半ば偶然だったけれど、何処を攻撃しても堪えている節を見せない阿門が、唯一怯んだ場所を見付けた九龍は。

急所──眉間に狙い定め、これでもか! と弾丸を撃ち続けた。

「うおっっ!」

出来る限り早い決着を付けることだけを念頭に、引き金を引き続けていた彼は、もうそろそろ、勝負の片が付いてもいい頃、との気配が漂い始めた刹那、阿門が何処より出現させた《黒い砂》が生む、衝撃波のような物に飲まれ掛け、思わず短い叫びを上げた。

「よ……、っと」

攻撃の波に、彼が完全に飲まれる寸前、甲太郎は、襟首を引っ掴んで避けさせ。

「ナイス、甲ちゃんっ! って、化人は?」

急激にずれた視界に慄きながら、庇ってくれた彼を九龍は振り返った。

「あんな雑魚共、疾っくに片付けたに決まってんだろ」

「うわー、頼もしー。けど憎たらしー。こんなことなら、とっとと甲ちゃんに正体白状させて、本気モード出させるんだった……」

「……お前…………。今日の今日まで、それを打ち明けられなかった俺の苦悩よりも、探索の楽さ加減の方が重要だってのか?」

「苦悩なら俺だってしたやいっ! おあいこだってのっ。今くらい、嫌味の一つも言わせろーっ! 全部終わったら、寛大に水に流してやるっ」

「あー、そうかよ……」

「そうとも! ……でもそれもっ。何も彼もっ。今夜で終わるっっ。これで晴れて、俺達には何一つも障害はないっ! ──帝等に、ギブアップって言わせるぞ、甲ちゃんっ。もう一寸だ!」

「はいはい……。────阿門。そういう訳だから。悪く思うな?」

引き摺られ、強制的に阿門と距離を取らされつつ、ぶちぶちぶちぶち垂れた嫌味で甲太郎をへこませてから、ポイッと、九龍は弾薬が尽きたAUGを放り投げMk.23を構え直し、甲太郎は、今は倒さなくてはならぬ『友』の瞳を捉えながら、九龍へ目配せをし。

「……お前達は、ふざけているのか、本気なのか、何方なんだ」

「遊んでるように見えるか?」

「見えなく……もない」

「残念ながら本気だぜ、これでもな。九ちゃんが馬鹿な所為で、今までもずっと、こんなノリだったんだ」

阿門の懐目掛け走った彼は、こめかみへと上段蹴りを浴びせ、パッと身を翻し、甲太郎が伏せ、阿門が怯んだ一瞬の隙に、甲太郎を盾としていた九龍は、Mk.23のマガジンが空になるまで、トリガーを引き続けた。

────お終いだよ、帝等」

何十発もの弾丸と、自らが与えた人ならざる力が生んだ蹴りに抗えず、その場に頽れた阿門の傍らに片膝付いた九龍は、わざと騒々しくマガジンを入れ替え、額に銃口を押し付けながら、彼へと笑い掛けた。

「……阿門」

一拍置いて、甲太郎も、身を屈めて『友』の顔を覗き込んだが。

「葉佩……。未だ……未だだ……。俺は、未だ倒れていない。《墓守》として、《荒吐神》を地上に解き放たせない為に、《秘宝》も《封印の巫女》も、誰の手にも渡らせる訳にはいかないのだ。……さあ、もう一度、俺と戦え」

何とか上半身を起こし、立ち上がろうと努力しながら、阿門は九龍を睨み上げた。

「わーーお……。未だやるっての? ……無理だよ。帝等には無理だ」

戦いの意思を収めぬ彼へ、九龍は、静かに首を振った。

「……貴様、俺ではお前に勝てぬと言いたいのか? 馬鹿にするな」

「そうじゃない。馬鹿にしてるんじゃない。帝等は正直過ぎるから、無理だって言ってるだけだよ。やろうと思えば、俺の遺伝子とかちょちょいと弄って楽勝で勝てた筈なのに、そんなことしないで、『俺自身』以外とは戦わなかった帝等は、甲ちゃんと同じくらい『馬鹿』で、甲ちゃんと同じくらい優しいから。……無理だよ。帝等は、そんな風に何時だって公正だけど、俺は、手段なんか選ばない『宝探し屋』なんだぞー? 狡っこいんだぞー? ……もう、我慢しなくていいんだ。帝等だって、楽になっていいんだってば。…………だから、さ。もう、止めようよ、俺達が戦うのは」

「そんなこと、は……。……俺は《墓守》の長だ。《墓荒らし》の前に立ち塞がらなければ、《荒吐神》が…………」

「阿門。お前が立ち塞がろうと塞がるまいと、《荒吐神》は目覚める。残された可能性は、一つしかないんだ」

「可能性だと……? 何の為に、今まで《墓守》が《墓》を守って来たと思っているのだ? 奴は、《生徒会》の魔人や今までの化人とは違うっ。超古代文明の叡智が注ぎ込まれた存在。倒すことなど不可能だ。完全に目覚める前に、再び封じなければ────

──もう、目覚めてしまったわ」

穏やかな声で、九龍が、甲太郎が、これ以上自分達が戦う謂れはないのだと告げても、阿門は激しく首を振り、再度、荒神を封じる以外道はない、と叫び掛け……でも。

それを、少女の声が押さえた。

「白岐……っ」

「幽花ちゃん……。温室で倒れたのに、駄目だって、こんな所に来ちゃっ」

「何故、ここに……? お前、ここに来られる状態じゃないだろ?」

「……もう、彼が目覚めてしまったの。古の眠りから…………」

…………声は、この場に赴ける筈無い幽花のものだった。

振り返った先にあった彼女の姿に阿門は声を詰め、九龍と甲太郎は眉を顰めたけれど、彼女は宙を見詰め、哀しそうに呟くだけで。

「彼はずっとこの機会を窺っていた。私──《封印の巫女》を探し出し、手を伸ばす瞬間を。────彼の意識は以前から、この学園を蝕んでいた。……阿門さん、貴方には判っていた筈。長い年月の間に少しずつ、封印の鎖は綻びて来ていたのだと。何れは今日のような日を、この学園は迎えていた、と……」

「それは…………。だが、《荒吐神》は目覚め切っていなかった。封印は、綻んでいただけだ。破られた訳ではなかった。……………………もう、手遅れなのか……?」

宙の中の『何か』に眼差しを注ぎながら幽花は呟きを続け、阿門は、悔やむように瞼を閉ざした。

「うおっ!?」

「……っ!!」

「この震動は……」

…………その時。玄室は、激しく揺れた。

「彼が《墓》から這い出て来ようとしているのよ」

鼓動によく似たリズムの、突き上げて来るような震動に、九龍も阿門も甲太郎も、ハッと顔を上げ、幽花は、『彼』の訪れを予告する。

『暗い…………。暗い…………』

そして、予告通り、地の底よりの、不気味な声は湧いた。

『誰だ? 我が室を侵す者は?』

「この声……っ」

「……この、禍々しい氣は……」

「幽花ちゃん、これ……」

「長髄彦の思念よ。《墓》の奥底で眠りに付きながらも、彼の意識は身体を離れ、ずっと地上を見ていた。そして、《墓》の封印を解き、眠りから完全に目覚める機会──『今』を窺っていたの」

背筋が凍るような声に、少年達は一斉に幽花を見詰め、一転俯きながら、幽花は語る。

『《巫女》か……。未だ動けるとはな。その顔をもっと近くで見せてみろ』

「んなことさせるかっ! 又、幽花ちゃんに何かするつもりなんだろうっ!!」

姿形は在らねども、確かに迫って来ている気配を生んだ《荒吐神》に九龍は怒鳴り、幽花を気配から庇った。

『何だ、貴様は? 女を我に見せぬつもりか?』

「見せないっ。見せないったら見せないっ!」

「……有り難う、九龍さん。私なら、大丈夫…………」

しかし、幽花は微笑みを浮かべると、そっと九龍を押し、直ぐそこに迫った気配へと、自ら進み出た。