皆、黙々と腕を動かしていた。

ランプや、懐中電灯や、ヘルメットに埋め込まれたライトの灯りが照らす中。

彼等──《生徒会執行委員》だった者達と、《生徒会役員》だった者達は、少年少女の区別なく、全員がスコップ片手に、墓地を掘り返していた。

それは、九龍と甲太郎が《墓》に下りて十数分程が経った頃に始まった作業で、日没後程無く、先ず、神鳳と双樹と夷澤の三人が阿門に呼び出され、詳しい事情こそ語られなかったものの、「何が起こってもいいように、墓地に埋められている者達を掘り起こして、然るべき処置をしろ」と命ぜられたが為、三名の生徒会役員は、手分けして元・執行委員達を全員集め、揃い踏みした一同は、男子寮も女子寮も平等に包むイヴの騒ぎより抜け出し墓地へと赴いて、《生徒会長》よりの命を実行に移した。

……役員達に阿門が伝えたことはもう一つあって、それは、「後のことは全て任せる」、だった。

だから、彼から直接命じられた役員達も、役員達から《生徒会長》の『意思』を伝えられた元・執行委員達も、終始無言だった。

『何が起こってもいいように』。『後のことは任せる』。

その二つの命は、今宵、あの場所で何かが起こることをも彼等に伝えていたから。

夜が明け切る前には、どのような形を取るにせよ、《遺跡》の全てに決着は付いて、何も彼もが終わり、何も彼もが変わるのだろう、との確信を得てしまった彼等の口は、酷く重かった。

学内の何処にも阿門の姿はなく、九龍の姿も見当たらず。

そんな彼等が足を向けた先は、《遺跡》以外にあろう筈は無くて。

これより数時間が過ぎたのち、自分達に、この学園に、一体何が訪れるのだろう……、と彼等は思わずにはいられなかった。

《遺跡》へ向かったのだろう九龍や阿門はどうなるのだろうか、ということも、皆、考えずにはいられなかったし。

恐らくは、『最後の戦い』に挑んでいるのだろう九龍が、自分達の誰をも伴わなかった、との事実も気にせずにはいられなかったし。

彼だけは──甲太郎だけは、己達の誰もが共にすること叶わなかった道行を、確かに共にしているのだろう、とも……────

「あ、いたいた! おーーい、皆ーーーーっ!!」

「大変なんですっ!」

……そんな風に、様々な意味で重苦しい、地面を掘り返す音だけが響く墓地の入口で、その時、明日香と月魅の声が上がった。

「あらぁ? 八千穂さんですの」

「七瀬殿?」

掛かった高い声に、先ず、リカと真理野が、俯かせていた顔を上げた。

「どうかしたんでしゅか? 八千穂たん。七瀬たんも」

あ! という顔をして、肥後も二人を振り返り。

「さっき、皆守クンが白岐サンを女子寮に運んで来て、それでー! えっと、だからー!」

「八千穂さん、落ち着いて下さい。──私も事情はよく判らないんですが、《遺跡》に深い関わりがあったらしい白岐さんが、温室で倒れたそうなんです。それで、白岐さんの面倒を見て欲しいと、運んで来た皆守さんに頼まれて、私と八千穂さんで手分けして、ルイ先生を呼びに行ったり、お世話したりしてたんですが、バタバタしてる内に、白岐さんが消えてしまって……」

「そうなの! だから、さっきから白岐サンのこと探してるんだけど、何処にもいなくって! 九チャンも皆守クンも、男子寮にいないしぃぃっ! 舞草サンや夕薙クンも、手伝ってくれてるんだけど……」

次々、作業の手を止めた仲間達が見詰めて来る中、明日香と月魅は口々に、事情を語った。

「ふふん、やっぱりね。今夜は何かあると思ったんだ」

と、今度はそこへ、最愛のケース入り水晶を抱えた黒塚が現れた。

「あれ? 黒塚クン?」

「こんばんは、八千穂さん。──居ても立ってもいられない程、さっきから石達が騒がしくてね。だから、様子を見に来たんだ。九龍博士に声を掛けようと思って探したんだけど、何処にもいなかったから、直接ここに来た方が早いと思って。……当りだったね」

「何だ、お前達。そこで何をしている?」

「あっ! 夷澤君!」

墓地へ足踏み入れた理由を黒塚が語っている最中、瑞麗と響もやって来た。

「ルイ先生……は兎も角、何やってんだよ、響」

「え、えっと……。その……夷澤君のこと、夕飯に誘おうかと思って探してたら、たまたまルイ先生と行き会って……。ルイ先生はルイ先生で、九龍先輩や、白岐先輩達のこと探してるって言うから、手伝おうかと思って…………」

明日香達と一緒に幽花を探していたのだろう瑞麗はさておき、何故、響までがいるのかと訝しんだ夷澤に、響はオドオドと己の事情を語り。

「明日香ちゃーん! 白岐さんいました? 九龍君とか見付かりました?」

「校舎や温室も見てみたんだが…………」

誰もが、『最後の心当たり』はここだったのだろう、明日香達の幽花探しを手伝っていたという奈々子や夕薙も、墓地に来た。

「……どうします? 双樹さん」

「あたしに言われても、困っちゃうわ。放っておく訳にもいかない気がするのだけれど……、だからと言って、阿門様のご命令を放り出すことは出来ないのではなくて? 一刻も早く、掘り返さないと」

「そうですね……。では、作業を続ける者と、白岐さんを探す者とに、分けましょうか?」

九龍の、宝探し屋の部分にも関わりを持った者達全てが、墓地へと集った光景を見回し、神鳳と咲重は、どうするべきかを決め掛けたが。

「皆して、何の騒ぎ?」

「よう。随分と、賑やかじゃねえか」

一同が動き出すより早く、墓地の入口から、青年の声が二つ、湧いた。

「貴方達は……。緋勇さんに、蓬莱寺さん、でしたね」

声へと一同が振り返れば、そこには、龍麻と京一の姿があり。

ああ……、と頷きながら、神鳳が彼等へ声を掛けた。

「うん。こんばんは。神鳳君、だったよね? ……ええっと…………。あ、いたいた。君、だよね? 双樹咲重さんって」

先日言葉を交わした彼へ、にこっと龍麻は笑み掛けて、きょろり、皆を見渡し、咲重に視線を止める。

「ええ、そうよ。あたしに何か御用?」

「皆のことは、葉佩君から話を聞いてるから、俺達も知ってる。だから、一寸《力》を貸して欲しいんだ」

「《力》……? どんな?」

「君の《力》は『香り』だそうだから、《遺跡》との関わりなんて一つもない、一般の生徒や教職員の人達、全員、眠らせることとかも出来たりしないかなー、って、期待してるんだけど、どうかな? 天変地異が起きても朝まで起きないくらい、学園中、眠らせられない? 消灯時間が来たから寝た、みたいな、記憶の辻褄も合わせて」

「そんなこと、簡単なことよ。でも、どうして?」

「……葉佩君の為。葉佩君と、この学園の為。多分、《生徒会長》さんの為にもなると思うよ。──俺達には、今夜あそこで起こることの、大方の予想が付いてる。本当に、俺達の予想通りになるかどうかは判らないけど、大筋に、読み違いはないと思うんだよね。……だから、だよ。今夜、ここで起こるだろうことが、公になったら拙いから」

「………………判ったわ。貴方達のことは、あたしも噂で聞いてるの。九龍が懐いてる貴方達のこと、今だけでも信じてあげる」

穏やかに笑みながら、じっと見詰めて来る龍麻の頼みを、僅かだけ躊躇った後、咲重は受け入れ。

「ルイちゃん。手ぇ貸してやってくれや」

龍麻と咲重の傍らで、京一は瑞麗へ視線を送った。

「何の手を?」

「桜ヶ丘のババアに、この下に埋まってる連中の面倒を見て欲しいって、話付けてあんだよ。だから、そのヘルプ」

「ババア? ……ああ、岩山院長か? だが…………」

「もう直ぐ、あそこの車も来る筈────って、噂をすれば何とやら、だ」

「ダーリーーン! 京一くーーん!」

そういう訳だから、手を貸せ、と言い出した京一に、瑞麗は何故か渋い顔をしたが、彼女が何やらを言い出すより先に、舌っ足らずな声が辺りに響いた。

「よう。高見沢」

「えへへー。来たよぉ。──あ、皆さんこんばんはぁ。桜ヶ丘中央病院のナースのぉ、高見沢舞子でぇす!」

墓地に踏み込んで来た新たなる人物へ、一同が目を走らせれば、そこには。

ピンクのナース服に身を包んだ、茶の巻き髪の、のほほん……とした女性──高見沢舞子が立っていた。