「ほんとーーーー……に、体育会系っつーか何つーか。無茶ばっかりするって言うか、厄介事背負い込むのが好きって言うか……」

情け容赦無く蹴っ飛ばされた腰辺りを、九龍は盛大に摩り。

「一言で言えば、馬鹿ってことだろ」

「他人に足蹴にされたのは初めてだ……」

甲太郎も阿門も、控え目に、制服に付いた彼の足跡を払って。

三人の少年は、それぞれ苦笑を浮かべながら、龍麻と京一を振り返った。

──見守る三対の瞳の中で、阿修羅は一層輝きを増し、天叢雲は鍔鳴りを始め、京一の赤茶の髪は、風に巻き上げられたように逆立ち。

俯き加減になった龍麻の漆黒の髪は、ふわ……と浮き上がって、毛先からは、細かい黄金色した光の粒子が零れ、髪と同じ、漆黒の瞳は黄金色に塗り潰され……やがて。

近寄り難い程、端厳とした氣が辺りを包んだ時、龍麻の全身が、黄金に輝いた。

「…………あれは、何者だ? 黄龍を宿していると言っていたが……」

「龍麻さんも京一さんも、俺と甲ちゃんのこと可愛がってくれてる、ちょっと『お馬鹿』なあにさん。……あんな風に言って貰って、ああして貰ってるんだから、ちゃっちゃとやっちゃうとしますかね。……って、あ、そうだ、帝等。龍麻さんの、黄龍宿してる発言とか、『剣聖』がどーたらとか、ここだけの話だぞ? 内緒な?」

「それよりも、九ちゃん。いいのか? 二人のこと放っといて」

「平気だよ。龍麻さんには、京一さんがいるから。だったら、あれを長引かせない方が、よっぽど二人の為になるって。どの道、やるしかないんだしさ」

「……それもそうだな」

玄室を、《遺跡》を、埋め尽くして行く『正しい龍脈の氣』を感じ取り、龍麻をしみじみと見遣った阿門に、『己の中の真実』を語った九龍は、どうしても二人が気掛かりらしい甲太郎を諭してから八握剣に両手を添え、甲太郎も、表情を塗り替えた。

──葉佩。皆守。俺も戦う」

全てを振り切り、戦いに挑もうとする二人に、阿門は告げる。

「へ?」

「阿門?」

「俺は、《墓守》の長だ。この呪われし《墓》に、《荒吐神》を封じ続けることが使命。眠らせ続けること叶わぬなら、倒すしかないなら、戦うのも又、使命だ。お前達だけにはさせられない」

「ふーーーん……。……帝等と甲ちゃんってさ、類友? 素直じゃない所も、よく似てる」

「……どういう意味だ、九ちゃん」

「何が言いたい? 葉佩」

「えーと。『物は言い様』ってことかな。……ほれほれ。細かいことなんか気にしないで、二人共前向いて、前! とっとと、『三人』で、あれ倒しちゃおうっ!」

至極簡単に言えば、『共に戦いたい』と相成ることを、くどくどと、持って回った言い回しで告げた阿門を少しばかりジト目で眺め、『君達二人は似た者同士』と揶揄した九龍は、甲太郎と阿門に揃って睨み返されて、ヤバい、とペロッと舌を出して誤摩化し、改めて、気配へと向き直った。

『おおおおお…………。我が身体が目醒める……』

──視線を送ったそこには、《荒吐神》の歓喜の声が湧いていた。

『永き眠りより、再び動き出す……。遂に……遂に、我は復活せり。見よ、人間よ。我が偉大なる姿を……! 龍脈を制しようと、立ち塞がろうと、無駄なのだ! 神の力を思い知れ、愚かなる人間共よ!』

喜びに満ちる声は。

虚空よりの声でなく、体より放たれる声へと移り変わって行った。

九龍達以外に肉持つ者の存在はなかった、ガラン……としたそこに、レーザーによく似た光が注がれ、人工と判る熱が湧いて、熱と、弾ける如く煌めいた光が褪せた時、神と名乗った存在は、『血肉持つ神』として降臨した。

「復活したか……」

「一際デカいな」

「んだ。デカい。デカいし、本気で《天御子》のオツム疑いたくなるビジュアルだぁね。インパクト大だなー。普通の人ならきっと泣くなー。……うん。人が慄くって点に関しては、荒神様チック。合格。……なーるほど。こりゃあ確かに、自分を神だって信じないと、やってられないかも」

「お前な……。楽しいのか? 楽しんでんのか? あいつとの御対面は、楽しめることかっ?」

「うん、楽しい。楽しいってか、喜ばしい」

首を持ち上げなければ全体像が見えない、真実巨体の、右肩からは、カプセルのような物に入った女の頭部が乗った、左肩からは、やはりカプセルのような物に入った男の頭部が乗った、人の物と思しき手が肘より生えている、肉食獣のそれによく似た腕をそれぞれ生やし、太い、山椒魚のような尻尾を有し、腹部からは、子供の物らしい頭部と二対の腕を突き出させている《神》の身体を一瞥し、ふうん……、と首を傾げた九龍に甲太郎が呆れをくれたら、彼は、《神》の『降臨』を喜んでいる、などと、とんでもないことを言い出した。

「おい…………」

「葉佩……」

だから、はあ? と甲太郎も阿門も目を吊り上げたが。

「だってさ、甲ちゃん。帝等も。よーーーく考えてみ? 彼は、一七〇〇年の間、どうやって生きてた?」

にまぁ、と九龍は、笑みを拵えた。

「どう、って……、何時かは滅びるかも知れない体から、龍脈の力を使って『魂』を引き離して、体の方を温存して……、だろ?」

「と言うことは、どういうこと? ……はい、今、甲ちゃんが答えたから、今度は帝等」

「どういうことか、答えろと言われても……。奴の『魂』と体は別々だった、という以外に、何かあるのか?」

「……二人共、俺とやり合った時、頭でも打った? 簡単なことじゃん。──どんな理屈なのか、どんな科学なのか、俺には解んないし? 彼の『魂』が、俺達の辞書に載ってる魂と等しいのかも解んないし、正体も知らないけど。ああやって復活したってことは、今まで別々だった彼の体と『魂』が合体したってことで、体は倒したけど『魂』は残っちゃいました、ってならずに済むってことだよ。……俺は喜ばしいけどなあ。『容れ物』倒した後の、『魂』退治のこと考えなくても良くなるし、『容れ物』なくなっちゃった『魂』が、誰かに乗り移ろうとするの阻止しなくても良くなるから」

「…………あ……」

「そうか……」

「ふふーん。二人共、頭に血、巡って来た? ──多分、これもあにさん達のお陰だよ。本人は単純に、長き眠りから目醒めただけだって思ってるけど、彼がこのタイミングで目醒めたことには、封印が全部解かれたって以外の理由もあるんだと思う。龍脈っていうエネルギー源が絶たれたから、否応無く、『魂』は『容れ物』に戻るしかなかったのかも知れない」

────今、このタイミングでの《神》の復活を喜ぶ理由、それを九龍は語って。

「自分から、手間を省いてくれたって訳か……」

「うん。前向きに考えれば、そーゆーことだ、甲ちゃん!」

「……おい。今までのは、希望的観測に基づく発言か?」

「だが、だとしても、奴を倒すのは不可能に近いぞ、葉佩」

「大丈夫。それも、考えがある。『容れ物』──体の方も、一七〇〇年の眠りに耐えて来たんだから、脅威の再生能力とか誇ってるかも知れないけど、他の化人達と同じ、移植技術で造られた物なら、何処かに弱点はある筈だよ。──くどいようだけど、彼だって人間だった。馬鹿野郎共に被験体にされた所為でああなった。……彼は、生物だ。彼だって、生物の範疇にいる。……見た処、彼の体の各々のパーツは、それそれ意志を持ってる風っしょ? けど、あれ全体で彼の体。制御してるのは彼本人。だから単純に考えれば、何処かに、意志のあるパーツを制してる部分がある筈で、そこを探し出せれば、光明は見えるんでないかい?」

『体退治』の方も、何とかなるよ、と自らに言い聞かせるように言った九龍は、両手に握っていた八握剣を掲げた。