「悪かったな、高見沢」

「御免ね、高見沢さん。面倒掛けちゃって」

「ううん、大丈夫ぅ! 舞子ぉ、ダーリン達の手伝いが出来て嬉しいからぁ。えへっ」

これが、ナース……? と一同が、唖然……、と馬鹿面を晒す中、京一と龍麻は、舞子を輪の中に迎え入れ。

「神鳳には、前に話しただろ? 俺等の仲間でダチな、桜ヶ丘中央病院のナース」

「ほら。『幽霊さんが友達』な」

「……あああ。噂の、僕と同じ質の方ですか……」

「あらぁ? 貴方もぉ、幽霊さんがお友達? なら、舞子と一緒だねぇ。仲良くしようねぇ」

「は、あ…………。そ、そうですね……」

「うんっ! 貴方の後ろの女の子も、喜んでるよぉ。………………妹さん? 初めましてぇ」

「判る……んですか? 妹が、視えるんですか……?」

駆け抜けた皆の動揺を他所に、京一や龍麻や舞子は、舞子と同じ霊感体質の神鳳を巻き込んで、ナチュラルに話し始め。

「ちょ……一寸待て、蓬莱寺。緋勇。手を貸すのは構わんが、それこそ騒ぎにならないか? 近隣住民が……」

何とか動揺から立ち直った瑞麗は、正体は霊的治療の専門医院だとしても、表向きの看板は産婦人科な病院の専用車が、何台も私立高校に駆け付けたら……、と先程言い掛けた懸念を告げた。

「それなら大丈夫ですよ、瑞麗女士」

「何故?」

「専門家、呼んでありますから。弦月も、如月も」

「専門家……?」

「御門です。専門家、でしょう?」

「……愚弟はどうでもいいが…………お前達。御門家の御曹司を呼び付けたのか? ここに? 又?」

でも、彼女の懸念を、龍麻は笑って吹き飛ばし。

「わいは、どーでもええ、て。どーゆー言い種やねん、瑞麗大娘姑」

「龍麻。京一。外周の方は終わった」

「お察しの通り、呼び付けられたのですよ、そこの馬鹿共二人に」

劉と、如月と、式神の芙蓉を引き連れた御門が、何処より姿現した。

「三人共、お疲れ。結界、張り終わったんだ?」

「ええ。馬鹿で馬鹿で、どうしようもなく馬鹿で、厄介事ばかり背負い込む貴方達が、どうしても、と泣き付いて来たので、仕方無く、でしたが。本当に、仕方無く、でしたが。私には、雑作も無いことですから。……この貸しは大きいですよ。覚えておきなさい、緋勇、蓬莱寺」

「…………相っ変わらず、嫌味なことしか言わないよねえ、御門って……」

「ちゃんと、借りは労働で返すって言っただろうがよ」

瑞麗には礼儀正しい態度を取ったくせに、自分達には何時も通り嫌味ったらしい彼へ、龍麻も京一も、ブーブーと文句を吐き。

「誰達の所為で、こんなことになっていると思っているんですかっ! 全く……っ!」

「……アニキ。京はん。御門はん機嫌悪ぅさかい、逆らわん方がええよ? 四神の宿星な皆が捕まれば、自分はお役御免やって、御門はん、皆に連絡付けたんやけど、醍醐はんは興行の最中で、マリィちゃんは家族でパーティーしとってて、アランはんはパイロットの仕事で空の上、やったさかいに」

手間を掛けさせている張本人達の太々しい態度に、キッと眼光を強めた御門を、まあまあ、と劉が宥め、こそこそっと、御門の機嫌が悪い理由を、彼は二人に教えた。

「そ、そうなんだ……。アハハハハハ…………」

「ま、まあ、確かに、俺達が悪りぃよな、うん…………」

それを聞き、ソソソっ……と、龍麻と京一は如月の影に隠れ。

「本当に、仕方の無い人達ですね。この東京を護るのは、確かに私達の使命であり宿命ですが……。────芙蓉」

一体、誰が誰? とか、何で、ここに部外者があんなに大挙して? とか、こそこそ語り合う少年少女達を尻目に、もう一度、盛大に馬鹿達二人を睨み付けると、御門は表情を塗り替え、すっと、芙蓉へ手を差し出した。

「御意」

主の意に応え、芙蓉は皆の眼前にて、黒のスーツ姿から、本来の姿である和装へと戻り、虚空より生んだ錫杖を、厳かに御門へと手渡し。

渡されたそれを右手に掴んで、何が始まるのかと、固唾を飲み出した少年少女達の間をすり抜け、《遺跡》へと、御門は近付いた。

「高天原に神留座す 神魯伎神魯美の詔以て 皇御祖神伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 御禊祓へ給ひし時に生座る祓戸の大神達 諸々の枉事罪穢れを拂ひ賜へ清め賜へと申す事の由を 天津神国津神 八百萬の神達共に聞食せと恐み恐み申す」

一度、錫杖にて強く大地を叩き、誠に厳かなる声で、彼は、身滌大祓みそぎのおおはらいの祝詞を唱え始める。

すれば途端、辺りを覆っていた重苦しい空気は散り、ふわ……っとした浮揚感と共に、清廉さが墓地を取り囲み始め、少年少女達が驚きを消せぬ内に、彼は続き、呪らしき物を呟き。

墓地を取り囲んだ清廉さはいや増し、パキリ……、と何かが凍り付くような音が湧いて、墓地のあちらこちらに、煌めきに似た物が走った。

「見事な結界だな」

「御門はんやから」

「結び終わったようだな」

初めて見るもの、聞くもの、それ等を目の当たりにし、慌てふためいているような少年少女達とは違い、瑞麗と劉と如月は、《遺跡》を包む、強固な結界──外界より切り離された『異界』が築かれ終えたことに、それぞれ頷き。

「未だ終わりではありません。この下より目覚めんとしているのは、一七〇〇年の時を越えた、記紀神話そのものにて封じ込められて来たモノ。鎮魂祭おおみたまふりのまつりの再現……とまでは行きませんが、近いことはしておいた方がいいかも知れません」

これだけでは不安が残る、と御門は、再度錫杖にて大地を叩き、十種神寶祓詞とくさのかんだからのはらえことばを紡いだ。

「高天原に神留り坐す 皇神等鋳顕給ふ 十種瑞津の宝を以て 天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊────…………一二三四五六七八九十瓊音 布瑠部由良由良如此祈所為婆 死共更に蘇生なんと誨へ給ふ────…………更に十種神 甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸 一二三四五六七八九十瓊音 布留部由良と由良加之奉る事の由縁を以て………………────

──…………決して短くはないその祓詞が、静かに粛々と流れて行く中。

「劉。如月。芙蓉。一寸行って来るから。後、宜しくー」

「又、後でな。こっちのこと頼むぜ」

「あ、待ってぇぇぇ」

どういう訳か舞子を伴い、龍麻と京一は、《墓》へと向かった。

「……では。我々は、我々に出来ることをするとするか」

「そやな」

「ああ」

するりと滑るように、音もなく下りて行った彼等を見送り、瑞麗と劉と如月の三人は、戸惑いの真っ直中より抜け出せずにいる少年少女達へ、改めて向き直った。