「甲ちゃん図書室に連行して読み漁った、この国の伝承に曰く。死者をも甦らせる霊験を持ち、用いて神法を行すれば、誰もに神氣が発揚出来る十種神宝の一つであり、凶邪を罰し、平らげるもの──八握剣は、柄に八つの飾りを持ち、拳八つ分の刀身を持つ。……八つの飾りに、八握の刀身。……幽花ちゃんが託してくれたこの剣は、八握剣だ。長髄彦を成敗したと伝えられてる剣。この剣には、絶対に特別な意味がある。きっと、この剣だけが、彼を倒せる唯一の武器だ。……彼の弱点探すのも、そこにこいつを突き立てるのも、言う程簡単なことじゃないだろうけど。寧ろ、不可能チックかもだけど。可能性はゼロじゃない。低くもない。……絶対に、倒すっ」
掲げた剣を振り被り、タッ……と九龍は、石床を蹴った。
「九ちゃん、暫く適当に逃げてろっ。俺達は、先に化人を潰して来るっ。──阿門っ」
「判っているっ」
先程の、阿門との戦いがそうだったように、少年達が気付かぬ内に、《荒吐神》の周囲を幾匹もの化人が取り巻いていて、神に仕え、守る風に迫って来た化人を先ずは消すと、甲太郎は左に、阿門は右に、それぞれ散った。
────その先にやって来る後悔に怯える必要の無い、躊躇いも、良心の呵責も感じることない、秘かな疑問を抱くことない、胸の中に、心の中に、それぞれが抱える『想い』の為だけに、持ち得るモノ全てを揮える戦いは、甲太郎の、阿門の力を、自然と増させた。
恐らくは、二人共に生まれて初めて、自ら望み、挑むと決めた戦いの中で、彼等は『伸び伸び』と、思うまま、今、己達こそが成さなくてはならないことの中に、全てを投じていた。
……その所為もあってか、甲太郎は人の目には見切れぬ程の素早さで、阿門は地を滑るように、それぞれ近付いた化人を、言うのも馬鹿馬鹿しいくらい呆気無く、次々と消滅させていった。
「早っ! 顎外れるかと思うくらい早いんですけどっ!? 適当に逃げ回ってる暇もなかったぞ?」
化人は引き受けてくれると言う二人に素直に甘えることにして、その間に急所探しでもしようと、《荒吐神》に少しばかり近付きMk.23を構え、それと思しき場所を見付けては試し撃ち、を数度繰り返すだけの間に、十匹近くはいた筈の化人が一掃されてしまったと知って、はぁぁ? と九龍は叫び、思いっ切り、甲太郎と阿門を睨み付けた。
「……狡い」
「狡い、と言われても」
「もっと早く本気を出させれば良かった云々、って愚痴垂れは、二度と聞かないからな」
逐一、こちらの動きを追って来る《荒吐神》を牽制しながら、九龍の近くへと戻った阿門と甲太郎は、わざとらしく彼のジト目から目を逸らす。
「で? 九ちゃん、何か判ったのか?」
「いやー、それがさー。両肩から生えてる、カプセル入り生首付きの腕が長い所為で、中々近付けなくってさ、仕方無いから、Mk.23で狙ってみたんだけどー」
白々しい態度を取られ、益々九龍は目を吊り上げたが、八つ当たりしている場合でもないかと、《神》の足許を撃って威嚇しながら、ジリジリと後退しつつ。
「……けど?」
「何処も彼処も、あはー、って言いたくなるくらい堅いんだ、これが。一度なんか、ブンっ! って振ったあの手で、弾、弾き返されちゃってさー。自分の弾で、腹に穴開けられるかと思っちゃったよ、甲ちゃん」
「………………笑ってる場合かっ!」
再生能力がどうたらいう以前の問題、と彼は誤摩化し笑いを浮かべ、てへ、と可愛い子ぶってみせた彼の後頭部を、甲太郎は思わずド突いた。
「痛いっ! 甲ちゃん、痛いっ! 何処までも愛が無いっ!」
「頼むから! 頼むから、今この時くらいシリアスになれ、このウルトラ馬鹿っ!」
「……ウルトラ馬鹿…………。何つー表現だ……。……気にしないけど」
「気にしろっ!」
「んもー、口うるさいぞ、甲ちゃん。俺だって、ちゃんと考えてるってば」
「…………皆守。この三ヶ月で、お前の性格と評判が変わった理由が、俺にも今、真に理解出来た」
「……帝等。どーゆー意味? 帝等まで、そーゆーこと言うか? …………って、マジでどうしよっかな。あれだけ皮膚が堅いってことは、狙うとしたら接合部? でも、正面からは駄目っぽいよな……。つか、正面に、弱点見当たらないんだよな……」
生きるか死ぬかの戦い──否、一瞬後には、己達の命果てている可能性の方が遥かに高い戦いの真っ最中でも、何時も通りのノリを貫く九龍と、そんな九龍に突っ込まずにはいられない甲太郎を無意識に見比べ、阿門はぽつり呟き、彼の言い種に、プーーっと頬膨らまして九龍は、目付きだけは真剣に、策を模索し始めた。
「単純な話だ。表になけりゃ、裏にあるんだろ」
「問題は、どうやって奴の背後を取るかだな」
「そう簡単には回り込めないよ。あの太い腕のリーチは長いし、ビタビタ動く尻尾もあるし。図体デカいくせに、結構素早い」
「少し、攪乱でもしてみるか? 速さだけなら、こっちの方が上だ」
「速さでは、絶対的に甲ちゃんのが上なのは判ってる。でも出来れば、甲ちゃんにその役買って貰うのは、急所見付けてからにしたいんだ。俺の持ってる飛び道具は、もうMk.23しかないし、甲ちゃんの蹴りが届く範囲も、帝等の攻撃が届く範囲も、そんなには広くないから──」
「──そんな、悠長なこと言ってられない。急所を見付けられなけりゃ、話は始まらないんだ」
「そうだな。……葉佩。俺と皆守とで、仕掛けてみる。或る程度なら、何とかはなるだろう。その隙にお前は、『効く』場所を探せ」
「でも……」
「でも、じゃない。今の処、他に方法はないだろ? 違うか、九ちゃん? ──迂闊なことして、怪我なんかするなよ」
黄龍の力で『場』を抑え込み続けている龍麻と、龍麻を、氣と存在で支え、護り続けている京一のいる場所には、決して《荒吐神》を向かわせぬように気を付けつつ、注意を程良く自分達へと引き付け、逃げ回っていると見せ掛けての時間稼ぎをしながら、これまで以上に九龍は眼差しをきつめ、やっと、真のシリアスモードになったかと、甲太郎と阿門も表情を引き締め直し。
九龍が渋る『その方法』しか今はないと、再び二人は駆け出した。
「あ、馬鹿っ! 甲ちゃん! 帝等っ!」
咄嗟に腕を伸ばしたものの、二人に届いたのは声だけで。
「ほんっ……と、馬鹿!!」
きーっ! と憤りながら、一旦、八握剣を収めると九龍は、ダッと二人の後を追い。
「伏せてっ!!」
少し前、「九サマの為に造りましたの」と言いながらリカがくれたナトリウム爆弾を、《荒吐神》の顔面目掛けて投げ付けた。
「爆薬なんか、それ一発しか持って来てないんだからなっ!」
折角リカがくれたのだからと、感謝の気持ちだけで持って来ていたそれを、目晦まし代わりに使い、再びMk.23を構え直すと、九龍は駆け。
「大した威力だ」
「こんな物、一発で充分だっ」
爆風を物ともせず、掌から生み出した《砂》を阿門は《神》へと走らせ、黒い粒子の渦に紛れながら走った甲太郎は、高く跳び、《神》の膝を踏み台にし更に跳んで、鎖骨辺りに一発蹴りをくれ、反動を利用し身を捻り、爆弾の直撃を浴びた顔面に、踵を叩き込んだ。
「……っ! ぐは……っ」
「皆守! くうっっ……」
しかし何れの攻撃も、深手を負わせることは出来ず、着地寸前、甲太郎は薙がれた《神》の腕に床へと叩き付けられ、痛みは覚えたのか、カッ! と開かれた口から吐かれた音波のような衝撃に弾き跳ばされた阿門の体は、壁に激突した。
「甲ちゃん! 帝等!」
床踏み鳴らし二人へと迫り、怒り狂ったように暴れる《神》の背後に回り込もうとした九龍は、血を吐きながら咳き込む甲太郎と阿門に、思わず意識を奪われて。
「馬……鹿…………っ。俺達のことなんか、気にしてる場合……か……っ」
「……葉佩……っ。早くしろ……!」
「判ってるけどっ!! って、うわ……っ!!」
彼も又、激しく振られた太い尾に、体を跳ばされた。