「え…………? この人……?」
舞子が『力』を放ち始めた途端、甲太郎からの出血が減り始め、九龍は目を見開いた。
「前に話した、俺達の仲間でダチの、桜ヶ丘中央病院のナース、高見沢舞子だよ」
「高見沢さんには、癒しの『力』があるんだ。だからもう、皆守君のことは心配しなくても大丈夫。彼女のは、俺達のとは比べ物にならない、強い癒しの『力』だから」
「そう……ですか…………。良かった……。良かったぁぁぁ……っっ……」
安堵して腰が抜けたのか、へたりと石床にしゃがみ込んだ九龍を励ますように、京一と龍麻は口々に言ってやって、すれば、九龍は益々表情を崩し。
「一寸痛いけど、我慢してね?」
癒しの『力』は絶やすことなく、舞子は、せーの! と甲太郎よりナイフを引き抜いた。
「ぐっ……、がは……っっ……」
「甲ちゃんっ!」
「一々騒ぐなって。抜かない訳にゃいかねえだろうが」
「判ってますけどぉぉぉっ!」
「……ほら。もう平気だよ。傷、殆ど塞がった」
ぐしゅりと、耳障りな音立てつつナイフが抜かれた瞬間、甲太郎は強く呻き、再び九龍は慌て、気持ちは判るが……、と京一は彼を叱咤し、龍麻は慰め。
「他に、痛い所はありますかぁ?」
舌っ足らずで能天気な声で甲太郎へと問い掛けながら、舞子は『力』を収めた。
「………………いや、もう……」
「こ、の……。こンの、大馬鹿ーーーー! 甲ちゃんの馬鹿ーーーーーっ!」
出血は止まり、痕は残ったが傷も塞がり、被弾した腕の痛みも消え、酷く複雑そうな表情を拵えながら甲太郎が起き上がれば、九龍は人目も憚らず、怒鳴りながら彼に縋り付く。
「……馬鹿野郎が」
「無理は駄目だって言ったのに……」
ぎゃあぎゃあと叫びつつ抱き着いて来た九龍を支え、躊躇いがちに見上げて来た甲太郎へ、京一も龍麻も、怒っている風な、それでいて安堵している風な、例え難い色を頬に刷き、一言ずつをくれた。
「そ、の…………。……あんた達は、何で……?」
「……あ。そうだ。二人は、どうしてここに? 何で、治癒な『力』持ちのナースさん連れて……?」
故に、甲太郎の視線は激しく泳ぎ、何かを誤摩化すように口にされた彼の疑問に、甲太郎に縋り付いたまま、九龍が便乗した。
「皆守君は判ってると思うけど。俺達には、氣が読めるから。『現場』を見てなくても、皆守君から《黒い砂》が抜けたんだろうって判ったんだ。《墓守》の氣から、普通の人の氣に戻ったってことがね。でも、皆守君、絶対にそれを葉佩君に悟られないように振る舞ってたのも、判ったからさ。……大方、それを知られたら葉佩君が戦えなくなる、とか思ったんだろう? 違う?」
「……いいや。違わない…………。その通りだ……」
「でも、それが判ってても、甲太郎、お前が九龍に白状する気がねえ限り、俺達が告げ口すんのも、と思ったし。だからって、黙りだけを決め込んだら、九龍が不憫過ぎんだろ? ……つー訳で。俺達は、『こうする』ことにしたんだよ。お前等だけの問題に口出ししねえ代わりに、『決着』が付いてから手出ししようってな。そんで、ここまで高見沢引っ張って来たんだ」
「そっか……。そうだったんですか…………。……有り難うございます、龍麻さんも、京一さんも……。高見沢さんも、有り難うございました……」
「いいえぇ。どう致しまして!」
「ほらっ。甲ちゃんもちゃんと、お礼を言うっ!」
「判ったよ……。……すまなかった。面倒掛けて……」
結果、少年達の素朴な疑問は晴れ、何も彼も、全部バレバレ……、と思いつつ、九龍は素直に、甲太郎は何処か渋々、手回ししてくれた大人達に頭を下げて。
「全く、甲ちゃんは…………」
「九龍。そう言うなって。甲太郎にしてみりゃ、何となく悔しいんだろうし。お前だって、何処となーく、悔しいんじゃねえのか?」
「そりゃ、まあ……ちょびっとは。……ってことは、けーっきょく、京一さんも龍麻さんも、最初っから、甲ちゃんが《墓守》って知ってたってことですしねー。ぜーんぶ、バレバレだった? とか思うと……。……くそぉ…………」
「俺達も、似たような道辿って来たから、判るだけなんだけどねー」
「ダーリンもぉ、京一君もぉ、高校生の頃は無茶ばっかりしてたもんねぇぇ。今もそうだけどぉ。……あのねえ、葉佩君、皆守君。ダーリンと京一君なんてねぇ、何時だって、生きるか死ぬかだったんだよぉ。ホントーーに、酷かったんだからぁ。今も酷いけどぉ」
「高見沢…………」
「高見沢さん……。『後輩』君達の前で、そーゆこと言わないで欲しかった……」
「……成程。あんた達は、そういう意味でも『先輩』か」
皆を包んだ空気はひと度穏やかなものになり、玄室には微かな笑みさえも忍んだ。
「さーーて。甲ちゃんも助かったし! 俺も、護符のお陰で元気百倍だし! 続き行くぞー! 目指せ、《九龍の秘宝》!」
「九ちゃん、それなんだが…………」
「何?」
「《九龍の秘宝》は──」
ほわりと崩れそうな柔らかな空気の中、九龍は一度深呼吸して、勢い良く立ち上がり。
髪を掻き上げながら九龍に続いた甲太郎は、荒神を討ち滅ぼす《力》足り得る《秘宝》など、何処にもないのではないか、と言い掛け。
「──もう、これ以上進ませる訳にはいかない」
けれど、《九龍の秘宝》を巡る二人のやり取りは、突如の声に遮られる。
「阿門……」
「あー。やっぱり、帝等もかー……」
声の主は、阿門帝等。最後の《墓守》となった、《生徒会長》のものだった。
「よもや、ここまで辿り着こうとはな。……葉佩九龍──。執行委員達も、役員達も、俺が、副会長として信頼した男をも倒し遂せるとは。宝探し屋とは大したものだ。敵ながら、敬意を表するに相応しいと言える」
「……今夜は帝等も、何時もよりも素直チック? お褒めの言葉、有り難うって言っておこうかな。でも、俺は結局、甲ちゃんには勝てなかったよ。勝負には勝ったけど、戦いには勝てなかった。甲ちゃん、強過ぎでさー……。俺が勝負に勝てたのは、甲ちゃんが『馬鹿』だったから」
黒いコートの裾靡かせ、こちらへと近付いて来た阿門へ、九龍は苦笑を浮かべた。
「だとしても。お前が『勝った』ことには変わりない。……お前は、《生徒会》相手によくやって来た。だが……それもここまでだ。《転校生》。文字通り、ここがお前の墓になる」
「…………止めておけ、阿門。これ以上戦っても意味が無い。既に、《荒吐神》を閉じ込めていた扉の封印は解かれたんだ。この学園を救う為には、呪われた《神》を倒すしかない」
苦く笑って首を振った九龍へ、今度は己が相手だ、と暗に告げた阿門を、甲太郎は思い直させようと一歩前へ進んだ。
「……つい今までの立場よりも、葉佩を取ると言うのだな? 皆守」
「そういう問題じゃないだろ。《荒吐神》に滅ぼされるのを黙って待つか、それとも、倒すか。それだけの話だ」
「………………成程。要するに、お前は《転校生》に賭けた、ということか。……それは、愚かな判断だ」
「他に、方法はない」
「お前達は解っていない。この《墓》に眠る者の真の姿を。その邪悪なる意思によって、何が齎されるのかを。《墓守》の長である俺には解るのだ。この《墓》は、何人たりとも暴いてはならない、とな。……それに、お前達は勘違いをしている」
「何……?」
「滅びを待つか、戦うか。……残された選択肢は、その二つだけではない」
──甲太郎に説得されても、全てが終わるこの夜に、尚、九龍の前に立ちはだかる阿門は、不思議そうな顔付きになった一同へ、道は未だある、と強く語った。