『神の如き……存在…………?』

「九匹の龍──永遠の龍。……即ち、黄龍。聖獣の長であり、この地にも存在する龍脈──大地の化身の」

一際、戸惑いの声を上げる《荒吐神》に、龍麻は静かに告げる。

『黄龍? ……まさか。大地の化身たる龍の長が、ヒト如きに倒されたりする訳が……』

「嘘じゃないよ。俺達は、黄龍を倒した。そして『あいつ』は、『此処』にいる。……俺の中にね。────《荒吐神》……いや、長髄彦。お前も、かつては俺達と同じヒトだった。ヒトだったお前がそんな身となって、けれど真の不老不死には成り得ぬまま、一七〇〇年もの間、ここに在り続けて来られたのは。何時かは滅びるかも知れない身体から、『魂』を切り離し、存在し続けて来られたのは。この地にもある、龍脈の所為なんだろう? 《天御子》達が、化人達の《魂》を、《黒い砂》と龍脈で以て、《墓守》達の体に宿らせ続けて来たように」

『……違う! 我は《神》だっ。この長い年月、そのように生き存えて来たのでは──

──そう思い込むのはお前の勝手だけれど。葉佩君と皆守君が出した『答え』は、お前の一七〇〇年の生の秘密を、俺達にそう伝えてる。…………俺達は、二人が出した答えを信じてる。二人の答えを信じてるから、俺達は今夜、ここにいる。黄龍を宿す、今生の『黄龍の器』と、黄龍の護人たる『剣聖』の俺達だからこそ、出来ることをする為に」

『………………永遠の龍……黄龍を宿せし者よ、お前は一体、何をするつもりだ……?』

「一七〇〇年、お前をこの地に留めて来た龍脈ちからを返して貰う。永劫に等しいだけ在り続ける『ように見える』、お前の『魂』に、『正しい綻び』を齎す為に。……ま、要するに。判り易く言えば、黄龍の力で、出来る限り、この場所毎お前を抑え込んでみようかなー、ってこと。葉佩君達が、戦い易いようにね」

『させぬ……。させぬ、そのようなことっ!』

湛えた笑みも、気配を見上げる眼差しも、静かな口調も、何一つ変えず、何故、今夜、己達がここに在るかを語った龍麻へ《神》は吠え、《力》──否、それは抗いの『意思』だったのかも知れない──を迸らせ始めた。

龍麻に向けて。

「元気なジジイだな。ちったぁ大人しくしてやがれ」

ブワリと迫って来た禍々しい氣の前に、京一は進み。

この場所に現れた時には、刀袋に入れたまま手に掴んでいた筈の、けれど何時の間にか腰に差していた二振りの刀の一つを抜き、気配へと構えた。

『それは……?』

すらりと抜き去られたのは大刀の方で、炎とも、鉱物の化学反応とも付かぬ光弾く切っ先を突き付けられ、何故か、氣の迸りはピタリと止まった。

「この刀が、この世に二つとねえ程見事なモンだってのは事実だから、正直、銘なんざ俺はどうだっていいんだがよ。一応、ちゃんとあってな。……嘘か真か知らねえが、こいつの銘は、天叢雲剣ってんだ。別名は、草薙剣。お前の大っ嫌いな奴の一人だろう、天孫・瓊瓊杵尊ににぎのみことの剣と同じ銘だ。……判ったら、一寸待ってろ」

刀身の煌めきに怯んだ風な気配へと、ニヤリ、京一は笑んでみせ。

「……ひーちゃん」

龍麻を振り返った彼は、そっ……と、剥き身の刀を龍麻に託した。

「あ、何かドキドキする」

茶化すようなことを言いながら、京一の魂にも等しい得物を受け取った彼が、酷く慎重に、右手で柄を持ち、限界まで引っ張った袖口で覆った左手を、直接刀身に触れぬように添えるのを見届けてから、京一は、今度は阿修羅を抜き、僅かの間のみ、神仏に供物を捧げる如く、両腕で、目の高さに掲げて何やらを呟いてから。

「はぁぁぁぁぁっ!!」

正眼に『神剣』を構え直し、気合いと共に、陽の氣を膨れ上がらせた彼は、己の氣を受け、柄頭から切っ先まで、余す所なく青白く輝き出した阿修羅を、渾身の力で石床へと突き立てた。

──ガツッ……! との音を上げながら、阿修羅が石床を貫くや否や、ビシリと、幾筋もの亀裂が放射状に床を走り、亀裂からは、京一の氣と等しい色の光が洩れ始める。

「ひーちゃん!」

玄室の氣を、人々の目にも映る青白い光となった陽氣が『喰らい尽くして』行く中、京一は、振り返りもせず腕を伸ばし、引き摺った龍麻から天叢雲を受け取り様、石床に突き立てたままの阿修羅の柄を、龍麻に握らせ。

「お前等! 阿門と白岐引き摺って来いっ」

残りの者達へも、阿修羅の傍らに添えと叫んだ。

「う、そ……。この辺だけ、熱い……」

「炎天下の中にいるみたいな感じがするな……」

言われるまま、阿門と幽花を引き摺り、京一と龍麻の許に駆けて来た九龍と甲太郎は、その場を満たす『熱さ』に驚き。

「これは…………」

「……え? 私、どうして……?」

「もう、大丈夫ってことだよぉ」

それまで効かなかった体の自由が戻り、遺伝子の共鳴による苦しみが消えたことに戸惑う阿門と、意識を取り戻した幽花を、舞子は癒し始めた。

「高見沢。その二人、大丈夫そうか?」

「うんっ!」

「なら、高見沢さん。今の内に、阿門君と白岐さん連れて、脱出し──

──俺は残る」

《神》の力の影響を受けていた二人が回復したのを確かめ、龍麻は舞子に、彼等の『引率』を頼んだが、しっかりと立ち上がった阿門は、留まると告げたので。

「…………判った。……高見沢さん、彼女、頼むね」

「はーい。ダーリンの頼みだもん、舞子頑張るぅ」

仕方無いなあ、と苦笑いした龍麻は、舞子と幽花を、一先ず脱出させた。

「うん。これで女性は大丈夫だから……──京一、いい?」

「おう。任せろ」

「え? ちょ……、二人共、何するんです……?」

玄室から、彼女達の気配が消えたのを確かめ、輝き続ける阿修羅の柄を両手で握り直した龍麻と、天叢雲を、西洋の騎士の礼式のように構えながら、左手を龍麻の手に添えた京一に、九龍が慌てた。

「黄龍の力を使うんだよ。京一は、制御役」

「だけど……!」

「そんなことを《荒吐神》の玄室でしたら、龍麻さん、あんたが……」

「大丈夫。京一に、こんなに強い結界築いて貰ったし、瑞麗女士に、符も作り直して貰ったから。この『京一結界』、一寸した逸品だよ? 阿門君も復活出来たろう?」

「だから、そーじゃなくて! 自分の体のこと判ってんですか、龍麻さんっ!! 龍脈の『陰氣アレルギー』治ってないのに、こんな場所で黄龍の力なんか使ったら、龍麻さん、又ぶっ倒れるかも知れなくって、もしも、黄龍が暴れちゃったりしたら……!」

「平気平気。気合いと根性で何とかするって。──長髄彦は人間だけど、只の人間じゃない。少なくとも今のままじゃ、彼自身が信じてる通り、彼は《荒吐神》で、『魂』も永劫に等しい。だったら、それを何とかしないと、彼、倒せないだろう? 彼の『魂』を、永劫に等しいくらい存えさせて来た源の龍脈を抑えちゃえば、彼の『魂』は、何時か天に還る人の魂に戻る」

「そりゃ、そうかも知れませんけどっ」

「……葉佩君。皆守君も。俺と京一は、二人が出した『答え』、本当に信じてるんだ。絶対に、君達の答えに間違いはないって。……その答えに添って、俺達は、俺達に出来ることをする。これは、俺達にしか出来ない」

青年達が始めようとしていることに目を剥き、九龍も甲太郎も、思い留まらせようと口を開いたけれど、龍麻は少年達を黙らせ。

「そういう訳だから、体の方の退治は、あんま手伝ってやれそうもねえ。けど、お前等なら大丈夫だろ? ……信じてるからな。とっとと解放してやって来い。ひーちゃんのことなら心配すんなって。俺が付いてんだからよ」

余計なことに気を遣わず、さっさと済ませて来いと、京一は笑いながら、少年達を結界より蹴り出した。