「私は《封印の巫女》の末裔。かつて、貴方と共にここにいた者。《鍵》としての役目を果たす為、貴方を外に出す訳にはいかない」
数歩、気配へと近付いた彼女は、毅然と顔を上げ、きっぱりと言い切った。
『何故、我が邪魔をする? 《巫女》の運命を背負いし者よ』
「私だけではないわ。貴方の復活を阻止しようとする者は」
『《墓守》共のことを言っているのか? ……《墓守》だからとて、《封印の巫女》だからとて、我の前に立ち塞がることなど出来ぬ。お前達は所詮、遠い昔、忌々しい《天御子》によって、《墓》を守れと、《鍵》で在れと、創り上げられしヒト。……《荒吐神》として現世に降り立った我をこの場所に封印した、憎き《天御子》共とてヒトだった。しかし、我は《神》だ。人の手により創り上げられし操り人形共の末裔が、こうして目覚めた《神》を倒せるとでも思っているのか? 思い上がるな! 《神》である我を倒すことなど誰にも出来ぬ!』
力の籠る彼女の言葉に、《荒吐神》は憤ったが。
「……貴方は、《神》ではないわ」
小さな声で、幽花は、《神》へと真実を告げた。
『何だと……?』
「貴方の名は、長髄彦。東北の荒吐族を率いて、大和朝廷と戦った勇敢な戦士。想い出して──自分が何者だったのか」
『想い……出す?』
「そうよ」
『……暗い……血の匂いがする……。血だ…………。血だ……。血…………』
「『長髄彦様』……。やはり、貴方は、もう…………」
《神》では在らぬことを告げられ、想い出せ、と懇願され、彼は躊躇いながら呟いた後……痛ましい、としか言えぬ声で呻き始める。
「幽花ちゃん?」
「長髄彦『様』?」
「出来ることなら、貴方を傷付けることなく、眠りに付かせたままでいさせてあげたかった……。でももう、貴方を楽にしてあげる方法は、貴方を倒すことだけしかない……」
その声に、呻きに、両手で顔を覆ってしまった幽花を、訝し気に九龍と甲太郎は見たが、彼女は唯々、涙声を洩らし。
『…………我は荒神《荒吐神》なり。愚かな人間に、我が復活を妨げることは出来ぬ』
ふ……、と《神》であることを取り戻した『彼』は、辺りが震える声で言った。
「いいえ……。九龍さんなら、きっと貴方を倒すことが出来るわ。この最下層に隠された《秘宝》を手に入れて、その《力》で貴方を──」
『──《秘宝》だと? ふはははははっ。そうか……《秘宝》とやらが、お前達の希望か。教えてやろう。ここには何も無い。《秘宝》など無い』
そうして、泣き濡れ始めた面を上げ、九龍なら貴方を倒してくれる、と言う幽花に、《神》は高らかと嗤う。
「え……?」
『ここにあるのは冷たい石と、黄泉の国の如き、光の届かぬ漆黒の闇だけだ』
「そんな筈は無いわっ! 確かに、古代の使命を受け継ぐ《巫女》や《墓守》の間では、そう伝えられている。かつて、《天御子》達が、九匹の龍の《秘宝》を創り上げ、それを自らが築いた九つの遺跡の奥底に封印した……、と。つまり、この《墓》にもその《秘宝》が眠っているということ。その伝承が偽りだなんて……、そんなことは有り得ないわっ」
『九匹の龍の《秘宝》など、《天御子》が遺した只の伝説だ。九匹の龍──即ち、永遠の龍が示すモノなら、この地にも在ろう。龍脈、として。だがここには、お前達の望むモノは何も無い』
《神》を討ち滅ぼす《秘宝》、それは確かにここにある。──そう叫ぶ彼女を、《神》は再び嗤った。
「そんな……、そんなことは……」
「……やはり、俺達は選択を誤ったようだな。──退いていろ、白岐。初めからそのような物はなかったにせよ、年月の間に失われたにせよ、《秘宝》などないならば、《墓守》の《力》を使って倒すしかない。……葉佩。皆守。白岐を連れて、ここから脱出しろ。こいつは、俺が」
《秘宝》などない、との宣告を受け、阿門は幽花を庇う風に、気配の前に立ちはだかった。
「あーー、やっぱりねえ……。そう来ると思ったんだ。うんうん……」
「……何だ、九ちゃん。お前も勘付いてたのか」
でも。
のんびりと九龍は頭を掻き、甲太郎は新しいアロマに火を点ける。
「当たり前ー。九龍の秘宝がないとは言わないよ。でも、どー考えたって、それは、《神》を滅ぼす為の叡智じゃなくて、永遠の命の為の叡智っしょ。この場所の『正解』に辿り着いた時から、期待なんかしてませーん。あわよくば、とは思ったけどね」
「創造主のみの領分である筈の、不老不死という究極の高みを求めた連中が、早々、高みをぶち壊す手段なんて、用意する訳がないからな」
「仰る通り。──けど。この《墓》の『王様』は、不老不死になった『神様』じゃないから? 馬鹿野郎な《天御子》共も、倒す手段は何とか捻り出したんでしょうよ。でなきゃ、あの剣がこの世に存在してるわきゃない。……まー、何とかはなる……んじゃないかなーー」
「何とかする気、満々のくせに、よく言う」
そうして、暢気に言い合った二人は、気配へと同時に向き直り。
「お前達、何を言っている…………? ……いいから早く行けっ!」
彼等の言い種に目を見開いた阿門は、そんなことはどうでもいい、と怒鳴り。
『《墓守》如きに、人間如きに、我は倒せぬと言った筈だ。我が《力》を思い知れ──』
《荒吐神》は、辺りを邪悪な氣で満たし始めた。
「か……体が…………っ」
「これは……。ああっ……」
氣が満ちるに連れ、阿門も幽花も徐々に顔を歪め、やがて、阿門はその場に踞り、幽花は倒れ込んだ。
「阿門!」
「幽花ちゃんっ!」
「阿門っっ。どうしたってんだっっ!」
「…………《荒吐神》も《墓守》も《封印の巫女》も……《天御子》によって、遺伝子操作された者達……。同じテクノロジーで産み出された遺伝子同士が、共鳴しているのかも知れぬ……っ。お前は、既に《墓守》から解放されているから影響はないのだろうが、俺達は……っ」
「うわうわうわっ! しっかり! 帝等っ。幽花ちゃんっ」
「おい、阿門っ! 白岐っ!」
何事かと、二人に駆け寄った甲太郎と九龍へ、阿門は胸を掻き毟りながら、恐らく……、と伝え。
「んー。やーっと、出番かな?」
「長かったなー。待ち草臥れたぜ」
高まる一方の緊迫を、それまでひたすら沈黙を守り、気配すら完璧に殺していた龍麻と京一が破った。
『お前達…………? ……何者だ? 何時からそこにいた? 何故、我に気配を悟らせなかった……? 《墓守》でもなく……何時かの男のように「死人」でもないのに、何故……?』
「うるせえ。一七〇〇とン歳のジジイは、一寸黙ってろ」
「葉佩君、皆守君、阿門君と白岐さん、こっち連れて来て。早く」
「あ……、は、はい!」
「九ちゃん、白岐を頼む。……阿門、立てるか?」
突如湧いた気配、突如湧いた声、としか思えぬのだろう二人の存在に、茫然とした声で呟く《神》を、ジジイ、と京一は切って捨て、龍麻は、九龍達を手招く。
『お前達は……ヒトか……? 本当に、ヒトなのか……? その気配……それは、何だ……?』
「俺等が、ヒト以外の何に見えるってんだよ、耄碌ジジイ」
「俺達は、頭の先から足の先まで、きっちり人間。但、昔、『神の如き存在』と戦って、倒したことがあるだけ。だから、慣れてるんだよねー、こういうこと」
お前達は何だ、と《神》が狼狽える隙に、自分達の許まで九龍達が引くのを待って。
京一は不敵に、龍麻はにっこり、それぞれ笑ってみせた。