「五年前、さ。俺の体に黄龍が降りちゃって、俺と『あいつ』が入れ替わっちゃった時に、京一、死に掛けたんだよね……」
あの様子では、京一は暫くは手洗いから戻って来ないだろうと踏んだのか、少年達に促されるまま、龍麻は、食が進まないもう一つの理由を話し出した。
「え、京一さんが?」
「……うん。俺は俺で、黄龍は黄龍だって京一は言い張って、黄龍は俺で、俺は黄龍だなんて絶対に認めないって戦って、延々、氣、振り絞った後だったのに、俺のこと叩き起こす為に、自分の氣でホントに俺のこと起こしてみせて。挙げ句、生きるか死ぬかの傷負わされてさ。俺に」
「へっ!? 龍麻さんに……?」
「正確には、黄龍に、だけど。──それだけでも大事だったのに、京一が死んじゃうかも知れないってパニック起こして、黄龍の力暴走させ掛けた俺のこと宥めて……。……だからその後、あいつ、自分の命も上手く繋ぎ止めておけないくらいまで、氣が希薄になっちゃって…………。……助かったけどさ。助かったから、京一、今でもあんな風にしてられるけど……。心配掛けただけじゃなくって、又、あの時と似たようなこと、今夜、京一にさせちゃったのかなあ、って思うとね…………」
「そんなこと、あったんですか…………」
「……まあね」
「だが……、そんなことであんたが落ち込んでると京一さんに知れたら、ぶん殴られるんじゃないか?」
──五年前の、『あの日』ことを思い出しつつ、暗い顔して彼が語れば、成程な、と九龍は腕組みし、しかしそれは、京一にしてみれば気に食わないことだろう、と甲太郎は言って。
「………………ホントにな。──ひーちゃん。龍麻。どうしてお前は、すーーぐ、ドツボに嵌まりやがんだ?」
「京一…………」
何時の間にか、気配を絶ったまま戻って来ていた京一に、龍麻は睨み下ろされた。
「あ? 言いたいことがあるんなら、言ってみやがれ」
「それ、は………………」
「……龍麻。五年前にも言った筈だぜ? 俺は、自分のやりたいことをやってるだけだ。俺が、そうしたいから。そうしたいと思うから。……俺がそうすること、俺がそう思うこと、それは俺の勝手だし、お前がすることも、お前が思うことも、お前の勝手なんだろうけどよ。下らねえ、筋違いなこと、グダグダ考えてんじゃねえよ。お前は、俺が、俺のことなんか護んなって言ったって、止めねえだろ? それと同じだ」
「……うん。判った……。ちゃんと、ドツボからは抜ける」
いい加減にしろ? と言わんばかりに睨まれ、無意識に俯かせていた面を上げて、龍麻は、こくりと頷く。
「なら、いいけどな。ったく…………」
だから、ドツボと手を切るなら、もう何も言わないと、京一は運ばれて来た担々麺に挑み始めた。
「で? お前達はお前達で、何で、んな顔してやがる?」
気を取り直した風に、改めて龍麻が箸を取り上げたのを見届けてから、余り行儀がいいとは言えない仕草で麺を啜り始めた彼は、お前達も、何か思う処があるんだろう? と、今度は少年達を見比べ。
「その……、あのー…………。喪部が言ってた、『材料にさえなれなかった、出来損ない以下』って。何のことか、二人は知ってる……んですか……?」
九龍は思い切って、喪部と戦い始めた辺りから、ずっと頭の隅の方で気にし続けていたことを問うた。
「それは…………」
「えっと、な……」
…………龍麻の箸は又止まり、京一も、麺を啜るのを止めた。
「知ってるん……です……よね……?」
「……………………知らないと、そう言ったら、嘘になるな」
「京一……」
青年達の態度はあからさまで、俯いてしまった九龍に、京一は低い声で言い、龍麻は彼を止めようとした。
「……それを、知ってるなら──」
「──言えない」
「…………京一さん……」
「今は言えない。……九龍。お前が、あの《墓》を全て解放して、何も彼も終えて、その時になっても未だ、このことを気にするの、止められずにいたら。話してやる」
「………………判りました。────そうですよね! 今は、余計なこと考えてる場合じゃないですよね! 残る扉は後一つだし! きっともう直ぐ、決着って奴ですよねっ。……うんっ、今は、気にするの止めますっ」
でも。
龍麻に止められても、京一は、真実を知っていると九龍に告白することを止めず、全てのことに決着が付いたら、『このこと』にも決着を、と約束して、だから九龍も、少なくとも今は、喪部の残した意味深長な言葉を気にするのは止める、と決めた。
「さーーーてっ。そうと決まれば、がっつり食って、帰って寝るぞっ!」
「そうしろ、そうしろ。食って、寝て、明日が来れば、些細なことなんざ忘れちまうって」
「おー。自然の摂理ですなー。人間、前向きなのが一番ですよね。落ち込んでても始まりませんし!」
「おうよ。判ってんな、九龍」
憂いを何とか振り払い、スプーンを握り直してカツカレーを掻き込み始めた九龍と、再度、担々麺に挑む京一は、至極明るく、曰く『自然の摂理』に則って、からからと笑いながら前だけを向き。
「…………似た者同士?」
「ああ。ポジティブな処はそっくりだ。……いや、ポジティブと言うよりは、能天気、の方が正しいのか?」
「言えてる。京一って、あんまり悩まないしなあ……。単細胞とか言われることもあるしなあ……」
「九ちゃんも、風邪は引く程度の馬鹿だしな」
「お互い、似たような苦労してるのかもね、俺達。…………処で……、皆守君は、平気?」
「……俺、は…………。……俺は、別に。少し、疲れただけだから」
「………………そっか。なら、いいけど……。でも、その……何と言うか……無理しちゃ駄目だよ? 京一だって、俺だって、葉佩君のことも、皆守君のことも、心配してる」
「…………ああ……」
意識して、愉快な話題だけを選んで会話を進めて行く九龍と京一を横目で見ながら、龍麻と甲太郎は、小声で語り合いつつ苦笑を浮かべ、互いの相方達の馬鹿話のトーンが少しばかり高くなった頃を見計らって、龍麻は一層声を落とし、裏の意味を含んだ言葉を、甲太郎へと投げ掛けてみた。
そうしてみても、甲太郎は、浮かべた苦笑を深めただけで、問いを流してしまった。
──龍麻が、そして京一が、恐らくは気付いているだろうことに、そっと、蓋をして。
甲太郎は、物言いた気な龍麻からも、馬鹿話を続けている京一や九龍からも、静かに目線を外した。