、飛ばしていた意識を戻した龍麻は、薄目を開けて一同を見回し、はあ……と、深い安堵の息を京一は吐く。
「良かったー……。龍麻さん、無事で良かったぁぁぁ……。…………って、あっ! もう一つっ! 喪部っ。喪部ーーーーーっ! 何処行った、あのヤローーーーっ!」
「僕はここにいる」
ヘタッとその場にしゃがみ込み、化人のことも、龍麻のことも何とかはなったんだと、一旦は体の力を抜いた九龍は、今度は、喪部のことを思い出し。
逃走されてしまったかも知れない、と彼等は思っていた喪部の声がした。
「おーや。逃げ出してなかったんだ。いい根性してるじゃん。……さーーて、喪部ーー? 決着付けようかー?」
化人が消えても、大人しく居残っていた彼を睨み付け、九龍は立ち上がり。
「そんな必要は無い。今日の処は、君の勝利を僕の遺伝子で認めてやろう」
もう戦うつもりはないと、喪部は、例の桐箱を乱雑に放り投げた。
「お前の遺伝子なんかに認めて貰いたくなんかないやい。それは、きっちり返して貰うけどなっ!」
「フン。光栄なことだと思うんだね。僕の遺伝子は優秀なんだから。──僕はもう、こんな遺跡の《秘宝》なんかに興味は持たないことにしたよ。この広い世界に、失われた文明の数だけ《秘宝》は存在し、僕のような、受け継ぐ者を待っているからね。古代文明が遺した、次の痕跡でも探しに行くとするさ。君は、精々、この忌々しい遺跡の《秘宝》を巡って、《生徒会》とやり合い続けるがいい。今までみたいに、この場所を這いずり回ってね。材料にすらなれなかった、出来損ない以下の君には、お似合いだ」
「こ……んの……。ほん……っとに、口開いたら最後、むかつくことしか言わない奴だなっ! 大体、何なんだよ、材料にすらなれなかった出来損ない以下ってのはっ!? 俺は食材でも木材でもないっつーの!」
「僕なんかに訊くよりも、もっと詳しい連中に訊けばいいだろう? 『五年前の、陰陽の戦い』の当事者達に。きっと、懇切丁寧に教えてくれるさ。──それじゃ。君がしぶとく生き残れたら、又会おう」
腰に両手を当てふんぞり返り、尊大な口調で言う喪部に、九龍は、足で床を踏み鳴らす程怒って、けれど、ふふん、と彼を鼻で笑った喪部は、すたすた、歩き始める。
「あっ! 待てよ、喪部! 待てってば! 逃げんな、こんにゃろーーーっ!!」
「放っておけ。追う必要は無い」
堂々と、己達の脇をすり抜けて行こうとした彼へ、九龍は腕を伸ばしたが、何時の間にか下りた仕切り戸の向こうから、ふ……っと阿門が姿現し、それを止めた。
「帝等?」
「奴の戻りを待って、あの連中も撤収する筈だ。何事もなかったように、学園も元に戻る。これ以上、この《墓》に手を出さぬと言うなら、追わずともいい」
「…………あーー、そうですかー……。帝等がそう言うなら、引いてもいいけどさ。……俺の腹の虫は収まらないっっ。むきーーーーっ! むぅかぁつぅくぅぅぅぅっ! 賞味期限切れの牛乳爆弾ぶつけたくらいで、今日までのことをチャラに出来っかーーーっ!!」
歩き去った喪部を振り返りもせず、阿門は興味無さげに告げ、学園の安全が保障されるなら、引いても構わないけれど……、と言いつつも、ぶつくさと喚いて、九龍は、喪部が放り投げて行った桐箱を拾い上げた。
「……………………あ、れ?」
房付きの紐を解き、蓋を開けた中から出て来たのは、所々が錆び付いた、酷く古めかしい鍵で。
「……RPGに出て来る、宝箱の鍵思い出した」
「余計なこと言うんじゃない」
ボソっと、率直な感想を洩らしてしまった彼は、ガスっと甲太郎に蹴り上げられた。
「だがよ。ホントに、ゲームに出て来る鍵みてぇだな」
「うん。……その鍵が、この遺跡の封印の鍵とは…………」
九龍が翳した鍵を見上げ、京一も、京一に抱き起こされた龍麻も、んー? と首を捻り。
「……それは只の、何の価値もない鍵だ。この《墓》を狙う者を排除する為に、俺が仕掛けた罠だ」
すれば、その疑問が正解だ、と阿門はあっさり白状し。
「あー、やっぱりー……」
だろうねえ、としみじみしながら、九龍は、ポイっと鍵を真後ろに放り投げる。
「よく聞くがいい。この《墓》の《封印》を解く《鍵》など、この学園には存在しない。形のない物を手にすることなど誰にも出来はしない。ここまで、苦労して進んで来たようだが、残念だったな」
「……まーーた、そんな言い方しちゃって」
カラン……と鍵が転がる音する中、何も彼もが無駄だったのだと阿門は告げたけれど、誤摩化されません、と『宝探し屋』は、大仰に人差し指を振ってみせる。
「何?」
「《封印》の《鍵》は、誰にも手にすることが出来ない、形のない物、なんだよな? ってことは、誰にも『手にする』ことは出来ないけど、《鍵》自体は存在してる、ってことになって。……要するに。手に取れるモノ、としては、この学園には《封印》を解く《鍵》はないけど、手に取れないモノとしては在る、と。……成程、成程」
「………………葉佩。何故、お前は、俺が聞かせたことが本当だと信じての推測をする?」
「ん? 帝等は公正だから。嘘言ったことないじゃん。一寸待て、って言いたいくらい口数足んないけど。言葉が足りないのを、嘘とは言わないっしょ? それにさー、何だ彼
「……戯れ言も、いい加減にしろ」
あっけらかん、と九龍に言われ、挙げ句、カラカラと笑われて、思わず、阿門は物言いた気に甲太郎へと視線を送ってから、しまった、という風な顔付きで、『墓荒らし』に背を向けた。
「……処で。お前達は何者だ?」
「あ? 俺等か? ここの、アルバイト警備員、その一」
「俺も。アルバイト警備員、その二」
「僕は、宅配業者だ」
「俺は、そういうことを訊いているのではない」
「そんなこと言われてもよ。事実、俺達はアルバイト警備員だしな。俺には、蓬莱寺京一って名前があって、こいつには、緋勇龍麻って名前があって、向こうのあいつには、如月翡翠って名前があるが。んなこと、お前にはどうでもいいこったろ? 違うか? 生徒会長サン?」
「…………まあ、いい。何者かは知らんが、『墓荒らし』の仲間だと言うなら、お前達の末路も葉佩と同じだ。……それを、肝に銘じておけ。手を引くなら、俺も、お前達と関わりを持つ必要は無い」
九龍と甲太郎に背を向け、京一達に視線を落とした阿門は、淡々と彼等の正体を問い、が、京一は、肩を竦めつつ恍けた答えを返して、故に阿門は、彼等にも背を向けた。
「そいつは無理な相談だな。九龍が、お前も含めた全員──この遺跡に関わりを持っちまった連中全員、遺跡毎、解放して救いたいって願い続ける限りは、俺達も、手は引かねえよ。…………あんま、大人を舐めねえ方がいいぞ? 高校三年生?」
その背へ、ニヤリと笑いながら京一は言葉をぶつけ。
言葉も、仕草も返さず、阿門は化人創成の間を立ち去って行った。