「九ちゃんっ! 九龍っ!」

蹌踉よろめきながらも立ち上がり、《神》の足許より脱出した甲太郎は、九龍の体が勢い良く吹き飛ばされて行くのを見て、思わず駆け出した。

勢いを付け、スライディングする風に床を滑り、床へと打ち付けられる寸前の体を抱え込んで、九龍が全て受ける筈だった衝撃を肩代わりした。

「痛っつー……。……って、甲ちゃんっ!」

必要以上に付いてしまったスピードを殺せず、九龍を抱えたまま背中を強かに床へとぶつけてしまい、呼吸も出来ずに咽せる甲太郎を、吐き気を堪えながらも起き上がった九龍は支える。

「二人共、大丈夫かっ!?」

口許より滴る鮮血を手の甲で拭いながら、阿門は、再びの衝撃波が襲う中、《砂》を生んで、《神》を己へと振り返らせた。

「帝等っ!!」

「……俺は……、心配、ない……っ」

《神》に苦しみを与えた代わりに、彼も又、衝撃に吹き飛ばされ。

「何処なんだよ……っ。何処なら、八握剣が……っ……」

未だ立ち上がれない甲太郎を支えながら、九龍は、眼前に晒された《神》の後ろ姿を見上げた。

「…………あ……?」

「九ちゃ、ん……っ。あれ……っ」

忙しなく視線を動かした彼が、ふ、と見詰めた一点に、ヨロリと起き上がった甲太郎も、目を留めたようで。

「只の飾り……じゃない、よな? ……甲ちゃん、あれって……」

「……ああ。あの野郎の、首の付け根から生えてるみたいな、あれ。あれは、その八握剣の柄の飾りと、全く同じだ。『記憶力抜群』な俺が言ってるんだ、間違いはないぜ……」

「うん。……処で甲ちゃん、大丈夫……?」

「一応、な。──多分、だが……、あそこから、脊椎に添って剣を押し込んでやれば、あいつの神経組織が壊れるのかも知れない。人と同じで、脊髄が……中枢神経が、存在してるのかも……」

「…………賭けてみようか、甲ちゃん」

「なら俺は、お前のそれに賭けてやるよ」

──《荒吐神》の、丁度延髄部分を覆う風に突き出している『飾り』に目を留めた二人は、あそこが、《天御子》が『自分達の後世の為に』残した『印』なのかも知れない、と頷き合い。

「おっしゃあ! そうと決まれば────って、うわうわっ!」

「九ちゃん、一度引けっ! ここじゃ歩が悪過ぎるっ。角に追い込まれたら終いだっ」

ならば、と九龍は八握剣を掴み掛けたが、石床を砕きつつ幾度も振られる尻が迫って来て、甲太郎は彼の襟首を引っ掴み、阿門の許まで引いた。

「葉佩! 皆守!」

「阿門、無事か?」

「平気だと言っている。それよりも──

──『っぽい』所は見付けた。後はもう、賭けてみるしかない」

「……賭ける、か……」

「阿門。もうそれしかない。どの道このままじゃ、先は見えてる」

「…………但。見っけた『っぽい』トコ、首の付け根なんだよね。何とか跳べたとしても、あの高さじゃ剣突き刺すのは難しいだろうから、どうにかして、あいつに膝付かせないと。……どーしよっかなー…………」

ひと度《神》より距離を取り、相応にボロボロではあるけれど、一応は無事な自分達を確かめ、三人の少年は、さて、どうする? と一斉に顔を顰めた。

「…………但。見っけた『っぽい』トコ、首の付け根なんだよね。何とか跳べたとしても、あの高さじゃ剣突き刺すのは難しいだろうから、どうにかして、あいつに膝付かせないと。……どーしよっかなー…………」

──黄龍の力を揮いながらも。力を生み続ける彼を護りながらも。

九龍の、困惑の乗った声を、龍麻も京一も拾った。

「…………京一」

「判ってる。だがよ……」

「俺なら、大丈夫。少しの間なら、だけど」

「……大丈夫なんだな? 誤摩化してねえな?」

「本当に、大丈夫。俺のこと、信じられない?」

「…………まさか。俺が、ひーちゃんのこと信じられねえ訳ねえだろうが」

あちらこちらが傷付いて、口許や胸許を血や吐瀉物で汚し、肩で息をしながら、それでも尚、自らの足で立ち、強い瞳で真っ直ぐ《神》を睨み付けている三人の少年達へ視線を流して、龍麻は京一を見詰め、京一も又、龍麻の瞳を真っ直ぐ見返し。

「お前等! 後少しだけでいい、あのデカブツ、こっちおびき寄せて来いっ!」

彼の手に手を添えたまま、京一は、九龍達へと振り返り様怒鳴った。

「京一さん!? 何かやらかす気ですかっ?」

「いいから、とっととやれ!」

「……こっちに、近付けさせればいいんだな?」

「判った。やってみよう」

力を操っている最中の龍麻を護りながら、何をする気だと、怒鳴り声に九龍は怒鳴り返し、一瞬の逡巡の後、甲太郎と阿門は彼に頷きを返した。

「何する気なんだよ、あの二人っ!!」

「俺が知るかっ。『こんなの』と戦い慣れてる、あの二人に訊けっ」

「本当に、何者なのやら……」

どんな意図があるか判らないが、言われた通りにしてみようと、少年達は弾かれたように駆け出し、身をうねらせつつ迫って来る《神》を、力や、弾丸や、自身達の身を以て、龍麻と京一のいる場所まで、何とか誘き寄せた。

「退いてろっ!!」

真正面から、三人と《神》が迫って来たのを見て、京一は、龍麻の為の結界から飛び出ると、天叢雲を構え。

「剣掌、鬼剄っ!」

《荒吐神》へと駆けながら、必殺の氣を込めた、奥義を放った。

膨れ上がり、宙を走った氣が目指したのは《神》の腹部で、鳩尾に氣塊を喰らった《神》は、後退りこそしなかったが、身を折る風にし。

「陽炎、細雪!!」

続けざま、もう一つ奥義を放つと、京一は、凍える氣をも持った氣塊が、パリパリと鳴りながら包み始めた《神》の足許に飛び込んで、そのまま、そこで。

「ラストっ! 天地無双ぉぉっ!」

まるで自爆するように、己へと迫り来た《神》の両脚を巻き込みつつ、遠巻きにしていた少年達でさえ、痛い、と感じた程の氣を放った。

「京一さんっ! 何ちゅーことをぉぉぉっ!」

「あんたも、底抜けに馬鹿だろうっ!! おいっ! 京一さんっっ」

己を省みず、そんな風に氣を爆発させた京一に、九龍と甲太郎は叫びを上げ。

「無事……なのか……? あんなことをして……?」

唖然と阿門は息を飲んだが。

三度みたび続けて放たれた氣が生んだ、眩い閃光が消えたそこには、強く柄を握り、左手を峰に添えて、《神》の脚に、深々と天叢雲を突き立てている京一の姿があった。

無論、無傷ではなかったけれど。

「ちっ……。これでも駄目かよ……」

銃弾さえも弾き返す堅いそこに、確かに刀を突き刺し、けれど、舌打ちと共に渋い顔して、京一は酷く身軽に、跳ねる風に、《神》の足許より退いた。

「もう一遍、やってみっかな……」

浅く切れたこめかみや頬を伝う血を、適当に手の甲で拭い、再度、彼は構えを取る。

「ちょーーーっと待ったーっ! あんなこと、何度も出来るこっちゃないでしょーにっ! 怪我だってしてるしっ!」

「あ? 何言ってんだ、九龍。勝ちゃあいいんだ、勝ちゃあ。多少の怪我なんざ承知の上だし、この程度、怪我の内に入るか」

「そりゃそうかもですけどっ!」

しかし、もう一度あれをやられるのは心臓に悪過ぎる、と九龍は事も無げに言う彼に縋り掛けて。

………………でも、そんな九龍も、九龍を振り切ろうとした京一も、どうするべきかと戸惑っていた風な甲太郎も阿門も、刹那、動きを止めた。

彼等の視界の端で、ふわ…………、っと、黄金色の光が揺らめいたのを見て。