「もう一つの選択肢……?」
「そうだ」
彼は、何を言っているのだろう、と首を傾げた九龍へ、阿門は軽く頷き。
「《封印の巫女》をここへ連れて来て、その《力》で、未だ辛うじて眠っている《荒吐神》を封印し直せばいいだけの話だ」
「馬鹿な……。白岐を《封印の巫女》に戻すつもりかっ? 《荒吐神》の《力》で衰弱してるあいつにそんなことをさせたら……」
それが、もう一つの選択肢だ、と告げる彼に、甲太郎は呻きを洩らした。
「白岐には、最後まで《巫女》としての役目を果たして貰う」
「そんなこと、させられる訳ない! いい加減、腹括れ、帝等っ!」
「……《巫女》は、《荒吐神》を封印する為に存在する。それ以上でもそれ以下でもない」
淡々と、《巫女》に使命を果たさせる、と言う阿門へ、今度は九龍が怒鳴ったが、それでも、《生徒会長》の意思は変わらず。
「葉佩九龍──。その為にも、障害となる者は排除する。それが、《生徒会》の掟だ」
「こんの……石頭めぇぇぇ……」
「言っておくが、お前では俺に勝てぬ。《墓守》達に力を与えたのは俺だ。俺は、古代の叡智が生んだ《砂》──ナノマシンを自在に操り、遺伝子を書き換えることをも出来る」
「……あー、そうですかい。どーも、ご親切に……」
「おい、待てよ、阿門っ!」
「手を出すな、皆守。これは、《墓守》の長たる俺の役目だ」
「だからっ! 俺はそういうことを言ってるんじゃないと、何度言えば判るっ!? 分からず屋がっ」
「分からず屋は、お前の方ではないのか?」
「……そうかよ。どうやら、これ以上話しても無駄なようだな」
生徒会長と副会長は、互い、避けられぬのだろう戦いに挑む眼差しで睨み合い、『決別』を確かめ合った。
「…………掟を破る気か」
「今更、掟なんか何になる。この期に及んで、掟だの、《墓守》だの言ってみたって始まらない。……ああ、戦うぜ。付き合える所までは、行ける所までは、守ってやる、って。こいつと約束したしな。戦わなきゃお前が止まらないんなら、俺は、九ちゃんの為にも、お前の為にも、戦う」
「……そうか。では、俺も生徒会長として、副会長の謀反を許す訳にはいかない」
九龍が叫んでも、甲太郎が諭しても、ひたすらに《生徒会長》──《墓守》の長としてだけ在り続ける阿門は、黒いコートのポケットから両手を引き抜き、カツ……と石床を踏みしだいて、数歩下がった。
「《封印の巫女》だの何だのは、俺達には判らないけど……」
「端で聞いてる俺達にも、お前の言ってることが正しいとは思えないぜ?」
後退して行く彼へ、黙って成り行きを見守っていた龍麻と京一は言った。
「緋勇龍麻と蓬莱寺京一、だったな。……お前達も、この二人のように、この遺跡と共に眠るか?」
「……冗談。こんな遺跡と共に眠るのなんて、御免被るよ。でも俺達は、この戦い『には』手を出さない。これは、君達の問題。君達だけの世界。この《遺跡》の全てを解放するって決めた葉佩君と、葉佩君と一緒に戦うって決めた皆守君と、《墓守》の長である君だけのモノだから。部外者が手を出すのは、無粋だろう?」
「俺等が言いたいのはよ。使命なんて下らねえものの為におっ死ぬ羽目になったら、それこそ下らない、ってことだ。でも、まあ、お前自身で決めたことだ、そうすればいいさ。それが、お前の信念なんだろ? だってなら、手は出さねえでおいてやる。ひーちゃんの言う通り、これはお前等の世界で、お前等の戦いだからな。────九龍。甲太郎。思いっ切りやって来い。分からず屋で、頑固一徹石頭な唐変木には、鉄拳制裁が一番だ。高見沢もいるからよ。目一杯やっても、気にすることねえぜ」
「でも、気を付けて。癒しの力だって万能じゃないから。──それじゃ、三人共。ファイトー」
聞き分けのない子供を見遣るような目付きを送って来た龍麻と京一に、少々ムッとした風に阿門は視線を流したが、軽い調子で彼等は言いたい放題言うと、少年達へ向き直り、お気楽な感じで、頑張れとか、ファイトとか、好き勝手に告げつつ、さっさと身を引いた。
「はーい。頑張って来まーす!」
「……九ちゃんと言い、あの二人と言い……。どうして、何時もそんなノリなんだ?」
「いいじゃん。悲壮感漂わせたっていいことないし。帝等とのガチンコバトルは、それこそ鉄拳制裁だし。……それよりも、甲ちゃん。いいの?」
「何が?」
「その……相手、帝等だからさ……。二人は友達っしょ……?」
「…………お前が気にすることじゃない。それに。お前が戦うのに、俺がサボる訳にはいかないだろ? それとも、俺はもう、お前の仲間じゃないのか? 俺は、お前のバディではいられないのか?」
「んな訳あるかぁぁっ! 甲ちゃんは今だって、これからだって、俺の仲間でバディで恋……──。……あー、この先は、後で。皆に聞こえちゃうから。──さーーって! 行くぞ、甲ちゃん! いやさ、My buddy !」
「何時でもいいぜ、My honey ?」
「うわー、そう来るか…………」
舞子を引き連れ壁際に寄り、花見をしているような風情で、のほほん、と見守り出した暢気な大人達へ、ぶんぶんと九龍は手を振り。
頭痛がする……、と甲太郎は呆れ顔を拵え。
愛と洒落の入り交じった無駄口を叩き合ってから、彼等は阿門の真正面に立った。
ほぼ正方形をしているその玄室の、北側の壁近くまで下がった阿門の周囲には、コブラによく似た蛇型の化人が数匹、何時の間にか出現していて、彼を守るように、九龍達へと牙を剥いていた。
「……おお。流石は《墓守》の長殿、って感じ? 凄いよ、甲ちゃん! 化人が、帝等に従ってるっぽい!」
「馬鹿九龍。そんなことに感動してどうするってんだよ。厄介なだけだろうが。ったく……。──九ちゃん。化人は俺が引き受ける。お前は阿門の方、何とかしろ」
光景に、思わず感嘆を洩らした九龍を、甲太郎はやはり蹴っ飛ばして、お前はあっち、俺はこっちと、さっさと仕切り始める。
「ん。じゃ、爬虫類は任せる」
「おう」
……何か、こいつの方がよっぽど戦い慣れしてる、とは思ったものの、それを言ったら苛めだな、とグッと飲み込み、AUG片手に九龍は走り出し、甲太郎も、逆方向へと石床を蹴った。
「…………案外、早く終わりそうかな。どう思う? 京一」
「このまま行けば、ま、掛かっても二十分ってトコじゃねえ? 但、相手は《生徒会長》だからなー。あいつがどんな《力》見せるか次第だろ。……《墓守》に《力》与えたのは自分だ、とか何とか言ってたし」
「確かに。ちょーーっと年相応に見えないあの彼、他人の遺伝子が弄れるとも言ってたからー……。……二人、大丈夫かな……?」
「心配するこたねえって。別に、カイチョーさんを見くびってる訳じゃねえし、あいつはあいつで、かなり強ぇって判ってるけどよ。九龍と甲太郎には勝てない」
何時の間にやらゴーグルを付け、腰撓めに構えたAUGをぶっ放し始めた九龍と、『似非パイプ』を唇の端に挟み、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、化人を一掃して行く甲太郎とを目で追い、遺跡の壁に凭れながら、龍麻と京一は、小声で言い始めた。
「その心は?」
「カイチョーさんが、甲太郎並に『馬鹿』だから、だな。……馬鹿正直な奴だと思わねえ? さっきの、《封印の巫女》がどうたらって話だって、あの段階で、わざわざ喋らなくてもいいことじゃねえか。使命とやらだけを全うする為に、絶対そうする気があるんだったら、一々んなこと教えたりしないで、とっとと騙し討ちでも何でもすりゃあ良かったんだ。遺伝子だかが操れんだ、やりようなんか幾らだってあった。なのに、あいつはそうしないで、真っ向勝負で戦ってる。三ヶ月も九龍のこと見張ってた《生徒会》のトップが、九龍の性格把握してねえ筈ねえから、あんなこと言ったら、絶対九龍が噛み付くのも判ってて、わざわざ、正面からやり合う道を選んだって、俺には見えるぜ?」
「……同感。俺にもそう見えるよ。……彼も彼なりに、本心では納得出来ない処があるんだろうね。ここの成り立ちのこととか、使命のこととか。思うことは、沢山沢山、あるんだろうなあ……。でも、《墓守》の長だから。使命を全うしない訳にはいかないから。ああやって戦うしか……ってトコか。…………うん。ホントに、馬鹿正直で、頑固な分からず屋君だ」
「だな……。……でも、だから、あいつはガキ共には勝てない。あいつの抱えてるモンも、そりゃあ重てぇだろうが、九龍達が抱えてるモンだって、負けず劣らず重てぇし。疑問を抱きながらの使命に殉ずる重さと、絶対の想いに殉ずる重さとだったら、勝負は一目瞭然って奴だ。…………ま、俺は嫌いじゃねえけどな、あいつ」
「俺も。良い子なんだと思うよ、彼だって。……葉佩君と皆守君に、一発ずつくらい殴られれば、目、覚めるんじゃない?」
────何処までものんびり、少年達だけの『世界』、少年達だけの『戦い』を眺め、二人はそんなことを語り合い。
「舞子ぉ、ダーリンと京一君の話に付いてけないー……」
緊迫感の欠片も無い、舞子の文句も洩れた。