「……さて。俺等も戻るか。──九龍、甲太郎、怪我してねえか?」
「あ、お陰様で、今夜は平気です。JADEさんが助っ人してくれましたし、甲ちゃんも、危ないとこ助けてくれましたし。ほらほら! 珍しく、殆ど怪我してないんですよ! 戦ってる間にすっ転んだくらいで。だから、俺なんかより、龍麻さんの方が……」
「俺はもう、殆ど平気。喪部に、氣、吸い取られちゃったから、貧血みたいな感じはするけど、京一の分けて貰ったしね」
「ああ、それで…………。あの彼に、氣を奪われたのか。だが……京一の氣を、と言っても、未だ、大人しくしていた方がいいんじゃないのか?」
「だな。顔色が良くない」
《生徒会長》も去り、もう、ここにいる必要は無いと、龍麻を支えながら京一は立ち上がって、九龍や如月や甲太郎も足を進め始めはしたが、皆、彼を気遣う気配は消せないでいた。
「平気だってば。俺だって、頑丈に出来てる方だしさ」
「しかし……」
「ま、でも、念には念を入れた方がいいかもな」
余りにも露骨に心配されて、龍麻は苦笑を浮かべたけれど、如月は尚も反論し掛け、京一はさっさと、彼を背負った。
「そんな、過保護なことしなくても……」
「いいんだっての。俺の気が済むんだからよ」
「……ホントに、もー…………」
有無を言わせずそうされて、気恥ずかしさもあったのだろう、龍麻は文句を零し続けたけれど、それは誰もに、聞こえない振りをされ。
「一つ、訊いていいかい? 葉佩君と、皆守君は、その……黄龍の器のことを……?」
「知ってる」
「知ってます。教えて貰いましたから」
「……そうか」
もう少し肥えろ、とか、これ以上肥えてどうする、とか、下らないことを言い合いながら先行く二人の後ろを、如月と少年二人は、ボソボソ喋りながら付いて行った。
「あーー、腹減った……。すっげぇ腹減った…………」
「マミーズで、何か食べてく? 俺、ホントにもう平気だから」
「……そうすっか。夕飯、食ってねえしな。お前等はどうする?」
「俺も、何か食ってこうかな。甲ちゃんも行こ!」
「…………そうだな」
「僕は、先に失礼するよ。未だ、仕事がある」
辿り着いた大広間から地上へと出て、お疲れ、と言い合った直後、どうしようもなく空腹だと京一が訴え始めたので、何の、かは兎も角、『仕事』が、と告げて来た如月とだけ別れ、四人は、マミーズへと傾れ込んだ。
その頃にはもう、龍麻も、自力で歩ける、と言い張って聞かなかったし、全員、埃塗れの汗塗れではあったけれど、他人に目を剥かれる程、酷い有り様にはなっていなかったので。
「いらっしゃいませ、マミーズへ……って、あーっ! んもーー、皆さん、今の今まで、何処で何してたんですかーーーっ!」
普通に営業している様子の店の入口を彼等は潜り、出迎えてくれた奈々子に、マニュアル通りの科白までぶった切って、きゃいきゃいと訴えられた。
「おおお。奈々子ちゃん。無事だった?」
「無事ですよ! 無事ですけど、怖かったですぅぅぅっ! ……でもですね、何とかはなって、あの人達も学園から出て行きましたし、双樹さんの例の奴で、生徒さん達も先生達も、ここの店長も、あの騒ぎのことは忘れちゃってるんですよ」
「お。流石、咲重ちゃん。じゃあ、本当に、何事もなかったことになってるんだ」
「ええ。皆、レリックのレの字も憶えてないですね。九龍君のバディ以外は、ですけど。──さっきまで、皆、うちにいたんですよ? 九龍君のこと待ってたんですけど、消灯になっちゃったから、今夜は寮に帰るー、って」
「あ、そうなんだ? 悪いことしちゃったなあ……」
十二月二十三日が、そろそろ終わろうとしている今、店内に客の影はなく。
それでも、小声でボソボソと、九龍達が《墓》へと向かった後の成り行きを奈々子は語って、『放課後の出来事』は、綺麗さっぱり揉み消されたのだと、一同は知る。
「まあ……あんなこと、忘れちゃった方がいいしね」
「……ですなー。テロリストに襲撃された、なんて、碌でもない想い出以下ですし」
「警察なんかが、乗り込んで来てもな……」
「確かに。サツが出て来ると、面倒臭ぇしよ。──あ、奈々子ちゃん。俺、ステーキ三人前。ライス大盛りでなー」
「え。京一、マジで言ってる?」
「マジ。腹減ってるっつったろ? 氣、結構使ったから、それくらい食わねえと俺の明日は睡眠で終わっちまう。ひーちゃん、お前も肉食っとけ、肉。お前等も。活力を生むのは肉だ!」
「肉、ねえ…………。じゃあ……俺、焼肉定食で」
「ほんじゃあ……、俺は、カツカレー!」
「……何時もの」
教えられた事情を軸に、四人は口々に言い合いながら案内された席に着き、この夜中に……、と言いたくなるオーダーをした京一を筆頭に、それぞれ、注文を済ませた。
……が。
それ程待たずに運ばれて来た料理達を前にしても、京一以外は、皆、各々のそれを持て余し気味だった。
「…………何だよ。どいつもこいつも、箸の進みが悪りぃじゃねえか。食欲湧かねえ? ……ひーちゃん? 食わねえと、ぶっ倒れるぞ? 氣なんざ、気合いで生むもんだからな」
「う、ん……。判ってる……んだけど、さ……」
もりもりと肉を頬張り、食え、と責っ付いて来る京一を横目で見て、龍麻は軽く、溜息を零す。
「何だよ。美味くねえ……訳ねえよな。どうかしたのか?」
「昔のこと……思い出しちゃって。五年経っても、俺、何にも変わってないのかなあ、ってさ……」
「はあ? 五年前の、何を思い出したって?」
「……丁度、五年前の『今夜』だったろう? 柳生の奴に斬られて、四日も危篤だった俺が起きたの。あの時も、京一や皆に、物凄く心配掛けて……。……俺さ。ホントのこと言うと、今でも忘れられないんだ。あの時、枕元にいてくれた京一が、俺のこと覗き込みながらした顔……。なのに、五年経っても、俺、同じことしてる…………」
「………………お前よー……。お前の所為じゃねえだろ? お前が悪い訳じゃない。あの時だってそうだったし、今夜だってそうだ。一々気にすんな。俺は、お前が無事ならそれでいい」
「うん、御免…………。……ありがと、京一。──葉佩君も、皆守君も、御免ね? 心配掛けちゃって」
そうして、食が進まぬ『理由の一つ』を彼が白状したら、京一は、はああ……、と呆れた風に息をして、馬鹿言ってんな、と食事を再開し。
「いいえ。あんなことになるなんて、誰も想像してませんでしたし、悪いのは喪部の奴ですし。京一さんの科白じゃないですけど、龍麻さん無事だったんですから、もう言いっこなしにしましょうよ」
「その通りだな。気にしても仕方の無いことを、ぐちゃぐちゃ思い悩んでみてもな」
九龍も甲太郎も、一部、己を棚に上げての発言をして、龍麻のドツボを一旦押し留めた。
「うーー……、未だ足りねえ……。──奈々子ちゃん! 担々麺追加な!」
その間に、京一はぺろりと、三人前のステーキと大盛りライスを平らげ、追加注文をすると、生理現象で席を立つ。
「何と言うか……。『野生』だな……」
「……同感。──処で、龍麻さん? 未だ、何かあるんですか? 何となく、言い足りない、みたいな顔してますけど」
「…………ああ、バレた?」
大股で手洗いへと消えて行く京一の背を、うーむ、と甲太郎と九龍は眺めてから龍麻へ向き直り。
見詰めて来た二対の瞳へ、龍麻は苦笑を浮かべてみせた。